第24話 寄り道

「昼休憩の時点で、気持ちが悪くなったって帰った子がいた」

「ガチ勢の子たちは重装備で挑んでいたので、身につけたプロテクター類が重そうで暑そうだった」

 着替えて後、智香子と黎は迷宮が入っているビル内にあるファストフードの店に移動し、そこで飲み物だけを買って座席をしばらく占有した。

 松濤女子学園がある渋谷駅周辺には中高校生でも気軽に入ることができるファストフードの店をはじめとして、飲食店などいくらでもあるのだが、なにぶん今日は日曜日。

 どこへ行っても混雑することが予想されたし、ならばいっそ、近場で済まそうということになったのだ。

 迷宮が入っているビルは、飲食店はもとより、探索者向けの各種サービスを提供するお店などがテナントとして入居しているし、地下にはかなり大きな駐車場もある。

 迷宮には一日あたり十万人以上の人間が出入りするわけで、その探索者を目当てで店を出しても、十分に商売が成立するボリュームが存在するわけだった。

 会話をするといっても、智香子と黎は昨日が初対面なわけで、共通の話題も自然と限定されてくる。

 同じ松濤女子の一年生同士といっても、そもそもクラスさえ違う。

 結局、迷宮に関連した内容になるわけだった。

「あの調子では、途中で来なくなる子も多いんじゃないかな」

「今のうちから慣れるためだっていってたけど。

 重量は別にしても、熱が籠もりそうなんだよね、あれ」

 智香子自身、運動自体を、あまり得意としていない。

 さらにいえば、体力にも自信はない。

 まるでない。

 昼休憩の段階で帰っていった子たちのことを、笑う気にもなれなかった。

 智香子自身、その時点では相当バテていたし、そうした子たちと自分とは、せいぜい紙一重しかないと自覚していたからである。

 いわゆるガチ勢の子たちについては……これから先、もっと深い階層に行くようになってからならともかく、今の、バッタの間にしか出入りをしていない時点で、まるで必要のない重装備に拘る気持ちが、正直、理解できなかった。

 詳しく理由を聞けば、納得のいく根拠があるのかも知れないが。

 今の時点では、そうしたガチ勢の子たちと智香子とが親しく会話をする接点というものがない。

 なにしろ、松濤女子の一年生は、人数が多い。

 その全員と、この短時間で親しくつき合うのは、不可能に近かった。

 そういう子たちと、パーティを組むようになれば、また違ってくるはずなんだけど。

 と、智香子は、そんな風に思う。

 そのパーティも、現在智香子たちが体験しているような、基礎的な地力を養うレベリングのためのパーティなどではなく、ちゃんと分業された戦闘単位として機能しているチームとしてのパーティになる。

 ただ。

 と、智香子は、思う。

 自分たちがそこまで成長するのには、まだかなりの時間が必要なのではないか。

 昨日と今日の様子から想像するのに、松濤女子の方法というのは、

「とにかく上級生からいわれたことをこなせ」

 ということらしい。

 もちろん、その方法はそれなりに合理的、効率的に一年生を使えるところにまで持っていく方法が採用されているわけだが、「なんのためにわざわざそんな真似をするのか」ということまでは、先輩方は教えてくれない。

 いや。

 智香子たち一年生の側が、教えてくれと要望すれば、時間をかけて教えてくれる先輩も、きっといるとは思うのだが、普通は、やらないらしい。

 少なくとも智香子と黎は、そうした解説をして貰っていない。

 多分。

 と、智香子は思う。

 事前に説明をしなくても、すぐに理解するから、なんだろうな。

 今日の智香子が、バッタの間の効果について、自然と悟ったように。

 単純に、わざわざ解説とか説明をする時間や手間を惜しんでいるような気もするが。

 いずれにせよ、こうした方法が伝統になっているということは、松濤女子という集団が長い時間をかけて、ずぶの素人である一年生を短期間のうちに鍛えるための効率的な方法を、メソッドとして伝えていたから、伝統になるわけで。

 不合理な部分、非効率的な部分は、その長い時間の中で自然と改良、改善されているはずでもあり、それなりに合理的ではあるはずなのだ。

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