Memory 1-2
2
……結果として、鼻血を出している小学生がもう一人増えた。
「カナタのバカ、バカ、バカ……」
「ごめん」
憮然とした表情の彼女に、彼女がずっと小さいころからの腐れ縁である御影奏多は、それなりに反省した顔で何度目かの謝罪をしてきた。
全体的に線の細い体つきで、どこか華奢な印象を受ける少年だった。彼は猫っ毛の黒髪を風に靡かせながら、女の子のように端正な顔を歪ませて、彼女の横に体育座りをしていた。
対する自分は、この地方には珍しい黒褐色の肌をしていて、さらにカナタよりも背が高い。父親が黒人で、母親がエイジイメイジアの原住民である影響からか、長く伸ばした髪には御影ほどではないにしても癖が少なく、手入れはだいぶ楽なほうだった。
彼女は思わずため息を吐くと、両手で顔を覆い隠した。カナタにからかわれていたこともそうだが、それに騙されていた自分にも腹が立つ。自分はもう十歳で、明日には『謁見』を受けることになる。つまりは、彼女はもっとしっかりとした『大人』にならなくてはいけないということだった。
彼女はゆらりと顔を上げると、目をきつく尖らせて、隣に座るお調子者を睨みつけた。
ありとあらゆる方向に目を泳がせ、「今日は天気がいいなあ、エボ!」などと強引かつベタすぎる話の転換をはかる馬鹿に、彼女は叱るときの大人の口調を心がけつつ、静かに話しかけた。
「もう死んだふりしない?」
「しないしない!」
「そう。次やったら、本当に死ぬような目にあわせるから」
「ついさっきホントに死にそうになったよね、僕! いや、その後のは演技だったけど!」
彼女は御影の苦言を無視してその場に立ち上がると、自分の服を見下ろして思わずため息を吐いた。野原を二人で転がりまわったことで、服の状態がさらに悪化していた。全体が泥によって薄茶色に変色し、草の葉に混じって、様々な植物の種がひっついている。
このまま一週間ほど野外に放っておけば、美しいリーフグリーンの塊と化することだろう。せっかく親が用意してくれた『謁見』用の服が無残な有様だった。
「カナタのせいで、明日の服が台無しだよ。遊ばずに、カナタに見せるだけっていう約束で着てきたのに……」
「服を汚したのは悪かったけど、服装は『謁見』に関係ないからいいんじゃないかな。エボ足長いから、ジーンズの方が似合うし」
「……そう、かな」
「うん、そうだよ」
自分が加害者であることも忘れて、ニパァ、と満面の笑みを浮かべる悪友に、彼女は再び諦めのため息を吐いた。
思えば、カナタはいつもこうだった。人のことをからかい、悩ませるようなことばかりして、叱られても数秒後にはけろりとしている。勝手気ままに、好きなことをして生きているという感じだ。今だってカナタは彼女を放ってぼんやりと空を見上げ、自分のことも、そして明日のこともまったく気にしていないようだった。
「相変わらず、のほほんとしているね。カナタはどうしていつも通りでいられるの?」
「いつも通りじゃいけないの?」
「いけなくはないわよ。でも、明日にはもう『謁見』なんだよ。少しは緊張しないの?」
現在、二人の住む世界、エイジイメイジアの総人口は一億人強。その一億人は、二つのカテゴリに分類することができる。
超能力者と、非超能力者。
非超能力者とは、いわゆる一般人のことだ。身体能力、記憶能力などといった、人間に元から備わっている能力に加え、専用の機械を使用することで実現するホログラムの生成、多人数の人間により、ある一定区域における行動の『ルール』を決めるフィールド条件設定などといった、能力世界の誕生とともに新たな能力を手に入れた者たち。とはいえ、一般人には実際に世界の法則を変えたり、自然の力を操ったりなどといったことは不可能だ。
だが、その不可能を実現してしまうのが、もう一つのカテゴリ。人類の基本能力に加え、とある一つの分野において、絶大な力を行使することを可能とした者たちがいる。
それが、超能力者だ。
電撃を自在に操る。不可視の隔壁を作りだす。有機物の炭素構造を変形させる。
そういった、まさに夢のような力を、超能力者は有していた。
能力世界において人類が新たに手にいれた超能力という力と、従来の能力との差は、それこそかつての人類と他の動物との差に匹敵するほどに大きく、十数年前までは超能力者以外の一般人は『無能力者』であると揶揄されていたほどだった。なお現在は、『無能力者』という単語は、差別的かつニュアンスが現実とそぐわない(前述のとおり、一般人にも基本の能力は存在する)ため、その使用を公理評議会により禁じられていた。
では、超能力者を超能力者たらしめるものとは何か。
答えは単純明快で、ただ純粋に個々の資質だ。どんなに努力しても、もがいても、非能力者は超能力を手にすることはできない。才能のある者だけが、超能力を手にすることができる。
そして、その才能を判定する『謁見』の日は、もう明日にまで迫ってきていた。
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