第三章 暗転 7-4



7-4



 エンパイア・スカイタワーの最上階が、マイケルの攻撃の余波でぐらりと一瞬揺れる。ヴィクトリアは円卓に手をついて体を支えつつ、ホログラムに向かい叫んだ。


「どうだ、マイケル?」


『駄目だ! 紙一重で間に合わなかった! あの野郎、横に逸れるどころかそのまま直進して、強引に行きやがった!』


「ちぃ! やはり、奴の実力は伊達ではないか!」


 交差点どころかその下にある下水道や送電線をも破壊して、何の成果も得られなかったというのはかなり来るものがあるが、もともと超越者を動かすとはそういうことだ。全員を動かした暁には、中央エリア全体が焦土となることも覚悟しなくてはならないほどの両刃の刃。


「ザン! 八鳥愛璃大佐は今どこにいる!」


「Uの二十番道路を北上中だ」


「スカイタワーの前で何とか迎え撃てるか! マイケル! お前もタワーまで戻ってこい! 可能ならば八鳥と挟撃しろ!」


『マジで? あの女、うっかりで俺を殺しかねないぞ。もうすでに向かっているけど』


 ぶつぶつ文句を言うマイケルの後ろの景色は、先ほどからマイケルが向いてる方向とは逆方向に流れている。御影を撃ち漏らした時点で、追跡に移行するくらいの判断はできたようだ。


 ヴィクトリアはマイケルとの通信を切断し、円卓へと視線を向けた。その先ではアーペリ中将が、半分以上が灰になりつつある葉巻をくわえたまま、両手をせわしなくホログラムキーボードの上で動かしていた。


「タワーの防衛システムは起動できないのか!」


 ビルという少々破壊されやすい構造をしてはいるが、エンパイア・スカイタワーにも万が一の襲撃に備えた機構が組み込まれている。フィールドの条件設定により、関係者以外は侵入不可能とするのはもちろんのこと、侵入された際にも通路を防御壁で封鎖していくことが可能だ。条件設定の方はターゲットに無効化されかねないが、それ以前に、タワーのシステムが操作不能となっている状態が先ほどから続いている。


「外部からクラッキングだ! タワーの制御を完全に乗っ取られている!」


「どこまでもやってくれる……!」


 ヴィクトリアは忌々し気に吐き捨てると、天井を睨みつけた。


 ここまでの芸当ができる人物など、一人しか心あたりが無い。


「ボクシめ! なぜ我々の邪魔をする!」



  ※  ※  ※  ※  ※



 主要ブロック外部、南西方向に位置する某倉庫にて。

「もちろん、その方が面白いからさ。一生に一度見れるか見れないかだぜ? 治安維持隊に真っ向から対立する勇者様は」


 タワー最上階に取り付けていた盗聴機から流れてきたヴィクトリアの嘆きに、彼女はクスクスと人の悪い含み笑いをしていた。


 彼女の周りには、同時に三つのホログラムウィンドウが展開され、両腕がせわしなく三個のキーボードの上を飛び回っている。彼女は現在進行形で治安維持隊の構築したクラッキング対策のセキュリティと格闘中だった。といっても、戦況は一方的なものだったが。


 このクラッキングは、一朝一夕で準備されたものではない。こういうこともあろうかと、この国のすべての機関には、それなりの仕掛けを施してあった。


 今回の一件で、エンパイア・スカイタワーは徹底的に洗われ、ボクシが施していた細工は全て潰されてしまうだろう。だが、今この時に限っては、向こうに勝ち目はない。


「まさか仕込みをこの件で使うことになるとは思っていなかったけどね。こちらとしては最大の投資だよ。無駄にしてくれないでくれよ、御影奏多君?」



  ※  ※  ※  ※  ※



 御影奏多はがたつくバイクをなんとか立て直しつつ、Tの十九番交差点を右折した。


 どうやら、先ほどの着地の衝撃でバイクが異常をきたしているらしい。このまま乗り続けるのは危険かもわからないが、エンパイア・スカイタワーまではあと三百メートルもない。そこまでは何とか耐えられるだろう。


 だが、案の定というべきか、バイクの不調以上の問題が御影の前へと立ちふさがった。


 エンパイア・スカイタワーを挟んで反対側の交差点、Uの十九番交差点を治安維持隊の車両が高速で通り抜けていく。そして、何者かが車の上から道路へと飛び降りるのが見えた。


「……ハア!?」


 思わず、引きつった声が上がる。薄桃の着物を身に纏い、腰に時代錯誤な日本刀を差したその女は、肩にかかった一本に纏められた髪を後ろへと流し、じっとこちらを見つめてきた。


 超越者、八鳥愛璃。超能力者一、能力が敵の殺害に特化していると言われる女。


 辛うじて、彼女の手が刀の柄へと伸びていくのが見えた。


 バイクを方向転換させている暇はない。そう判断した御影奏多は、バイクのハンドルから両手を離し、サイドカーへと突っ込んだ。周囲の空気を操り、バイクの姿勢を無理やり安定させていく。といっても、付け焼刃ではあるが。


 Tの9番交差点で右折したばかりであり、スピードはそこまで出ていない。御影奏多はノゾムを自分の前に乗せて両手を背中に回させると、ブレーキを思い切りかけた後に、バイクの横へと自らの体を突風により吹き飛ばした。


 御影とノゾムの体が宙へと投げ出されたのと。八鳥とバイクを結ぶ、紫の過剰光の筋が引かれていったのが同時だった。


 八鳥愛璃が、一息に刀を前へと抜き放つ。


 御影奏多の紺をしたバイクが、完全に両断された。


 バイクだけではない。八鳥愛璃がいる場所を起点として、バイクのある位置までの道路に大きな溝が入れられているのがわかった。


 それに驚きの感情を持つ暇もなく、御影は左肩からアスファルトの上へと落下した。宙で空気を操り、勢いをある程度殺していたものの、かなりの衝撃が全身に襲い掛かってくる。なんとか受身を取り、ノゾムを中心にするようにして道路上を転がることに成功はしたものの、まず間違いなく左の肩が外れた音がした。


 致命傷ではないにしても、動けなくなるには十二分。ノゾムが無事かどうかもわからない。道路上に横たわることしかできない御影は、視界に更なる絶望が映し出されたのに思わずうめき声を上げた。


 八鳥がいる場所とは反対側から、サングラスの男が向かってくるのが見える。バイクは既に乗り捨てたのか、周囲に赤の過剰光をまとってこちらへと走ってきていた。


 まず間違いなく、八鳥愛璃もこちらに向かってきている。スカイタワーの眼前まで来て、御影奏多は完全に追い込まれていた。


 少なくとも向こうは、そう考えていることだろう。


 しかしこちらにはまだ、最後の『兵器』が残されている。


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