第18話 松濤女子の伝統

「ああ、それは」

 黎は、その疑問にもあっさりと答えた。

「近所の知り合いが、松濤の出身だから。

 丁度、わたしらと入れ替わりに卒業していったけど」

 その知り合いに、細々としたことを聞いてたらしい。

「装備を揃えるのは後回しにしろ」

 という昨日の助言も、そのお姉さんの受け売りなのだろうか。

 智香子は、そんな風に思った。

「ただ、いろいろ聞いているとはいっても、あくまで断片的にだから。

 知らないことは、知らない」

 黎は、そうも、付け加える。

「その知り合いの人も、迷宮に入っていたの?」

「うん」

 黎は頷いた。

「松濤では、割に有名だったみたい」

「松濤の一年、集合ー!」

 少し離れた場所で先輩が大きな声を出したので、黎との会話はそこで中断された。

 智香子と黎の二人は、ガチ勢を含む他の一年生たちに混ざって招集をかけた先輩がいる場所に近寄った。

 今日も多いな、と、集まった一年生をざっと見渡して、智香子はそう思う。

 百人には届かないだろうけど、ざっと見で七十名以上はいそうな気がした。

 クラス三つ分かあ、と、智香子は思う。

 松濤では、一クラスの人数を三十名以下にしている。

 一年は全部で七クラスだったから、そのうちの半分くらいがこの場にいる勘定だった。

 部活、というには、ちょっと規模が大きすぎだよなあ、と、智香子は思う。

 先ほど黎がいっていたように、早い段階でこのうちの何割かが脱落していくとしても、「クラブ活動の規模」としては、かなり大きいのではないか。

 そう思った後で智香子は、

「ま、兼部の人も大勢いるみたいだし」

 と、そう思い直す。

 いずれにせよ、これもまた、「敷地内に迷宮を持つ、松濤女子の特異性」ということなのだろう。

 クラブで集まって顔合わせを、少なくとも一年生がまだ一度も経験していないのは、そんな事情も関係している気がした。

「集まった?

 それじゃあ、こっからここまで。

 うん、そう。

 ここで区切ってね。

 じゃあ、クマちゃん、この子たちのことお願い」

「はいよ」

 クマちゃん、と呼ばれた先輩が片手をあげて応じ、

「はい。

 今区切られたこっち側の子は、付いて来て」

 と一年生に声をかけ、そのままゲートを潜っていく。

 指名された十名ほどの一年生が、慌ててその先輩の後を追った。

「見ての通り、今日も昨日と同じようにバッタの間へいく」

 最初に一年を呼び集めた先輩は、そういった。

「ただし、昨日の半分ほどの人数で、同じことをやる。

 みんな昨日よりは強くなっているはずだから、昨日よりは効率よく、短時間でバッタを全滅させらるはずだ」

 その先輩は平然とした態度で、とんでもないことをいい出した。

 この先輩は昨日、バッタの間で、智香子たちがどれほど苦労をしたの知らないのだろうか。

「ちなみに、これは松濤女子の伝統だから。

 毎年一年生には同じことをやって貰っているし、もちろんわたしたちも同じことをしている。

 どんどん人数を減らしていって、最終的には一人でもあのバッタを全滅できるようになって貰う。

 そこまで育てば、迷宮に入っても大抵のことはどうにかできるはずだ」

 その説明を聞いて智香子は、

「松濤女子って、体育会系を飛び越してスパルタなんだな」

 と、そう深く納得をした。


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