第三章 暗転 7-1



7-1



 タワー最上階、治安維持隊総司令部。

 度重なる想定外に完全に後手に回されている総本部では、悲鳴にも似た怒号が飛び交っていた。


「Rの二十二番交差点の検問が突破されました! 御影奏多は二十二のS番道路を東に走行中だと思われます!」


「思われるだと? ふざけるな! 確定情報をよこせ!」


「監視カメラで追跡するには態勢が整っていません! 加えて、主要ブロック全体にわたり、突如強風が発生! 指揮系統の混乱により、敵の具体的な位置が……」


「速報! Tの二十二番交差点にいた部隊が御影奏多と交戦開始!」


 ただただうろたえるしか能のない連中に頭を抱えそうになっていたヴィクトリアは、その最後の報告に目をむいた。


 Tの二十二番交差点は、議事堂から西に一ブロック、およそ五百メートルしか離れていない場所にある。議事堂に続く大通りには一般隊員のみならず、超越者ほどではないにせよ実力があると言える者たちを配置している。そう簡単に突破されないにせよ、そもそもそこまで近づかれたこと自体が失態だった。


「追加の情報は?」


「議事堂の北西部に待機していた八鳥愛璃少将が、議事堂南西部Uの二十二番交差点へと南下中! 御影奏多がこのまま東に進攻したとしても、食い止めることが可能かと!」


「八鳥の周りからは隊員を避難させておけ! マイケルほどではないにせよ、奴の能力も味方を巻き込みかねない!」


 いかんせん時間がなく、主要ブロック周りのバリケードはかなり薄いものとなってしまっていたが、議事堂周りは万全と言ってもいい。たとえ戦車の弾が当たろうとも破壊することなどかなわない壁が三重だ。いかに御影奏多と言えど、一撃で破壊することは叶わない。


 そうでなくとも、このまま行けば議事堂にたどり着かれる前に八鳥愛璃で迎撃できる。かなり水際まで追い込まれてはいるが、水際だからこそ守りは固い。


 だが、ルークの指示か否かはわからないが、敵は今まで二度もこちらの思惑を外れてきた。何か策が無い方が、もはや不自然だ。


「スワロウ中佐は?」


「それが、北西で確認されたという『誤報』を知り独断で動いたのか、現在Sの十九ブロックにいるとのことです」


「主要ブロックの最北西端じゃないか! 何やってんだ、あの馬鹿は!」


 レイフ・クリケットのように独断専行でも成果を上げてくるのならばまだいいが、マイケル・スワロウの方は優秀ではないとは言わずとも、少し勝気のありすぎるきらいがある。誰かが手綱を取らなければ、暴走しかねない。


 やはり超越者の指示は自ら取らなくてはと歯噛みするヴィクトリアの耳に、新たな報告が飛び込んでくる。しかしその内容は、円卓にいる誰もが想像だにしていなかったものだった。


「Tの二十三番交差点から報告です! 御影奏多が進行方向を変え、Tの二十二番道路を北上しだしたとのこと!」


「……何?」


 議事堂へと続く西からの大通りは、二十一番と二十二番の二本だ。さきほどまで御影がいたのは、南の二十二番。北に行けば確かにもう一本通りがあるが、もちろんそれは遠回りだった。


「増援に押され、交差点から離脱することを余儀なくされたのでしょうか?」


「マイケル・スワロウ中佐もまた、南下中とのことだ。多少意表はつかれたが、順当に追い詰められているのではないかね?」


 ニーラント少将とアーペリ中将が至極まっとうな意見を出してくる。確かにそれが一番ありうる可能性だろうが、良くも悪くも常識の範疇にとどまっている。敵は、世界最大規模の軍隊を敵に回せるような神経の持ち主。常にこちらの予想を超えてくると考えなくてはならない。


 予想通り金堂真の娘を昏睡状態にさせて、能力を十全に用い主要ブロックまで侵入を果たした御影奏多。もちろんそれだけでも敵ながら称賛してやりたくなるくらいではあったが、敵の目的はその先にある。逃げ回れば逃げ回るほどこちらの戦力が拡大し、態勢も整ってくることは明白だ。それは向こうも当然わかっている。


 ならば、御影奏多は無理にでも東への進攻を進め、最短距離で『聖域』に向かうべきだった。検問を完成してから六時間近く行動を控えるほど図太い神経を持ち合わせてはいるが、それとこれとは話が別だ。このままぐずぐずしてては、八鳥のみならずスワロウまでもが……。


「いや、待て」


 ヴィクトリアはそこで一端思考を止めると、周囲の熱気に気圧されることなく、あくまで冷静沈着であるために、大きく深呼吸をした。


 超越者二人がばらけているのはこちらの都合によるものだ。超越者が個性派ぞろいだという事実は御影奏多も知っているだろうが、スワロウのように勝手に行動する者が出ることまで期待はしないだろう。互いに想定すべきは常に最悪。甘い幻想は持ちえない。


 ならば、敵にとっての最悪とは何か? 言うまでもなく、超越者との接触だ。ターゲットの能力阻害を使う意志が無い以上、向こうは真正面から力で挑んできている。だが、御影奏多は一度、レイフに手痛い敗北を喫している。彼らとの戦闘は極力避けようとするはずだ。


 だが、向こうの勝利条件が『聖域』への逃走ただ一つである以上、こちらが最大戦力を公理議事堂に配置することは必定と向こうは考える。


 『聖域』に行くには、超越者との戦いを避けられないという矛盾。超越者だけではない。他の超能力者、そして純粋に鉛玉も彼にとっては脅威だ。今までからめ手で攻め続けた男が、馬鹿正直にそこへ喧嘩を挑むのはおかしい。が、現状向こうにとれる手段はそれしかなかった。


「ヴィクトリア。最新の情報だ」


 一人椅子の上で思索にふけっていたヴィクトリアは、すぐ後ろにいたザン・アッディーン言葉に我に返ると、目線で続きを促した。


「敵は、Tの二十一番交差点もまた北上しようとしているとのことだ」


 順当に考えれば、御影奏多がなすすべもなく逃げ回っていると考えるのが正しい。


 主要ブロックにある四つの重要施設。中央部にはメディエイターが保管された神居。その南西のブロックには最高裁判所があり、南東部には『聖域』である公理議事堂がある。神居の横を北上とは、議事堂の反対方面と言ってもいい。そちらに移動したところで、敵に利益はない。北に向かったところで、その先には……。


 その、先には。


「……まさか! どういう頭の構造をしているんだ、御影奏多!」


 最高司令官である元帥の叫びに、将官たちの視線がヴィクトリアへと集中する。


 彼女はその全てを無視して、超越者、マイケル・スワロウ中佐へと通信を繋いだ。


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