第13話 十八歳以下の制限

 冬馬智香子は松濤女子学園に入学するまで、その学校内に迷宮が存在するという事実を知らなかった。

 迷宮なるよくわからない代物が存在することは知っていたし、そこに出入りする探索者たちが希少な物質やドロップ・アイテムを持ち帰って社会に貢献していることは一般常識として知っていたが、そうした人々の活動は自分とか関係のないどこか遠くで行われている営為であり、まるで遠い国の戦争かなにかのように、「自分とは関係のない出来事」だと、そう認識していたのである。

 つまり、松濤女子学園に入学するまでは、ということだが。


 実際に入学してみると、そうした迷宮関連の事物が自分とは無縁であるとは断言できなくなった。

 なにしろ、同級の新入生たちは、集まれば迷宮関連の話題を口にする。

 中には、「その迷宮に入ることを目的にして、わざわざ松濤女子を受験した」という生徒も少なくはなかった。

 そうした事柄に関心がない智香子が知らなかっただけで、松濤女子とは「敷地内に迷宮が存在する学校」として有名だったのである。

 また、未成年者が迷宮に入る機会も、制度上はともかく、現実としてはかなり制限されている。

 法律により、「十八歳以下の探索者が迷宮に入る時には、十八歳以上の探索者が同伴すること」と明記されているからだ。

 通称公社、正確にいえば不可知領域管理公社は、この法律を厳格に適用していた。

 十二歳になれば探索者としての資格を得ることは可能であったが、たとえ資格があったとしても、十八歳以上の探索者に知り合いがいないと迷宮に入ることは難しい。

 現実的には、そうした若年者が頻繁に迷宮に入るためには、十八歳以上の、成人の探索者が、親族であるか親しい間柄である必要があった。

 探索者の資格を持つ者の数は、数字の上でこそ百万を超えるオーダーになるのだが、そのうち半数以上が「資格があるだけ」で事実上活動していない、「ペーパー探索者」であるとされている。

 また、ほとんどの探索者は別に本業を持つ「兼業探索者」であり、毎日のように迷宮に入る探索者の数はさらに絞られる。

 つまり、探索者の稼働率は決して高くはなく、そうした状況下でわざわざ若年者の引率まで引き受けてくる物好きは、さらに限られていた。

 そうした諸々の条件を考えると、「十八歳以下の探索者」とは、「制度上では存在可能である」。

 が、「十八歳以下で、探索者として継続的に活動をし続けることは難しい」という現実があった。

 前提条件として探索者のコネがなければ、「十八歳以下の人間が探索者としてやっていくことは難しい」、わけである。

 そうしたコネがないのにも関わらず、どうにかして探索者になりたい者は。

 ことに、そうした望みを持つのが女子ならば、松濤女子を受験することは、かなり確実な選択肢といえた。

 だから、それを目当てに松濤女子に進学する者は、多い。

 松濤女子学園とは日本で唯一、いや、世界で唯一の、課外活動に迷宮探索を取り入れている学校なのだから。


 そして冬馬智香子は、その年度に松濤女子に入学した生徒の中でも、「迷宮を目当てにしていない」側に所属していた。

 智香子が松濤学園を選んで中学受験をしたのは、家から比較的近かったことと、それに母親の志望に同意をしたのに過ぎない。

 松濤女子学園は、迷宮という要素を排除してもそれなりに評判がいい学校だった。

 成績や生徒たちの素行、卒業後の進路など、どの条件を取っても「それなりにいい」。

 加えて、同じレベルの私学の中では、かなり学費が安い。

 智香子の母親はともかく、智香子自身はあまり深く考えずに松濤女子学園を受験し、入学していた。

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