記録盤 No.007

【チャプター・044/049 前夜】


 〈大鴉ブラン〉、〈大鴉ブラン〉、〈大鴉〉の大特価市ブランドン・バーゲン―─

 かくして彼氏の〈役割クラス〉は決まり、後は行為を成すだけとなる。

 念の為に繰り返すと、これは境遇と状況に拠って導き出された結果であり、誰かの/何かの介入なんて事は、補講以外に有り得ない──〈唯都シティアリス〉の〈名付ける者〉たる(即ち生殖施設の〈首魁ボス〉である)〈三姉妹〉、の新生児命名方法が、無作為なる単語の選出である様に、意味は後から見出される──(例えば〈オリヴィア・ヘイリング〉等、〈樹〉と〈魚〉との組み合わせで)──〈ブラン(ドン)・ベルゲン〉が、/〈ブラン(ドン)・ベルゲン〉として、/〈ブラン(ドン)・ベルゲン〉で在ればこそ、物語はその様に出来上がったのだ。

 〈虫であるとも知らぬ虫グランドマザァ・ハッカァ〉たれ、と──

 さぁ、だから御話シナリオを進めよう──地球がどうだとか、/〈唯都シティ〉がどうだとか、/〈登場人物キャラクタ〉達がどうだとか、そんな御託は、小脇に捨て置いて。

 小脇に捨て置いて、顧みる事無く──


 ──時刻は午前の九時少し前/大地の上に太陽が顕れ、明度が上がり始める頃──場所は〈ヴィクトリア常駐遊演道メニィアーケード〉に位置する、〈入没インジャック〉専用算譜機械コンピュータ遊戯ゲェム施設/通称〈ポート〉の、〈部屋〉番号は(何時も通りの)『No.14』。

 その狭苦しい『筐体ハコ』の中、/四方を画面モニタが取り囲む、/操縦席コックピットが中央に座して、〈ブラン(ドン)・ベルゲン〉は待っていた──全ての手筈が整えられ、準備万端と機械が作動し、己が演目の始まるのを──眉間に皺寄せた渋面でだ。


 ──今日/此処に至るまでに、色々な事が確かに起こった。


 起こった──が、本筋進行が決まったからには最早どうでも良い事である──とは言え一応、/念の為、/何か在っても困るからと、要約粗筋ダイジェストにて語るとするなら──〈ペイル・ピット〉『十二周目』を終えた後、膨大量の【功績点】を換金した〈ブラン(ドン)・ベルゲン〉は、行き付けの酒房パブ〈数多の代理戦士亭〉へといそいそ赴き、残り僅かとなった時間一杯を、賞賛と祝福と、無限の奢りとに費やして──そこで巡り合った〈エマ・ウォーカァ単体〉(思い出して頂くならば、『整えられた背中までの茶色髪/人工鼈甲眼鏡の地味な顔立ち/一部が特に豊満な肢体』の、婦妻の“妻”である方だ)とも祝杯を重ねて行った最中に、突如の前後不覚へと陥ってしまい、静止も聞かずに帰路を目指した──辺りで意識は完全に消失し──気付けば奇妙な、/白黒格子床チェッカータイルの部屋に居た。

 それが〈トーキング・トーテム〉内の〈部屋〉だと察するまでには、少々の時間が必要だった──そこまでの間に、両腕/両脚を椅子に縛られ、片手には〈決定〉鍵のみの簡易打刻鍵盤タイプボード、頭部には簡易〈入没インジャック〉用眼帯シェイド画面モニタが嵌められていて、勝手に没薬トリップさせられた後に、簡素で味気無い既存〈登場人物キャラクタ〉の〈行使プレイ〉出来ない〈行使者プレイヤ〉に成っている、と、順繰りに見出す必要があったから──最終的には、〈地下会合アンダーフォーラム〉を名乗る連中の、その過半が奇怪な造詣デザイン具合に拠って、幻画キノの様に遊戯ゲェムを見せられている事を理解したが、事態は全く好転しない。

 哀れ囚われの〈ブラン(ドン)・ベルゲン〉は、端的に言うと侵犯ハックされた──身体的な意味では無く、精神的な意味に於いてだが、大差なんて無いだろう。

 主催を語る、三角帽子の〈トリス・メギストス〉が、説明台詞を淡々と告げて来る──自分達が秘密裏に集合した〈反逆者ハッカァ〉達の徒党である事を、/〈太母グランマアリス〉転覆の為に、陰謀を企てている事を、/それが市民に取っては、心底大事な『計画』である事を、/その為に彼氏の協力が必要である事を、/そこに承諾は求めていないけれど、強いて言うなら、〈猫〉はもう自室の何処にも居ない事を──『背後』は愚か、〈登場人物キャラクタ〉すら男女不明の人型は、そこまで告げ終えると、御丁寧に音声まで聞かせてくれた──間違え様の無い“彼女”の声音を、


ミャオにゃあミャオにゃあミャオにゃあミャオにゃあ。』


 それが最終的なる〈決定〉打となり、抵抗か否かの意思確認に対し、首肯で応じる羽目となる──実際は親指で押すだけで良かったけれど、〈ブラン(ドン)・ベルゲン〉は頷いていた──嗚呼分かった、良いから早く概要を教えろ、と。


