第15話 リビングにて

「ってわけで、思ったよりも大変だったんだー」

 自宅のリビングで、出ていた煎餅を囓りつつ、智香子は母親に「今日の出来事」を報告する。

 これは智香子が幼い頃からの習慣であり、特にこの日は迷宮関連で報告するべき内容が多くあった。

「だから大変だっていったでしょ」

 夕食の支度をしながら、智香子の母親である多紀がいった。

「仮にも迷宮なんだから。

 探索者の人たちだって、一日に何百人って単位で怪我をして帰って来ているんだし」


 装備の進歩や探索者たちが持ち帰った対策の共有化が進んだりしたおかげで、迷宮探索業務の危険性は、現代ではかなり軽減されている。

 たとえば二十年前、三十年前までは、「一日あたり数百人の怪我」は「一日あたり数十人以上の死者」である日がざらに存在し、また社会的にも「迷宮探索とは、そういう危険な物だ」という認識が共有されていた。

 少し古い世代に属する人の中には、探索者に対するこうした認識をそのまま更新せず保持している者も決して少なくはない。

 探索者とは、どういい繕ったところで、危険な仕事なのだった。

 安全面の不安だけではなく、収益的にも安定せず、リスキーですらある。

 専業の探索者がなかなか増えない理由でもあった。


「資格を取りたいといい出した時だって、あんたに務まるかどうか心配していたんだから」

 多紀は、そう続けた。

「それと、もうご飯なんだからお菓子食べるのやめときなさい」

「はーい」

 智香子は軽い口調でそういって、煎餅から手を離した。

「いやなんだか、お腹が空いちゃって」

「そりゃ、そうでしょ」

 多紀は、ため息混じりにそういう。

「あんた、普段から運動なんてろくにしたことがないんだから。

 今日一日だけで、多分、普段の何日分も動いているよ」

 あー。

 そうかもなー。

 と、智香子は母親の言葉に納得をする。

 スポーツなど体を動かすことが好きではない智香子は、確かにこれまで今日ほど動いた日はない。

 自身を持って、そう断言することができた。

「そっかあ」

 智香子は、口に出しては、そういった。

「迷宮に入ると、お腹が空くのかあ」

 バッタの間での自分の奮闘ぶりを思い返しながらの、発言だった。

「……そいやこの間、本屋さんで探索者ダイエットって本が置いてあったわね」

 多紀が、そんなことをいいはじめる。

「わたしも探索者の資格、取ろうかな」

「ほとんど研修を受けるだけだから、時間があれば誰でも取れるよ、あれ」

 経験者として、智香子はそう断言する。

「実習はあるけど、難しい試験とかはないし」

「そりゃそうよ。

 政府としては探索者に増えて欲しいんだもん」

 多紀が、呆れたような表情でいった。

「簡単に死んでは困るから、わざわざ講習をやって基本的な知識とかを教えているわけで」

 探索者の資格は、希望さえすればほぼ誰でも取得することができる。

 まだ十二歳でしかない智香子が、特に問題もなく取れたことからも、それは明らかだった。

 仮に資格が取れない人がいるとすればそれは、ほとんど日常生活が困難ななんらかの障害を抱えているような人に限られているはずなのだ。

「でも、ダイエットのために探索者になるのも、不謹慎だとは思うよー」

 智香子は、間延びした口調で意見を述べる。

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