第二章 レール上をひた走り 1-2



1-2



 トウキョウ第一特別能力育成高等学校四年生、生徒会長、ソニア・クラーク。


 長い金髪に白い肌、整った顔の造形と、容姿端麗なのに加えて、定期テストは総合二位、ペーパーテストでは一位と化け物のような成績をたたき出し、さらには品行方正で人柄も良いと、あまりにもそろいすぎている女性である。天は二物を与えずということわざが、いかに間違っているのかを証明するような存在であり、漫画や小説で出てくる完璧な生徒会長を、神様がそのまま実現しちゃいましたと言われても信じてしまうような人物だった。


 絶大なカリスマ性を持ち、生徒からも、そして教員からも圧倒的な人気を誇る彼女は、常に周囲の期待以上のことを成し遂げる、まさに生徒の模範と言える人物だろう。


 そしてエボニーの方はというと、校内の風紀の乱れを注意する存在であるはずなのだが、ソニアと比べるまでもなく、生徒の模範というには、現状はあまりにも悲惨すぎた。


『一つ聞きたいことがあって連絡したのですが、時間はありますか?』


「ええ、あるわよ。見てのとおり、今日はオフだから」


『そうですか。では早速』


 既に普段着に身を包み、髪型から何から何まで完璧に整えてある彼女は、右手で紅茶らしき液体の入ったカップを手にすると言った。


『御影奏多について、聞きたいことがあるのですが』


「御影について?」


『ええ。昨日、彼が私との約束をすっぽかしましてね。それでもいつもなら、その翌日の朝には謝罪のメールなり電話なりが来るはずなのですが、一向に連絡が来ないんですよ』


「……ちょっと待って。約束? アンタが……あいつと?」


 ソニア・クラークと御影奏多。この二人ほど対照的な人間は存在しないだろう。


 共通点として、どちらも成績優秀であることはあげられるが、しかしそのあり方はあまりにも異なっている。反発しあうどころか、二人が話しているところもほとんど見たことがないし、この二人に接点があるなんて考えたことすらなかった。


『別に、大した話ではありませんよ』


 エボニーが怪訝そうな表情をしていたからか、ソニアは頬を緩めると、一度カップの中身を口の中へと流し込んでから言った。


『先生方と御影奏多とのパイプ役をやっているのは、あなただけではないというだけの話です。人間嫌いで有名な彼ですが、さすがに成績のことが絡むと私とも話してくれるのですよ』


「……ふうん。意外ね、アンタがそんなことをしていたなんて」


『生徒会長ですから。これぐらい当然です』


「いや、それ説明になってないと思うんですけど」


『それでは、話を戻しますよ、アレイン』


 ソニアはティーカップを画面外のどこかに置くと、エボニーをまっすぐに見つめた。


『なにか心当たりはありませんか?』


「なんの話よ?」


『ですから、先ほど言ったように、彼が私に連絡してこない理由についてなにか心当たりはありませんか? 何か特別な事情があっただとか』


「そんなこと言われても……」


 そこでふと、昨夜の御影との会話を思い出して、エボニーは寝起きの頭を金槌でぶん殴られたかのような衝撃を受けた。


 昨日、あやつが話していたことが、もし本当だったとしたらどうだろう?


 いつもの戯言だろうと相手にしてやらなかったが、あの極悪非道御影奏多が、本当に人助けなんていう柄でもないことをして、そして火事の騒動によりその始末がまだついてないとしたら、説明はつくのではないだろうか。


 そうなると、自分はその可哀想な少女とやらを見捨てたことに……。


「……って、そんなわけないか」


『はい? いきなりどうしたのですか、アレイン』


「いいや、別にこっちの話。放っておいていいんじゃないの? 何の用事だったのか知らないけど、先生とトラブルになったとしてもアンタの責任じゃないし。それに、あいつならその程度のことで連絡してこないのも、不思議じゃないでしょう?」


『確かに、成績の話題ならば不思議ではありませんが……』


「成績の話題なんでしょう?」


『……そうですね、はい。そういうことにしておいたのでした』


「……?」


 わけのわからないことを言うソニアに、エボニーが首を傾げると、生徒会長は気を取り直すように咳払いをした。


『どうもお騒がせしましたね。私が知らないのに、あなたが知るはずもなかった』


「なんか腹立つ言い方ね、それ。というか、本人に直接電話すればいいじゃない。なんでわざわざ私に連絡したのよ」


 今更といえば今更だったエボニーの問いかけに、ソニアは何故か少し目を見開くと、やがて得心がいったというように頷いて言った。


『なるほど。あなたはまだ、あのニュースを知らないのですね?』


「ニュース?」


『はい。後で確認してみればいいのでは? どうも彼も運悪く被害者の一人となってしまったみたいでして。では、私はこの辺で』


 それだけ言って、ソニアは一方的に通信を切ってしまった。


 彼女の、こういう『要件が済んだらそれで終わり』みたいな、事務的な感じがなくなれば、もっと好感が持てるのだが。親しくなろうにも、その隙すらもなくてもどかしい。


「……と、ニュース、ニュースね」


 エボニーは目の前に浮かんだままのホログラムウィンドウを操作すると、インターネットを起動して、いつも利用しているニュースサイトを開いた。

 そして彼女は、そのサイトの一番上に大きく表示された項目を見て、思わず息を呑んだ。


「…………なあに、これ?」


 なんだか、朝から馬鹿みたいにこの台詞を繰り返しているなと、エボニーはそんな場違いなことを考えて、記事の内容と関係なく思わず笑ってしまった。


 もっとも、そのニュースは、とても笑い飛ばせるような代物ではなかったのだが。



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