 ──〈飛んで火フライファイア〉とやらで成すべき事は、実際大したものでも無かった。

 〈サキシフラガ〉の〈行使者プレイヤ〉として、〈ペイル・ピット〉を〈行使プレイ〉する、只それだけの、何時も通りの行為である──未だ誰も、辿り着いた事すら無いと言われる『十三周目』の探索行クエストを、一日の内に攻略する、そんな条件が無ければ、だが。『九時から九時まで 9NINE 』、即ちは僅か十二時間の内に、/一気に〈第一層〉から〈深層〉まで駆け抜ける事で生じる莫大な過負荷を、それを観劇する事となる膨大量の観客達の視線に拠る圧迫と合わせて算譜機械コンピュータへ与え、連結している〈マザァ〉機関への、引いては〈太母〉式算譜機械グランドマザァコンピュータへの侵入を試みる──纏め上げれば馬鹿馬鹿しい、/荒唐無稽な内容だが、彼等は本気、本気も本気であり、そして同時に周到だった。〈行使プレイ〉に至る前段階として、如何にして施設を奪取し万全の環境を構築するか、/世間の耳目を集める為に、どの様な裏工作を行うのか等だけで無く、この機に乗じての各種〈反逆ハック〉行為を一斉に執り行い、混乱を加速させる事まで念頭に在り──その簡単だが、簡潔な解説に拠って、〈ブラン(ドン)・ベルゲン〉は、最早後戻り出来ない事を、/遣らねば成らないと言う事を、嫌が応でも思い知らされ、実感させられる所となる──


 ──語るべきは、これ位で良いだろう。その後の細々とした雑事に関しては、大体察しが付いている筈で、今更繰り返す必要も無い。

 とは言え、しかし、脅迫に拠る無理強いでは在るけれど、〈反逆ハック〉の為の其の頑張りについては、認めてやるのも吝かでは無く──掌に握った懐中算譜機アルバートが、内部で機械要素をカキンと動かし、午前九時へと時刻を進ませる。本来なら、〈常駐遊演道メニィアーケード〉も閉じている時間帯に、どの様にして忍び込む事が出来たのかは分からないが、彼氏は操縦席コックピットへと座っている──或いは此れからする様な行為に際し、〈ポート〉が封鎖される恐れは無いのかとも思うけれど(何せ全ては繋がっている訳なのだから)、きっとどうにかしているのだと──(そうで無かったなら有り得ない、普通には)──頭を振り振り、懐中算譜機アルバートへと視線を落とす。

 打刻紙片パンチカードの僅かな凹凸に、/短く込められていた表示文章は、


貴方に神のお恵みをゴッド・ブレス・ユゥ。──〈猫〉は大切にされています。』

『〈サキシフラガ〉の一支持者として──愛を込めて。』


 等と言う、まぁつまりは“ファンレター”であった訳だけれど、内容と機会を鑑みるならば、誰が、/または誰々が送って来たかは、まぁ明白であったと言えるだろう──どうやら連中も、一枚岩と言う訳でも無い様だ。〈フェリシア〉に対する言及も含め、これは単純に喜ばしい事でもあり、別の意味では、同情や共感という感慨も無くは無くて──攫われた夜から既にして数週間、自身は秘匿と沈黙の内に開放され、何もする事無くダラダラと過ごして来たならば、当時の激昂も静まり出しており──ある種、不本意な事、/つまり、自ら始めた訳でも無い事はそのままに、協力しても構わないと言う、/〈反逆ハック〉しても構わないと言う、/遣っても別に構わないと言う、そんな気持ちにさえも成っていた。

 それが心的作用に基づく転換なのか、最初から自身に在ったものかは分からないが──吐息と共に重心を後ろへと、背凭れの内に身を沈め、事態の進行に身を委ねる、/感情は表明しても抵抗はしない、そんな心持ちへと浸って行けば、時間は音を立てて過ぎて行き──午前九時の、約束の時刻が訪れた。

 仕方が無いのか、/そうでも無いのか、何はともあれ、最早遣るより他には無くて──法則性パターンへと従う様に、操作桿コントローラを両手で握り、深呼吸を一度、二度──そこで最後の仕上げが作動し、操縦席コックピット後部の腕部アームが開けば、注射器状の器具デヴァイスが眼前に──首の角度も整えてやると、点眼薬が一滴、二滴、三滴、四滴──七滴目辺りで異変に気付いたが、その頃には時既に、何もかもが遅く、八滴、九滴と垂らされており──〈行使プレイ〉時間を鑑みれば、それも確かに頷けるけれど、この回数は未知数であるし、それに何より聞かされていない──過剰投与オーヴァドーズの影響が、視野の拡大は早急であり、思わず悪態を付いてしまうも、細部の見え方/現実らしさも抜群であり、宙空に燦然と浮かび上がる題名タイトルと、続く指示の其の文言、


〈PALE PIT〉

〈PRESS ANY BUTTON〉


 其れが今の〈ブラン(ドン)・ベルゲン〉には、主の啓示に感じられる──太陽の様に高々と掲げられ、その余りの光輝さの元、直視すれば盲てしまいそうな──と、そこで突如過るのは、〈入没インジャック〉という言葉の由来、その一説で──曰く其の言葉は、『箱の中の玩具の道化ジャック・イン・ザ・ボックス』から来ているのだと言われている。

 『画面モニタ』に顕れた虚構なるものが、外へと向かってグワっと表出し、人々を驚愕の坩堝に貶める──それが正しく、此れから遣ろうとしている事であると気付いた彼氏は、フンと鼻で笑いつつ、皮肉げに口元を釣り上げて──精々その様に振る舞ってやろう、望み通りに遣ってやろうと、意志に従い、指を動かした。


 黒──白──光。そして光。

 光が溢れ、世に満ちる──現実の方を変えるべく。

 誰が……俺が──“彼女”が──だ。

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