第二章 レール上をひた走り 5-3
5-3
御影奏多の後を追うエボニー・アレインは、高速道路が封鎖されている光景を目にした瞬間、両目を大きく見開いて叫んだ。
「ば、馬鹿! あんなの意味ないのに!」
『そうだな。まったくもって、無意味だな』
ホログラムの御影はそう嘯くと、唇の端を持ち上げた。その笑顔に、全身が総毛だつのを感じる。彼の言うことに何の誇張もないことを、エボニーは嫌というほど知っていた。
『構えろ、学生警備。でないと、お前も巻き込まれて死ぬぞ』
そんなことは、言われなくともわかっている。エボニーはライターを掴んだ右手を懐に入れ、中から一発の弾丸を人差し指と中指でつまみだした。
彼女たちのいる空間で、青の粒子が舞い踊る。
見渡す限り全てが、光の粒に包まれている。相変わらず、操れる精神粒子の量が桁違いだ。自分と彼との実力差を改めて見せつけられる形になって、彼女はぎりと歯ぎしりをした。
思考には質量があり、現実の世界に影響を及ぼしうる。今から三百年以上前。超能力がまだ成立していない時代に、それは発見された。
実際に、人の思考に反応して運動し、現実に干渉する『物質』、精神粒子。他すべての物質を透過し、人間の想像力によってエネルギーとなり、自然を操ることを可能とするもの。
超能力者と一般人の違いは、これを多数保有しているか否かなのだという。そういう『力』を生まれつき持っている者だけが、絶大な力を使役することが可能となる。
そして、御影奏多の操作の規模は、普通の超能力者のそれさえをも遥かに超越していた。
笛のような甲高い音が聞こえる。ビルの間を、凄まじい密度に圧縮された空気の塊が通り過ぎる。あまりの密度に、その場所だけ景色が歪んで見えた。
その、巨大な蛇にも似た不可視の弾丸が、青の粒子をまき散らし、バリケードの後方から道路中央のバスに激突した。余波として発生した強風に、バリケード周囲にいた治安維持隊の人間が、ある者は飛ばされ、またある者は何かにしがみついている様子が見て取れる。
エボニーの元までその強風が吹き付けてきたのと、空気の槍に側面を食い破られたバスが宙を舞っているのを目撃したのが同時だった。何トンあるかはしらないが、とにもかくにも、バスが空を飛んでいる。御影奏多は破壊されたバリケードの中心を堂々と通過し……そしてそのバスはエボニーの方へと落下しようとしていた。
「させるか!」
エボニーは右手をピストルの形にして、銃弾を挟んだ指をバスに向けた。
ピストルの原理は、言ってしまえば簡単で、銃弾の後ろで爆発を一度起こすことで、銃弾を加速させるというものだ。エボニー・アレインは燃焼反応を操れる。ゆえに、指の間に爆裂を起こして銃弾を発射し、かつ肌を傷つけないという荒業をも可能としていた。
これではもちろん、威力は通常の銃にはるかに劣る。だがしかし、それは爆発が最初の一度だけだったらの話だ。
「――行け!」
気合の叫びとともに、親指でライターのフリントホイールを回す。その途端、右手が炎に包まれ、銃弾がバスに向かって飛翔した。
だが、それだけでは終わらない。銃弾に追随するようにして、紅の小規模な爆発が連鎖的に引き起こされる。それは螺旋状をした炎の線となって、銃弾をさらに加速していった。
拳銃や大砲は基本、一度の爆発でしか弾に速さを与えることができない。それを解決しようと、砲身に創薬燃焼室を複数取り付け段階式の加速を可能とする多薬室砲なるものも考案されたことがあるらしいが、それは所詮、机上の空論に過ぎなかった。
だが、エボニー・アレインはこの世の燃焼反応全てを操る。ゆえに、なにもない空中に爆発を連鎖的に起こし、爆発そのものを砲身としてしまうことすら可能だった。
そのあまりの威力に、御影の空気の槍と同じく、対物用超能力技とされたロマン砲。決して人に撃ってはいけません。ぶっちゃけ実戦で使うのは初めてです。
エボニーの銃弾が接触した瞬間、バスは文字通り爆発炎上し、衝撃で真っ二つに引き裂かれた。空中で。高速道路の両脇に、炎に包まれたバスが半分ずつ落下した衝撃に必死で耐えながら、エボニーもまたバリケード(だったもの)の中央部を通り抜けていった。
ホログラム内のヘルメットが後ろを向き、引きつった声を上げた。
『お……お前! 実戦で対物用の技を使う馬鹿が、どこの世界にいるんだよ!』
「あんたこそインビジブルロンギヌスなんて使ってんじゃないわよ。死ぬかと思ったじゃない」
『ま、待て! 誰だそんな名前つけたの! 技名なんてよしてくれ、マンガじゃねえんだぞ!』
ちなみに、漢字で書くと不可視神殺しの槍(インビジブル・ロンギヌス)。名の知れぬ命名者の悪意すら感じる。
