第二章 レール上をひた走り 5-2
5-2
鼓膜を突き破らんばかりの摩擦音とともに、慣性の力が先ほどとは逆の前方にかかってくる。なんとかバイクの向きをずらしたのと、その空間が『切り裂かれた』のが同時だった。
その場の空気が歪み、アスファルトの表面に死神の鎌で削りとられたかのような傷跡が刻まれていく。目で見える形では地面にしか被害が及んでいないが、空中もまた例外ではない。もしエボニーがそのまま進んでいたら、全身を輪切りにされていたとしてもおかしくはなかった。
かまいたち。何もないはずの草原を歩いているときに、突如足が切り裂かれる現象を、鎌を持ったイタチの仕業だとされたことによりこの名前がついた、旋風による真空の刃。
実際の原因は気象学的要因とはまた別の場所にあるのだが、たとえ現実的にはありえない事象であっても、全ての気体を支配下に置くあの男はいとも簡単に実現する。
エボニーはすぐさまバイクを立て直し、先行する御影の背中を追いながら、ホログラムウィンドウのヘルメットに向かって叫んだ。
「ちょっと、殺す気?」
『その言葉、そっくりそのまま返すぞ、学生警備。今バイクのエンジンを止められたら、俺もこの女もお陀仏だってのがわからねえのか、オイ』
「そこはちゃんと調整するつもりでした!」
『いや、まったく説得力がねえよ。さっき追突しそうになったクセに』
……ぐうの音も出なかった。
いや、今回ばかりは本当に、きちんと力を加減するつもりだったが。
「とにかく、絶対にアンタは許さないから! 覚悟しなさいよね!」
※ ※ ※ ※ ※
環状高速道路西口検問にて。
学生警備隊長、ジミー・ディランは、右手にカップを持ったまま、自分のバイクに腰を掛けていた。
先ほど、一台のバイクが強行突破。それを学生警備副隊長、エボニー・アレインが追跡中。二台のバイクは北へと移動しており、北西部の検問付近では、高速道路の閉鎖が行われている。バリケードは、バスなどの車両を利用した簡易なもの。他の検問からも隊員が現場に向かいつつあるが、おそらくは逃亡者がバリケードに到着するのが先。
人員の不足はあるが、少なくともそこで足止めをすることは可能。検問を突破した人物を捕まえるのは、時間の問題。
「……そう。そのはずなんだよなあ、普通に考えたら」
彼はカップに新たな紅茶を注ぎながら、ため息を吐いた。高速出入り口付近では、バイクが無理やり侵入したのを皮切りに、ついに耐えきれなくなった一般市民の皆さんが学生警備ともみ合っている。あれはもはや、乱闘と言ってもいいかもしれなかった。
いつも彼の代わりに学生警備の長としての仕事をほぼ取り仕切っていたエボニーがいない以上、ジミーもまた隊員たちの援護に回るべきだった。事実、押し寄せる大衆、車両を超能力で無効化しながら、こちらにすがるような目を向けている隊員もいた。
もちろん、彼らの期待に応えるつもりはない。ある意味でいつも通りではあったが、今回ジミーは、状況を分析することを最優先としているまでの話だった。
先ほどからエボニーに通信を繋ごうと試みてはいるものの、どうやら彼女は何者かと連絡を取り合っているらしく、連絡を取ろうと試しては失敗するのを繰り返していた。
通常なら、彼女はこんなことはしない。どんな場面でも、必ず隊長である自分の指示を仰いでくるはずだった。自分よりも優先する通信相手が、他にいるということか。
「誰が犯人か知ってるよなあ。あの反応、絶対おかしいもんなあ」
やはり、最悪を想定せずにはいられない。彼女があそこまで必死になる相手を、ジミーは一人しか知らなかった。
「御影奏多。彼が、治安維持隊に逆らっているのだとしたら……どうしたものかね、ほんと」
実際のところ、敵が御影奏多であるというのなら、追い詰める手段は存在する。もしエボニーが今、彼と通信を行っているのだとしたら、たとえここで逃げられたとしても、御影を追うことが可能だった。
そう。問題なのは、学生警備隊長として、彼を確保することを試みるか、第一高校の教員として、生徒の擁護にまわるかの選択だ。
「だめだねえ。やっぱ、甘いよねえ、僕。エボちゃんに偉そうなこと言っておいて、僕もあの子を切り捨てられてないもんねえ」
学生警備は、治安維持隊という団体からほぼ独立している。ゆえに、後の処分等を考慮しなければ、ジミーが隊の指示に従う義理は、今は無い。
だが、どのような行動を取るにしても、今何が起きているのかを確認する必要性がある。隊が確保したいあの少女は、何者なのか。なぜ御影奏多は、彼女を治安維持隊から守ろうとしているのか(これも予想にすぎないが)。あまりにも情報が足りなさ過ぎた。
誰が、どのような目的で、何を動かしているのか。全てが明らかになっていないが、少なくとも一つ、言えることがある。
「この事件。まず間違いなく、『誰か』が、『何か』に騙されている」
※ ※ ※ ※ ※
環状高速道路、北西部出入り口付近。
「来たぞ! 接敵に備えろ!」
ティモ・ルーベンスは、視サイドカーをつけたバイクが高速で向かって来ているのを視界におさめ、声を上げた。
大型バスを横に三台と、通常の車両を数台。万が一のときには、銃および超能力での十字砲火を行うため、バリケード左右には複数の隊員を配備した。
敵は超能力者。もちろん油断はしないが、しかしこちらに被害が及ばないことを最優先にすべきだ。ルーベンスは場合によっては自らの超能力で敵を止めるべく、敵の姿を睨みつけた。
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