第8話 〈松濤迷宮〉

〈松濤迷宮〉。

 三十三カ所ある迷宮の中でも特異な性質を持つ、とされている。

 いや、正確にいえば迷宮自体は他にある三十二カ所の迷宮と異なる性質を持っているわけではなく、その立地が特別なのだ。

 その〈松濤迷宮〉だけが、松濤女子学園という、中高一貫制私立女子校の敷地内に発生しているのである。

 現在、東京近郊に点在する迷宮は、太平洋戦争末期から戦後すぐの時期に前後して発生した、とされていた。

 なにかと混乱していた時期であったため、当時の記録に不備が多く、詳細に不明な点も多いのだが、とにかく、この〈松濤迷宮〉もその時期に、松濤女子学園の敷地内に発生したことは確かであるらしい。

 この〈松濤迷宮〉の管理体制について、当時文部省と学園側、それに大蔵省とが三つ巴になって激しい論争を繰り広げたらしいのだが、現在では不可知領域管理公社と学園側が協同して管理している。

 もちろん現在では、〈松濤迷宮〉を利用できるのは松濤女子学園の関係者だけではなく、外部の人たちにも広く公開されている。

 実質的には、この〈松濤迷宮〉も、他の三十二カ所ある迷宮とさして変わりがないといえよう。

 ただ一点、〈松濤迷宮〉が、松濤女子学園の敷地内に存在する、ということを除けば。


「それで、新入生たちはどうだった?」

 松風薫が、引率から戻ってきたを青島凪をゲート前で捕まえて、声をかけた。

「どうって」

 足を止めて数秒考えた後、青島凪は、そう答える。

「普通。

 わたしらの時とか、他の学年の子たちとあんまり変わらないよ」


 これが少年マンガだったら、一年生の中から突飛な言動をする者が出たりそれがある種の才能の萌芽であったりするのだが、現実にはそこまで面白い反応を示す人間はなかなか出てこない。

 最初のうちはおっかなびっくり手を出して、次第に大胆になっていく。

 そして、バッタの間を制覇する頃には立派に経験値を溜めて初心者の探索者としてやっていけるくらいの地力を獲得している。

 第七回層のバッタの間を新入生のレベリングのために活用することは、松濤女子ではかなり古くから伝わっている慣例といえた。

 この松風薫や青島凪も、中等部の一年だった頃には同じような経験をしている。

 習うよりは慣れろ、という法則は、少なくとも迷宮の内部では、一定の妥当性を持っているのであった。


「普通、か」

 松風薫は、そういって頷いた。

「まあ、そうなんだろうな。

 うちの方でも、同じだったし」

 こちらの松風薫も、青島凪と同じように二十人あまりの新入生を連れて、迷宮内のバッタの間まで行ってきたところであった。

 彼女たち高等部の三年生の中で早生まれの者は、毎年この時期の一年生を引き連れて迷宮に入ることになっている。

 それが松濤女子の伝統であることは間違いないのだが、それ以前にもっとのっぴきならない理由もあった。

 法律によって、探索者としての資格を取得できるのは十二歳以上、しかし、十八歳に満たない探索者は、別に十八歳以上の探索者と同伴でなければ、迷宮内に入れないことになっている。

 つまり、一つのパーティに最低一人は「十八歳以上の人間」が必要なわけで、松風薫も青島凪の、この条件に当てはまっている。

 つまり、この時期、高等部三年生の中でも数少ない、

「新入生の引率が可能な」

 人材になるわけだった。

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