第三章 暗転 7-2



7-2



 主要ブロック内部、Sの二十番道路にて。

 マイケル・スワロウ中佐は治安維持隊の白のバイクにまたがり、大通りを南下、議事堂を目指していた。


 首にかけていたネックレスが振動し、すわ独断専行に対する説教かと首をすくませながらも、彼は左手をハンドルから離し、ホログラムウィンドウを出現させる。元帥直々の通信に、スワロウは思わずうめき声を上げてしまった。


『スワロウ!』


「いや、悪いヴィクトリアさん! だが、虚偽の情報を掴まされたアンタも……」


『よく北西にいてくれた! そこからならまだ間に合う!』


 ヴィクトリアの言葉に、スワロウはあんぐりと口を開けた。今まで幾度となく説教を食らってきた経験から、今回も手ひどい叱責を食らうものだと覚悟していた。それが、蓋を開けてみれば称賛の言葉になっていたのだから、正直わけがわからない。


『今、Sの二十番交差点にいるな? 東に一ブロック、Tの二十番を敵が通るはずだ! そこで、敵を交差点ごと吹き飛ばせ! 責任は私が取る!』


「Sの二十番交差点?」


 そこは確か、神居があるブロックの北西に位置する交差点だったか。ちょうど、議事堂から斜めにワンブロック離れた場所に位置しているはずだ。


「南西から来た敵が、どうして神居を回り込む? 明らかに遠回りじゃ……」


『それでいいんだよ! 奴にとっては、それが最短ルートなんだからな!』



  ※  ※  ※  ※  ※



 神居東部、Uの二十一番道路にて。

「にわかには信じがたいな。失礼ながら、その推測に確証はあるのか?」


 超越者、八鳥愛璃は、部下の運転する車に乗っていた。乗ると言っても、車内にいるわけではなく、車両の天井の上に文字通り直立するという極めて危険な乗車の仕方だ。通常ならば車から振り落とされるところを、彼女は吹き寄せる強風にも涼しい顔をしていた。


『ヴィクトリアの判断だ。指示に従え。たとえ間違っていたのだとしても、御影奏多の追撃戦に移行できるだろう』


「それは確かにそうだ。だが某には、どうにも納得できないのだよ。そこまでする敵なのか?」


 足元から紫の過剰光粒子を散らし、前から押し寄せる気流に着物の裾をはためかせる八鳥愛璃の疑問に、ザン・アッディーンはあくまで事務的な答えを返してくる。


『可能性としてあると、ヴィクトリアは言っている。だが、状況を俯瞰すれば、なるほどと納得できなくもない』



  ※  ※  ※  ※  ※



『御影君。今更だが、成功の確率はどれくらいなんだい?』


「五分五分……いや、それ以下だ。高速のときと違って、お荷物がいるからな」


 神居の西に位置する大通りを、御影奏多の乗るバイクが疾走する。それに先行して、青の粒子を含んだ空気の束が通りをのたうち回り、群がる治安維持隊隊員を迎撃し、設置されていた小規模なバリケード群を弾き飛ばしていく。


 さながら巨大な弾丸の如く、御影奏多は前へ前へと突き進む。安全地帯であるはずの公理議事堂に対し、完全に背を向ける形で。


 Tの二十一番道路の中間を通り過ぎたところで、ルークのウィンドウの横に新たなウィンドウが出現して、自称人間を極めし人間であるところのボクシを映し出した。


『こちらの準備は整ったぞ、少年。あとは君が、ぶちまかすだけだ』


「了解だ! 期待したいとこだが、失敗された時に落胆しないよう、最後までアンタの腕は疑ってかかることにするよ!」


『キツイねえ! こんな状況下でも、その毒舌ぶりは健在なようで何よりだ!』


 戦場という異常地帯において正気を保つためには、ジョークというものが意外と重要な働きをする。笑えるということは、それだけ心に余裕があることの証左だ。


 いくら虚勢を張ろうとも、緊張に手の中でハンドルが汗に滑るのまでは止めることはできない。精神的に追い詰められていることだけが理由ではないが、限界が近いことも確かだった。


 陽気な声を上げるボクシのホログラムに、ルークは何かを諦めたような渋面となりつつも、御影に向かい言った。


『君に託すと決めたのは私だ。この際だ。勝ってしまえ』


「当然だ! こちとら、最初からそのつもりだっつうの!」


 御影が吼えるのと同時に、三体の不可視の化け物が、前方からやってきた治安維持隊の車両を迎撃する。あまりの衝撃にひっくり返っていく車の中心を通りながら、御影奏多は夜空へとそびえ立つ巨大なビルの影を挑戦的に睨みつけていた。



  ※  ※  ※  ※  ※



 治安維持隊本部にて。

「どういうことですか、レーガン元帥!」


 ヴィクトリアがアッディーンと共に超越者へと指示を出す様子を見ていた一人の将軍が、たまりかねたように叫んでくる。


「敵を追い詰めるのは重要なことです。しかし、超越者二人を追撃に出すのは戦力過剰! 大事をとって、一人は『聖域』の守護を……」


「『聖域』? そんなのはどうでもいい! 奴の目的はそこではない!」


 ヴィクトリアは立ちすくむ円卓の人間を睨みつけて続けた。


「敵の勝利条件は、『聖域』にターゲットを連れていくこと! だが、それだけではなかった! あの野郎、こちらの戦力が圧倒的であるという事実を、また利用しやがった!」


 そう。検問を敵に突破されたとき、相手が単独犯である可能性が高いとしてしまっていたのと同じだ。一体どういう頭をしているのか。正直、思考形態が理解しがたい。


「誰が思うよ! 御影奏多の目的が、治安維持隊そのものを潰すことだなんて!」


 彼女の言わんとすることをいち早く理解したのか、アーペリ中将があり得ないとでも言いたいように首を振りながら、右手の葉巻をへし折った。


 一拍遅れて、何人かがざわつきはじめ、まさかという目でこちらを見つめてくる。


「こちらの敗北条件は何だ? 敵に『聖域』に逃げ込まれることだけか? 断じて違う! こちらにとって最大の敗北は、作戦本部を落とされること! つまり御影奏多の目的は、今手薄となっている治安維持隊総本部、すなわちこの場所、エンパイア・スカイタワーだ!」


 治安維持隊に追われているのならば、治安維持隊の頭を潰してしまえばいい。至極単純な理屈だが、しかし実際にはリスクが高すぎて実行に移すことはない。


 だが、今この瞬間だけは、それが敵にとっての最善手となりうる。


「最大戦力をもって迎え撃つ! 全員、御影奏多が取るであろうルートから、隊員を避難させることだけに尽力しろ!」


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