第二章 レール上をひた走り 2-1



2-1



 御影奏多ほど評価が両極端に分かれる生徒は他にいないだろう。いや、見方によって、評価が分かれると言ったほうが正しいかもしれない。


 まず、あくまで私情を排し、客観的に彼のことを評価するならば、御影奏多は希代の才能、第一高校の歴史でもまれにみるほどの、超がつく『エリート』ということになる。


 実際テストの点数では、実技ならばあのソニア・クラークをも圧倒する。ペーパーテストこそ首位ではないが、それでも常に上位十名以内には入っているため、総合で見ればほとんど足を引っ張ることはない。


 では逆に、教員や生徒による、主観的な評価はどうなっているのか。


 一言で言えば、最悪だ。


 完全無欠ともいえる彼の成績に、一つだけ欠陥があるとするならば、学校の出席日数が他の生徒と比べてあまりにも少ないことだ。


 最終成績ではテストの結果が重視され、数字上では彼は学年首席の座をキープしているが、ことこれに関して言えばいっこうに改善する気配がない。もちろん最低出席日数が存在し、それを下回れば、いかにテストで好成績を出そうとも評価されないのだが、御影奏多は憎たらしいほど正確に、全ての授業を最低ラインぎりぎりで切り抜けていた。


 普通、こんなことはありえない。確かに世の中にはそういうのを計算している輩も存在するが、しかしそういう者は、大概テストでもそこそこの点数しか出せないのが普通だ。


 だが、彼はそのセオリーを、容赦なく、躊躇なく破壊する。


 明らかに授業をないがしろにしているのにも関わらず、他の『普通』の生徒をあまりにも理不尽に打ちのめす。


 自分と同程度のノルマを果たしているか、あるいはそれ以上のことをしているのを普段から目にしていれば諦めもつくが、御影の場合は傍目には明らかにやるべきことを十全にはしていないのにも関わらず、首位の座に居座り続けているのだ。これでは、生徒からはおろか、教員側からも嫌われるのは必然というべきだろう。


 実際、普段の学校生活でエボニーが彼に対する非難の声を聞く機会はかなり多く、またそれに同意するのを迫られることもしばしばだった。


 いつ頃からそうなっていたのかはわからない。共に超能力者として選出され、互いにいろいろあり何となく疎遠になって、気がついたときにはこうなってしまっていた。


 数字で見れば最高かつ最善で、しかし人から見れば最低かつ最悪の御影奏多。

 かつて人懐っこい笑みを浮かべ、今では自分にも皮肉っぽい微笑を向ける男。


 彼と自分の関係がどういうものなのかは、もはやエボニー自身にもわからなくなっていた。



  ※  ※  ※  ※  ※



 トウキョウ、中央エリア。

 奇跡的に人類が住める程度の環境が残されていたこの列島も、首都は戦火を免れることはできなかった。他にも多くの場所が戦場となったが、トウキョウは特にひどく、現在では過去『日本』という国があったことを思わせるような建物はほとんどない。なお余談だが、首都名がトウキョウで固定された背景には、原住民の涙ぐましい努力があったらしい。興味はないが。


 中央エリアと呼ばれるその場所は、トウキョウでは東側の末端に位置している、直径二十キロメートル強の巨大な環状高速道路に囲まれた場所のことを指し、一般道のほうは第三次世界大戦前の姿を維持しているキョウトと同じく碁盤の目状になっていた。


 道路により約五百メートル×五百メートルの四角形に分けられた各区画をブロックと呼び、列にアルファベット、行に数字をあてがうことで、各ブロックに名前が付けられている。例えば、最北西部はAの1ブロック、最南西部はSTの41ブロックといった具合だ。


 時刻は午前十時すぎ。エボニー・アレインは、そのひたすら十字路が続く道路で、治安維持隊から支給された彼女専用のバイクを走らせていた。


 政府施設や公共施設などのだいたいは中央エリアに集結しており、土地の狭さもあいまって背の高いビルが乱立している。彼女は慣れ親しんだ第一高校への通学路を進みながら、ヘルメット越しに、そのビル群の中でもひときわ背の高い建物へと目をやった。


 エンパイア・スカイタワー。神居の北部に位置するエイジイメイジアで一番高いビルであり、正義の執行者、治安維持隊の本拠地でもある。防衛上はビルというのはかなりデメリットがあるとかないとかいう話を聞いたことがあるが、土地が大変貴重であり、かつ平和の象徴として目立たなくてはならないということで、紆余曲折ありながらも現在の形に落ち着いたらしい。


「立派すぎてどうもいけすかないわよね、あれ」


 彼女はフンッと鼻を鳴らすと、すぐに前方へと視線を戻した。

 秩序を保つべき学生警備の副隊長が交通事故など、笑い話にもならない。エボニーは、バイクの通常のそれを遥かに超えたスペックとは不釣り合いな、過剰なほどの安全運転を心がけながら目的地へと向かっていった。



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