第三章 暗転 4-2



4-2



 彼女はそう意味深な言葉を残して、倉庫の外へと出て行った。


 はっきり言って、悪徳宗教の方々並みに胡散臭い女だが、それでも彼女が嘘をついていないことは何となくだが直感でわかる。自分の力を過信しているのかと思えばそうでもなく、しっかりと一線を引いているところがまた相当な実力者であることを示していた。


 逆に言えば、そんな彼女が無理だと断言するほど状況は最悪なのだ。もちろん超越者はレイフだけではないし、彼らをなんとかできたとしても万を超える軍勢がたった一人の少女を確保するためだけに動かされていることに変わりはない。正直さっさと白旗を上げたい気分だった。


 だが、抵抗するにしても降参するにしても、ろくな未来が待っていないような気がする。前者は無駄死に。後者は死刑台。若者は未来があるからいいねとか言ったのはどこの誰だ。


 どちらにしても死が待っているのだというのなら、せめてこの複雑怪奇な現状の謎解きくらいはしておきたいものだ。


 御影は半ばやけくそな気持ちで、ホログラムウィンドウを操作していく。たった一つだけ登録されていたアカウントナンバーを選択し、ホログラムによる通信をあの男へと繋げた。


『やあ、御影君。左肩の具合はどうだい?』


 上下白のスーツに身を包み、いけしゃあしゃあとそう宣うレイフに、御影は引きつった笑みを浮かべた。


「おかげさまで、向こう一ヶ月はまともに動かせそうにないな」


『それはすまないね。私もまさか、超越者まで出てくるとは思っていなかった』


「ああそうですか。俺も思っていなかったよ。お前がまさか、一高校生に縋るほど権力をそがれた政治屋さんだったとはねえ。というか、全身白って人としてどうなのよ」


『格好いいと思ってね』


「……ああ、そうですかあ」


 もはや皮肉を言う気力もそがれて、死んだ魚のような目でホログラムを見つめる御影の前で、ルークは足を組み合わせると上体をこちらにのりだしてきた。


『さて、君も何もわからないままこちらに従うほど殊勝な人間ではないだろう。時間の許す限りは、君の疑問に答えてあげたいと私は考えている』


「それはそれは。御親切なことで」


 正直、聞きたいことは山ほどある。公理評議会と治安維持隊の確執。御影奏多という一超能力者を駒として選んだ理由。さらに言えば、あのボクシとやらの正体に、そもそもルークは公理評議会でどのような立ち位置なのかなどなど、数え上げればきりがない。


「あの女の正体が知りたい」


 だが、何にもまして問うべきことは、やはりノゾムに関することだ。レイフとの交戦中に、彼女の前で超能力を発動したときに感じた衝撃は、おそらく一生脳に刻まれたままだろう。未知なる存在と対峙させられたかのような、本能的恐怖。自分という存在、自分の持つ超能力という力そのものが否定されているのだという確信。


 正直、ノゾムを守るどころか、まずはノゾムから自分の身を守りたいと考えている始末だ。それほどまでに、あの瞬間の少女は脅威的な存在だった。


「あいつは一体何なんだ? 金堂真の娘だってことはわかった。ボクシからあいつが『対超能力者用人間兵器』だとも聞かされた。だがこの際、肩書だとか能力だとかはどうだっていいんだ。そもそもあいつは何なのか。どう、『作られた』のか。それを教えてほしい」


『先ほど可能な限り答えると言っておきながら悪いけどね、御影君』


 ルークは右人差し指で眼鏡を押し上げると、少しだけ首を傾けた。


『答える前に、君の覚悟が聞きたい』


「覚悟だと?」


『いいかい? 君にはまだ、投降という手段がある。万が一の奇跡があれば、そのあと普段通りの生活に戻れるかもしれない』


「馬鹿な。お前が指摘してくださったように、ここまでいろいろやらかしてそれはないだろう」


『だが、可能性はゼロではない。言いたいことはわかるね?』


 つまりは、ルークはこう言っているのだろう。それを知ってしまったら、もう戻ることはできないと。ただ知っているというだけで、断罪されるほどの情報を手にする覚悟はあるのかと。


