第19話 黎
結論からいうと、なんとかなった。
昨日の半分、十名くらいの人数で、バッタの間を全滅することができたのである。
しかも、昨日の半分以下の時間で。
「全員がちょっとずつ強くなっているって、実感できたでしょ」
智香子たちをバッタの間まで連れて行ってくれた引率役の先輩は、ドロップ・アイテムの回収までが終わってから、そんな風に声をかけてくれる。
「一度休憩して、午後からまた同じことをやるから。
その間にお昼とか済ませておくように」
ゲートを潜ってロビー出てから、引率役の先輩は智香子たち一年生にそう告げる。
しかし、一年生はなにも答えなかった。
ほとんどの一年生は疲労困憊で、返答をする余裕すらなかったのである。
ほんの少し、昨日よりは余裕があるかな。
そう思っていた智香子自身でさえ、肩で息をしていた。
大勢の一年生が、ロビーの床に身を投げ出してへたっている。
肉体的な疲労もさることながら、全周囲を自分に敵意を持った存在に取り囲まれる、という経験は、精神的にかなりきつい。
エネミーとはその名の通り、例外なく人間を敵視するところからついた名だった。
迷宮内で動く人間以外のものは、すべてこのエネミーということになる。
あの巨大バッタとて、例外ではなかった。
彼らの敵意をなくす方法は、彼ら自身を倒すしかない。
あのバッタの間の中に入れば、いやでもそのことが実感できた。
つまり、バッタを全滅させるまで、智香子たちは気が抜けないわけだ。
たとえ単体ではたいした攻撃力も持たないバッタといえども、その数が数であるから、そりゃあもう盛大に疲れる。
あー。
休憩かあ。
と、智香子は思った。
お昼、食べなければなあ。
そう思って母親から持たされたスマホを取り出して、時刻を確認する。
まだ、午前十時前だった。
本当に、短い時間で倒すことができるようになっているんだな。
ここではじめて、智香子は先ほど先輩がいっていた内容を実感する。
あともう一度、午後にさっきと同じことをやることになっていた。
その前に、どこかで休まないと。
のろのろとそう考え、智香子は校舎の方向に歩き出す。
「やあ」
すると、別のグループとして迷宮に黎が、智香子に声をかけてきた。
「いっしょにお昼食べない」
「いいけど」
智香子は、疲れた声で返す。
「でも、正直、食欲はないかな。
それよりも、どこかで横になりたい」
他の一年生のように、その場で床にへたってこそいなかったが、智香子もかなり疲れている。
自分の体が、ひどく重い。
「では、少し寝てから食べようか。
集合時間まで、まだ全然余裕あるし」
黎は、智香子に合わせてくれたのか、そんなことをいってくれる。
「校内に入って、どこか空いている教室で仮眠しよう」
できた子だなあ、と、智香子は黎について、そう思った。
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