第三章 暗転 4-3



4-3



 あっという間に想像の限界を超えられた。もう嫌だ。帰りたい。暖かいベッドの上で、世界は平和だという夢だけを見ていたい。


 というか、誰かを助ける以前に、まず自分が生き残れるかどうかの方が怪しくないかこれ? さっき似たようなことを言われたが。


『人間の思考には『質量』があり、現実の事象に影響を及ぼしうる。この考えに基づき、超能力の研究は始まった。要は、人の思考に反応する『物質』が現実にあって、何かにぶつかったり、エネルギーに変換されたりして、その人の思い通りのことを実現するってわけだ』


 かつて、機械論的自然観というものが存在した。世界は粒子でできており、それらが接触し、運動することで、重力場やら磁場やらが形作られるという発想だ。ある物質が人のイメージに反応して世界に干渉するという考えは、これに近い物があるかもしれない。……きっと。


『要は、神話や伝説で人が起こした『奇跡』を科学的に証明しようという試みだね。いやはや、とんでもないことを考える人間がいたものだよ、ほんと』


「んでもって実現させてるしな」


 鉄の鳥が空を飛んだことだって、最初は誰も信じようとしなかった。歴史は、想定外と予想外の連続だ。ちなみに、飛行機などといった『空を飛ぶ』機械類は、現在のエイジイメイジアでは残念ながら製造を禁止されている。


『研究の過程で研究者たちは思考に質量、すなわち重さを与えているもの、思考に反応して動き現実に影響を及ぼしている物体の存在を仮定し、『精神粒子』と名付けた。そして、最終的にはそれを観測することに成功する』


「それにより、研究は飛躍的な前進を遂げた、だろう? そこまでは、学校で教えられたとおりだな」


『いや、問題はそこからだよ、御影君。研究が前進した? 違うね。そこで一度、立ち止まることを余儀なくされたんだ』


「……説明してくれ」


『精神粒子を観測することは、脳の活動を観測すること、そして、人の思考が具体的な力を持つかを調べることに直結する。だがそこで、研究者たちは大きな壁に衝突した』


 背筋に冷たい物を感じて、御影は近くに畳んで置いてあった服を手に取って、袖に腕を通した。左肩のところが血にそまり、少しごわごわとしているのが気持ち悪い。


『人によって、世界の見方が異なることが判明したんだよ。当たり前と言えば当たり前だね』


「同じ電球を見ていたとしても、人によって色が違って見えている可能性があるっつう、哲学の問題と同じようなものか」


『まあ、似ていると言えるだろうね。簡単に説明すると、確かにイメージは力を持つけど、他人のイメージと邪魔し合ってしまっていることが判明したんだ。簡単な思考実験をするとしようか。例えば、リンゴは宙に浮くと信じている男がいたとしよう。その者にとってはその事実は自明であり、彼のイメージに反応して、精神粒子がエネルギーとなり、リンゴを持ち上げようとする。しかし、他の人間がリンゴは落ちると思っていたとしたら?』


「そのリンゴは、他の人間のイメージで、落下させられてしまう?」


『その通りだ』


 こんな極端な話ではなくても、世の中の常識というやつについて少し考えてみればいい。ある独裁者がいみじくも、嘘も百回つけば真実になると指摘したように、一定数以上の人間があることを正しいと言えば、たとえ間違っているのだとしてもそれは正しくなる。


 例えば多数決。物事の正誤を二元論的に片づける手段の究極であり、少数派は正義の御旗を掲げた大多数に蹂躙される。身もふたもない言い方をすれば、民主主義はイコール数の暴力だ。


 第三次世界大戦もまた、多数決が引き金を引いた。


『このように、ある人間にとっての当たり前が、ある人間にとっては異常事態であるという事実は、超能力研究において大問題となった。一般で異常だと言われていることを引き起こすことこそが、超能力研究の終着点だったからね。前提から崩れてしまったわけだ』


「だが、そこで研究は終わらなかった」


『その通りだ。当時の科学者は、こう考えた。ならば、人間の脳を作り変えてしまえばいい』


 全身に鳥肌が立つほどの嫌悪感が、嵐となって御影の胸中を吹き荒れた。


 冷静になれば、あくまで理性的に考えるならば、それは正しい。発想としては極めて自然なものだ。研究室という密閉空間の中では、きっとそうなのだろう。


 研究者というやつを、常識でとらえてはならない。彼らにしてみれば、『不可能を可能にする』ことこそが生きがいであり、『可能となったことが何を引き起こしてしまうか』については基本二の次なのだ。もちろん全ての学者がマッドなら世界はとっくの昔に滅んでいるが、常識は発展にブレーキをかけることができないこともまた事実。


 ダイナマイトは、戦争のために開発されたわけではない。


『ありとあらゆる方策がとられた。ありとあらゆる、だ。洗脳、マインドコントロール、超早期教育。その他実にバラエティ豊かな人道を無視した実験が、複数の密閉空間を世界モデルとして行われた。だが、その全てが無駄に終わった』


「人間を、実験用モルモットとして扱ったのか。医学は人体実験により発展したとは言うが」


『この場合は発展すらしなかったね。同じ脳構造の人間を育てる? 人間には、個性があるというのに? 不可能だ。普通の方法ではね』


「…………」


『無意識レベルでの思い込みの書き換え。その方法は、予想外の場所から降って湧いてきた。別の研究で、精神粒子の動きを、機械により操ることに成功したんだ』


「何だって?」


『観測できるということは、それを操作することが可能だということに他ならない』


「つまりお前は、こう言いたいのか? コンピューターによって、人間の心を生み出したと。イメージという人間の特権を、ロボットが習得したと、そう言いたいのか!」



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