「知らないわよ。もうすでに、その名前で登録されているらしいから諦めなさい。とにかく、規模で言ったらアンタの方が上でしょ。バスを宙に浮かすって、アンタほんとに馬鹿ね」
……言っててどっちもどっちのような気がしてきたが、向こうのほうが悪であることは事実。正義は何をしても許される。きっと。
※ ※ ※ ※ ※
環状高速道路、西口にて。
学生警備隊長、ジミー・ディランは、元同僚からのホログラム通信に苦笑を浮かべていた。
『ジミー。ありのまま今起こったことを話す。敵が来たと思ったら、突然バスが飛ばされて、空中で真っ二つにされた。何を言っているかわからないと思うが、俺にもわからん』
「いやあ、ほんとごめんねルーベンス君。始末書は僕が書いておくからさ」
『始末書で済むか、こんなもん! というか、俺が割り込む余地なんてどこにもなかったぞ!』
「……やっぱり?」
『やっぱりってなんだ! わかっていたのなら最初から言え!』
そう言われても、さすがにバスを飛ばされるまでは想像していなかった。真っ二つにされるのも。この破壊活動にエボニーがどれほど関わっているかで、始末書の文字数が倍以上変わるが……優秀な副隊長のことだ。深く関わっているに違いない。
『ああ、後それから、バス破壊したのはお前の部下だから。あれさえなければ、俺の能力で安全に下ろせたんだよ。おかげで、高速道路は半壊だ』
……期待通りにご活躍してくださって、なによりだった。
『犯人に心当たりはないか? あれだけの力を使える奴は限られている。だが、治安維持隊であんな能力を使うやつを俺は知らねえ』
「へえ、そうなんだ」
ジミーは一瞬無表情になった後に、いつも通りの、全てに興味がないようなすまし顔で、戸惑う元同僚に告げた。
「そんなこと言われても、僕にはわからないよ。僕たちの知らない誰かが、隊に歯向かっているんじゃないかな……?」
そうして、ティモとのホログラムによる通信を終えた、その時だった。
ウィンドウを消去しようとしたところで、彼はティモとは違う、別の誰かが自分に通信を繋ごうとしていることに気がつき、彼は片眉を上げた。
ホログラムに表示されたアカウントナンバーと、とある役職名に、彼は大きく目を見開くと、半ば反射的に通話のアイコンをタップした。
ウィンドウが、再び通信用の画面に切り替わる。その中心で椅子に腰を掛けて、長い足を見せつけるように組んでいるその男の姿に、ジミーは思わず息を呑んだ。
「……ルーク」
『やあ。久しぶりだね、ジミー・ディラン』
全身を白いスーツで包んだその男は、七年前と何一つ変わらない、あの微笑を浮かべていた。
『早速だが、君に話したいことがある……』
※ ※ ※ ※ ※
高速道路上空を、青と橙の光が舞い踊る。
二台のバイクの間では、つむじ風が絶え間なく発生し、その中に赤紅の炎が飲み込まれては消えるのを繰り返していく。御影奏多の追走劇は、超高速での移動と、超能力を使用した戦闘を並行するデスレースと化し、いよいよもって混迷の様相を呈していた。
爆裂による攻撃を文字通り吹き飛ばされた瞬間、エボニーは自分の目と鼻の先に青い輝きを目撃して、もう何度目かわからない方向転換を行った。直後、自分のすぐわきを、目に見えないが絶大な威力を有する槍が通過していった。
頬に浮かんだ汗が、強風に飛ばされる。エボニー・アレインは、自らの体が恐怖におののきそうになるのを、ハンドルを強く掴むことでなんとか堪えた。
ふと我に返ってみれば、あの御影奏多相手に、曲がりなりにも攻防の形態を作り出せていることは奇跡に近かった。普段ならば、彼の一撃は避ける暇もないほどに過剰光が発生してからのタイムラグが少ない。カーチェイスしながらの戦闘ゆえの幸運かもしれなかった。
ホログラムの中で、御影が歯ぎしりをしている様子が窺えた。本来ならば圧勝できるはずの相手にここまで手こずらされているのに、いらついているのか。だが冷静さを取り戻されたら、もう終わりだ。こちらの勝ち目は限りなくゼロに近くなる。
だが、そんなエボニーの危惧は、まったく逆の方向で実現した。
『クソッタレが。そこまでして、このクソガキが欲しいなら……』
御影奏多の声に、何か危険な物を感じて、エボニーはハンドルと掌の間にあったライターを握りしめる。しかし、次の彼の言葉は、彼女の想像をはるかに超えたものだった。
『お望み通りくれてやるから、勝手に拾え』
「……え?」
わけがわからず、その真意を問いただそうとした、その瞬間。
目下、治安維持隊が追い求めている少女を乗せたサイドカーが、彼の乗る赤いバイクから切り離され、轟音と共に彼女の方へと転がってきた。
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