第16話 日曜の朝

 翌朝。

「〈フクロ〉ってスキルは、かなり便利だよなあ」

 通勤通学ラッシュでかなり混雑している京王線の中で、智香子はそんなことを思っている。

 あのスキルのお陰で、重たい装備品を持ち歩かなくて済む。

 迷宮の周辺でしか使用不能なのが難点で、そのたま教科書やノート類まで〈フクロ〉に収納しておくことはできなかった。

 教科によっては、宿題が出されるからである。

 それはともかく、智香子はこの春から電車に乗って通学している。

 小学校は地元の、自宅から徒歩圏内にある公立校だったので、公共の交通機関を利用しての通学自体がはじめてだった。

 当初こそ噂以上の混雑ぶりにかなり驚いたものだが、毎日のように乗り続けた今ではかなり慣れ……る、わけがない。

 だが、仕方がなく、毎朝乗り続けている。

「朝早く起きて、混雑する時間帯を外すのも根性いるし」

 というのが、智香子の主張である。

 智香子にとって早起きとは、「根性」を必要とする営為だった。

 朝寝を諦めるよりは、朝のラッシュを選ぶ。

 それが、智香子の選択である。

 それはともかく、この日は日曜日であったので、いつもの時間に駅についても人が少なく、電車の中も座れるほどに空いていた。

 さらにえば、休日ダイヤで本数自体が少ない。

 日曜の朝だもんなあ。

 と、智香子は思う。

 普通の人なら、寝ている、と。

 智香子は、なにかにつけ事物を自分によせて考える癖があった。


 渋谷で降りた智香子はそのまま松濤女子学園へと移動する。

 入学する前は、部活のために日曜の朝から制服を着て学校に行くことになるなどとは夢にも思わなかった。

 しかし今の自分の状態に対して、智香子はそれなりに満足してもいた。

 これまで、なにかに熱中するってことなかったしなー。

 と、智香子は思う。

 小学生で、そこまで夢中になれるなにかを見つけられることは、なかなか難しいのだが。

 そういや、三嗣さんはブラバンやってた、とかいってたか。

 ブラスバンドっていったら、あれ、楽器を演奏するやつだよな。

 小学生のうちからそういうことやっている人も、いるところにはいるんだろうな。

 智香子自身は子ども向けの習い事とかスポーツクラブにいくつか所属をしていた経験があるのだが、どれも短期間のうちに辞めている。

 基本的に、飽きっぽく、何事も長続きしない性格なのだ。

 でも、今度の迷宮は。

 探索者になるというのは、滅多にできない経験だから、今度は長続きするといいな。

 他人事のように、智香子はそんな風に思う。

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