 御影奏多は肩をすくめると、唇の端を持ち上げて言った。


「俺は生意気な餓鬼でねえ。先のこととかわからないし、何より好奇心が強いんだ。困った物だろう? いやほんと、早く大人になりたいものだねえ」


『こうして話している間にも、君の生存の可能性は刻一刻と減少しているんだよ?』


「どん底からさらに下になったところで今更だろ。どうせ死ぬなら、全部はっきりさせてから死にたいね。……いや、生きるけど。意地でも生き残るけど。つうか、そう思うんだったら無駄口を叩くんじゃねえよ、オイ。あと、あの策はタイミングが重要だ。どのみち待機だろ」


『……本当にいいんだね?』


「しつこいぞ、眼鏡。ここまで来て、今更引き下がれるかってんだ。教えろよ。治安維持隊、正義の象徴があの女を殺そうとしている、本当の理由を」


 暫しの沈黙が流れる。倉庫の扉の隙間から覗く景色は、一面の黒と、それらを切り裂く人工の明かり。どのくらい寝込んでいたかはわからないが、何時間単位であることは確かだろう。


『長い話になる』


 ルークはそう言って、御影から視線を逸らし、天井を見上げた。表情は見えない。その姿は何かを痛恨するようにも見えたし、ただ単純に体の筋を伸ばしているだけのようにも思えた。


 壁越しに、誰かの嬌声が聞こえてくる。おそらくは、ノゾムのものだろう。こんなときまでのんきな奴だと、御影は淡い微笑を浮かべた。


『全てを語るには、能力世界が成立するよりさらに前にさかのぼらなくてはならない。超能力研究の推移、そして、その結果を、嘘偽りなく話す必要がある』


「俺が今まで受けてきた超能力の歴史に関する教育には、虚偽の内容が存在したと、そういうことか?」


『その通りだ、御影君。小、中の義務教育のみに限らず、大学におけるその手の研究にすら制限がかけられている。私立大学に対しては研究を禁じ、国立におざなりの研究室を設立してその分野の人間を集め、雀の涙ほどの資金しか提供せずに飼い殺しにするというわけだ』


 ちらりと、記憶に何か疼くものがあったような気がしたが、それが何かを思い出す前に、ルークが続けて言った。


『もっとも、この国の人間は、本当の歴史が隠蔽されているという事実すら知らない。公理評議会の人間や、治安維持隊の上層部ですらだ。私が今から話す内容は、今は亡き金堂真、ヴィクトリア・レーガン、そして私に、超法的統治機関『AGE』しか知らない機密事項だ。表向きはね。少なくとも、AGEの連中はそう認識している』


「はあ? おい、ちょっと待て! いきなりこちらの知らない情報をぶちまけるな! というか、え、何? AGE? 政府機関は公理評議会しか存在しないはずだろう!」


 国民の選んだ評議員たちが組織する評議会が、唯一の立法機関であることは、法治国家、民主主義における大前提だ。たとえ形骸化しているのだとしても、そのような仕組みがあるという事実そのものに意味がある。法を超えた統治機関など、ファシズムの台頭を食い止める上では害悪でしかない。


 少なくとも、建前としてはそのはずなのだ。たとえそれがくだらない物なのだとしても、無視してしまった瞬間、天秤は容易に崩壊し、全てが狂気の渦に呑み込まれる。


『実際に政治を動かしているのは公理評議会であり、ひいては治安維持隊だ。AGEは最終決定を下す組織に過ぎない。彼らの意志はただ一つ、『この世界を存続すること』のみ。めったなことでは動かないが、しかしその決定には誰も逆らうことができない』


「あの女を殺すことを決定したのは、そのAGEにいる連中なのか? だから治安維持隊は、ここまでの強硬策を?」


『それは違う。今回の出来事はあくまで、治安維持隊と公理評議会の衝突だ。いいかい、御影君。AGEの主な目的は、『ただそこにあり続けること』なんだ。能力世界が誕生してもうすぐ三百年になるが、AGEは設立から数えるほどしか動いていない。めったなことでは動かないと言ったが、訂正しよう。彼らは基本静観するだけの存在だ』


 それはそれで、空恐ろしい物を感じる。何十年かに一度とはいえ、世界が動かされるのだ。権力者の面々は、いつAGEとやらからの命令が来るか気が気でないだろう。


『ここでは、AGEそれ自体はそこまで重要ではない。だが、肝に銘じておくんだ。君が今から世界の裏側を知ることそのものが、彼らを敵に回す行為なのだと』


「…………」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る