Memory 1-3





「いよいよ明日なんだよ。明日の『謁見』で全部決まっちゃうんだよ。確かにカナタは、のほほんとしていて、人の服汚したこともすぐに忘れちゃうほどのバカで……」


「ねえ、エボ。だんだん、ただの僕に対する文句になっていない?」


「のほほんとしていて、つまりはのほほんとしているわけなんだけど、なんでそんなにのほほんとしていられるの?」


 御影は何とも微妙な表情になってしばらくうつむいていたが、やがて顔を上げ、彼女のことを見つめた。


「ええと、僕が何でのほほ……緊張していないのか、だね? そんなのは簡単さ」


 御影はごろりと草原に寝転がると、頬を風に揺れる草にくすぐられて相好を崩した。


「緊張する理由がないからだよ。僕がメディエイターに超能力者として選ばれないなんてことは、絶対にありえないんだから」


 春の生暖かい風が、二人の間を流れていった。草はその動きを加速させ、ざわざわと彼女たちの足元で合唱した。

 彼女は御影の顔を覗き込むと、真顔で言った。


「あんたバカ?」


「うっわ! なんかいきなりきっつい言葉来た!」


「あたりまえよ。超能力者になるのは絶対だなんて、何でそんなことを言えるわけ? カナタも知ってるでしょ? メディエイターに選ばれる確率はすごく低いんだよ」


 全ての人類は、十歳に小学校を四年生で卒業した直後に、調停神、通称メディエイターとの『謁見』によってその才能の有無を決定づけられる。

 しかし、ここで問題なのは、その選出方法が一般には一切公表されていないことだった。


 わかっていることは、超能力者候補たちは、トウキョウの神居と呼ばれる建物にある、とある部屋へと通され、そこでメディエイターと呼ばれる何かと相対させられるということだけだった。このメディエイターについては諸説あり、曰く、それは超高性能量子コンピューターであり、あるいは脳構造をスキャンする器具であり、はてには人の魂を読み取る生物であるなどというオカルトめいた話も存在した。


 それらの真偽を確かめる術はない。政府はメディエイターに関する情報の一切を公表していない上に、なぜかその『謁見』を終えた者たちは、超能力者として選出されたか否かにかかわらず、そのときの記憶が曖昧なものとなってしまうからだ。メディエイターは、一体何を基準として超能力の才能を見極めているのか。その全てが、謎に包まれていた。


 そして何よりも問題なのは、超能力者として選ばれる者の人数だった。


 超能力者の人数は一万人強。一見かなり人数がいるように思われるが、全人類の総人口が一億を超えることを考えると、割合にして0.01%ほどでしかない。つまりは、『謁見』を受ける人間のうち、超能力者と認定されるのは一万人に一人しかいないということだ。


 たった一回の『謁見』とやらで超能力者を全員発掘できるわけがなく、落選者の中にも眠れる才能があるはずだという意見も、もちろん存在する、だが、現実問題として、『無能』と判断された者の中で超能力を発現したものは誰一人としておらず、『有能』とされた者たちは専用のカリキュラムで教育を受ける中、一人の例外もなく何らかの特異な才能を開花させていた。


 とにかく、自分が超能力者になれる可能性がどれだけ低いのかは、カナタだってわかっているはずだ。それなのに、なぜカナタはこんなにも自信たっぷりでいられるのだろうか?


「夢なんだよ」


「夢?」


「そう、夢。すっごく小さいことからの夢だから。他の未来を想像できないんだ」


「ねえ……。それって、カナタがあまりにもバカすぎて、超能力者になる以外の未来を考えられない、っていうだけの話じゃないの?」


 彼女が半目になって告げた言葉に、彼は一瞬、ぴたりとその場に固まった。


「……エボ。頭いいね」


「このバカナタ」


 彼女がクスクスと笑うと、御影も『バカじゃないもん』と唇を尖らせながらも、一緒になって笑い出した。しばし、二人のいる場所が、風と草の揺れる音と、鈴を転がしたような心地よい笑い声に包まれた。


「ねえ、カナタ? 明日、私たちどうなるのかな?」


「選ばれるよ、きっと。でも、もし駄目でも……」


「駄目でも?」


「別に、死ぬわけじゃないし」


「ふふ、やっぱりカナタはバカナタだ」


 二人の子供の背中を、雲の影が舐めていく。その雲の上に広がる空は、本当にどこまでも大きく、どこまでも青い。


 ……明日も晴れるといいな。


 彼女はそう思える自分が少し嬉しくなって、空に向かってニッコリと笑いかけた。



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