第三章 暗転 7-3
7-3
主要ブロック外部の西方にて。
レイフ・クリケットの運転する車の助手席に座っていたジミー・ディランは、レイフから聞いた本部の報告に、数秒の間固まってしまった。
「……治安維持隊本部の襲撃を画策している疑い? 御影君が?」
「どう思う、ディラン」
「そりゃあ、まあ、間違いなく正気の沙汰じゃないねえ」
ジミー・ディランは言うまでもないありきたりな感想を口にして、車の助手席に深々と座り込んだ。
治安維持隊を敵に回すところで既に凄まじい物があったが、それが正面から治安維持隊を潰すものだとは聞いていない。そんなことを宣う高校生が目の前にいたら、その場でインターネットを開き腕利きの精神科医を探すところからまず始める。
実際に主犯が高校生であるところが笑えないが。ここまでしてしまうとわかっていたら、最初から全力で確保しにいくべきだったかもしれない。
「一人の少女を巡る全面戦争か。どうしてこんなことになったんだろうねえ、レイフ君」
「さあな。ターゲットを持ちうる限りの戦力をもって潰そうとする元帥の思惑も、それを無謀にも保護しようとするあの男の意図も読めない。だが……」
レイフは非常事態であるにも関わらず馬鹿正直に車の制限速度を守りながら、レイフに流し目を送った。
「どちらに転ぼうが、この先荒れる。貴様が免職されるのはまだ先であるべきだ」
「うへえ。反逆罪で地獄旅行の切符を手にする予定だったのにねえ」
心にもないことを言って内心安堵しているのを隠そうとしながらも、表情と態度に出ているジミーに対し、レイフは特にこれといった反応を示すことはなかった。
ジミー個人的には居心地の悪い空気となっている。レイフがそういったものに気づいているのか気づいていないのかはわからないが、こういった雰囲気でひたすらに無言を貫けるのは昔からだ。正直、ジミーが知っている中でも、かなり付き合いづらい人間の一人だった。
「いいのかい、レイフ君。こんなのんびりと車走らせてさ」
「今から急いだところで、もう間に合わないさ。貴様がもたらしたアカウントナンバーは、あの時点ではこれ以上被害を拡大することなく事件を終わらせる最善のカードだった。ゆえに私がこちらに派遣された。治安維持隊は、見事貴様らに出し抜かれたというわけだ」
「いや、ぶっちゃけて言うと、僕もそのすり替えについては知らなかったんだけどね。主要ブロックから出て北西に向かえとは言われたけど」
「どうだか。相変わらず意味深長なことを宣うのだけは上手い男だな、貴様は」
半分嘘で半分本当のことを言ってお茶を濁すのは、ジミーの十八番、というよりただの悪癖だったが、この男の前にはそれも通用しない。ジミーに言わせれば、レイフもまた人と絶妙な距離でいるのが上手いのは七年前から変わっていなかった。
「だが、貴様らの抵抗が身を結ぶかどうかは、御影奏多がこれからどこまで粘れるかにかかっているだろうな。見ろ」
レイフはそう言って、フロントガラスの下にあったホログラムをジミーの方へと滑らせた。
主要ブロックの様子を表した地図だ。治安維持隊隊員である青の輝点が、南東部の公理議事堂へと集結している。だが、ひと際明るく輝く二つの赤い光が、その逆方向に残ったままだった。
「超越者の二人が出動だ。私と違って、彼らは容赦がない。傷つくのは避けられないだろうな。……街が」
「…………」
レイフが超越者としてはどちらかというと例外であることを知っていたため、その事実を否定したくとも頷かざるを得ないのが悲しい所だった。
※ ※ ※ ※ ※
主要ブロック。
神居西の大通りからTの二十番交差点へと飛び込んできたところで、御影奏多は粘性のある液体に頭から突っ込んだような、ねっとりとした何かを感じて、全身を総毛立たせた。
半ば吸い寄せられるようにして、視線が左へと向かう。その通りの中央で、一人の男が両手を地につけ、こちらを見ているのが視界に映った。
少し縁の尖ったサングラスに、革製のジャンパー。荒々しさと豪胆さとを感じさせる佇まい。
状況から考えても、彼は間違いなく超越者の一人、マイケル・スワロウ中佐だ。
一瞬、レイフ・クリケットと交戦した際の記憶が蘇り、左肩がじくりと痛んで、額に嫌な脂汗が浮かんでくるのがわかる。反射的にバイクのアクセルを踏み込んだのと、交差点一面が赤い光に包まれたのが同時だった。
あまりのことに、御影奏多は呼吸が止まるほどの衝撃を受けた。マイケル・スワロウの能力は知っている。彼の過剰光粒子は、空中ではなく地中に出現している。その膨大な量から、赤の光芒が幾筋かアスファルトから空へと伸びているのがわかる。
奴はここで、自分たちを交差点もろとも吹き飛ばすつもりだ。
自分でもわけのわからない叫び声を上げながら、御影は無意識にマイケルを迎撃しようとしていた空気の槍を方向転換させ、ペダルを踏む力をさらに強くした。
固い物が砕けていく嫌な音とともに、交差点の中心がだんだんと盛り上がってくる。御影のバイクはその突如出てきたアスファルトの山に乗り上げ、そのまま空中へと飛び出した。
御影の操る風の束が別れ、二人の乗るバイクを包み、空中での姿勢を安定させていく。そのまま交差点の反対側へと着地した瞬間だった。
Tの二十番交差点の地面が、地下からの衝撃に弾け飛んだ。
炎を生まない、ただただ純粋な力による爆発が、道路の表面をべろりと剥がし、コンクリートを破砕して、その欠片を空へと吹き飛ばしていく。下から突き上げるようなその力は、交差点の破壊にとどまらず、主要ブロック全域に小規模な地震を発生させた。
一つの交差点が、今やただの大穴となっている光景に戦慄しつつ、御影はその恐怖をも追い風として、ひたすら前へ前へと進んでいった。
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