記録盤 No.004

【チャプター・032/049 企ての実行(独立処理)】


 ──そして同じ頃、海洋と陸地とを隔てた、/別なる領土を収める〈太母グランマ〉達=〈メアリ〉と〈ソフィア〉の二基もまた、秘密裏に開かれた〈会合フォーラム〉の中で、一つの結論へと達していた──即ち、愚かにも同時に仕掛けられた〈混入戦争〉の尖兵/〈虫〉の主たる〈太母グランママリア〉への報復を、共同で行うという事をだ。


 そこには多分に誤解が在る──侵入用算譜機械コンピュータを山程積んだ人型戦闘飛翔機械〈ベテル・ギウス〉(と、“彼女”達は呼んでいないが、まぁ念の為に)を二基の〈唯都シティ〉へと差し向けたのは、〈マリア〉では無く〈アリス〉である。

 地球盤上の東と西と、まるで位置関係が真逆であり、どうして其の様な計算間違いを仕出かしたのかは定かでは無いが──(日頃の行いが有力ではある)──何にせよ、〈メアリ〉と〈ソフィア〉は怒り心頭に、対抗と言う名の、正しい理由に拠る侵略行為の手筈を整え出す──と、言う事を、〈太母グランママリア〉は、予め二つの〈唯都シティ〉に侵入させて於いた仔等を通して、何もかも全て把握していた。


 その“全て”には当然の様に、然るべき相手が誰であるのか──本来報いを受けるべきは、〈マリア〉では無く〈アリス〉である事まで、ちゃあんと/しっかり分かっている──弱小〈唯都シティ〉のチッポケな〈太母〉式算譜機械グランドマザァコンピュータとは、物がまるで違うのだと、鼻には掛けているけれど、そこに『情動』の乱れは無かった。それだけ〈アリス〉が強かだったと、上手く隠蔽を施したのだと、その様な事実に感心し、計算・結果を保存こそすれ(情報とは此れ即ち【経験点】だ)、怒っていたり何だり等無い──無い、無い、無い、が、それはさておき、この円盤大地の東の果て、/古き呼び名の〈新大陸〉こそを統べている、/巨大〈唯都シティ〉の管理者としては、西の果ての小島の〈唯都シティ〉に、/かつて露骨に覇を競い合った、/矮小な癖して有能なる〈アリス〉に、想う所も無く無く無かった。


 〈メアリ〉と〈ソフィア〉に対する“誤発進”もまた、どうやら例の〈ホール探索行クエストが、遠からぬ原因として繋がるらしいと、鏡面眼帯ミラーシェイド越しに見抜きもすれば、そろそろ雌雄を決しても良いと(“彼女”は〈船〉推進派筆頭であり、資源回収から軌道計算まで、莫大な費用を欲している)、〈太母グランママリア〉も動き出す。

 ゴゥン、ゴゥン、ゴゥン、ゴゥンと──陰謀の算譜術式プログラムが奔り出して──


仕掛傀儡プレイヤ・パペット──傍から眺める外観としては、大分可笑しな印象でもある。〈アリス〉と〈マリア〉は同型であり、/言うなれば〈姉妹〉の様なもの、並んで立てば、どちらも全く同じ容姿である──勿論、並び立つ事なんて無い訳だけれど)


(と言う事は、〈マリア〉と〈ガブリエル〉も〈姉妹〉に当たる)


(〈メアリ〉も〈ソフィア〉も、その他諸々の〈太母グランマ〉達も、基本的には変わらない。大元に差異は多少あれど──皆が皆、〈姉妹〉なのだ)


(世界は平和──有り余る程の、平和だった)


(そう思うだけなら、無論は只事タダである訳で──)


【チャプター・033/049 『人生に対する精神的疲弊』】


 さて──〈アリス〉と言わず、〈唯都シティ〉に於ける『医者』の〈役割クラス〉は、所謂いわゆる“享楽”とは縁遠い、/『消防士』や『整備工』等などと並び称される、選ばれし有資格者の為の職務である──実際に行われる医療の半分が、専門機械の手に拠るものとは言え、(その医者達の半数の正体も、専門機械であるとは言え、)教導義務カリキュラムの中で選別された、『有為なるもの』である事は間違い無い。


 だからこそ、〈入没インジャック〉用認識拡張剤の不正利用に拠る悪作用にて丸一日以上は寝込んでいた〈ブラン(ドン)・ベルゲン〉も、来訪する巡回査察医を前にしては、神妙に往診せざるを得ない訳である──(食事の配給を受けない等、生活に乱れが生じた時、〈三姉妹〉は直ぐに察して、この様な配慮を取ってくれる。そして症状が重大で在れば在る程に、費用は一切掛からなくなる。至れり尽くせりとも言う訳だ)──寝台ベッドの上に座らせられたり寝かされたりして、聴診と触診と問診を繰り返す、その果てに出された結論は、『人生に対する精神的疲弊』という、まぁ有り触れた代物だった──点眼薬の指し過ぎは、即座に判明したけれど、別段どうと言う事も無い。予め遣るなと言って於いて、それでも遣るなら仕方が無く、咎に値する様なものでは無い、それで不調を来したとしても、ま、行為自体は自己責任だ。誰かに、/何かに、迷惑を掛けない限りに於いては──なので問題視されるのは、その(自分に対してだけ傍迷惑な)行いを、何故に、/どうして成したのかであり、その小一時間に渡る診察に拠ってお医者様(実は代役ボット)の達した解答が、『人生に対する精神的疲弊』──何の変哲も無く、多かれ少なかれの市民であれば、誰しもが抱える代物ならば、この形式的診断に対しても、〈ブラン(ドン)・ベルゲン〉が特に想う様な所は無かった──治療の方法にした所で、当たり障りの無いものだろう。美味しい食べ物、/適度な飲酒に、/適度な喫茶、/控えめな喫煙、/運動、/友人との会話、/其れ等を熟し得る【功績点】稼ぎ、/即ち“享楽”と、その中での成果、と──そんなものを想像し、そして実際そうであった。何時もの事(実際何度もお世話済みだ)と納得し、彼氏は感謝の意を述べる──ただ一点、去り際に出された此の言葉には、


『所で、そう──折角なのですし、〈愛玩物コンパニオン〉でも飼ったらどうですかな? 〈鳥〉か〈魚〉か──いや、貴方の場合は〈猫〉がきっと良さそうだ。』


 この言葉だけには、内心ギクリとさせられてしまったが。

 それはあくまでも、提言であり助言であり、治療の一環でも何でも無い──だから医者は帰って行くし、書類の一つに記名もしなかった(それが在れば、費用は〈唯都シティ〉持ちなのに)──遣るか/遣らないかは、あくまで個人の任意であり、〈ブラン(ドン)・ベルゲン〉の判断次第と言う事となり──〈愛玩物コンパニオン〉を飼うと言う選択肢は、なかなかどうして、魅力的な言葉として感じられた。


 しかしてそれは、思いも寄らない言葉でもあり、先程までなら、意にも介して居なかっただろう──端的に言って〈愛玩物コンパニオン〉は、とてもとても、とても高価な存在だ。前〈唯都シティ〉時代の、/人間主体の生活の、〈太母グランマ〉無き無遠慮な発展の、行いと報いにて、人類種以外の〈動物〉は、軒並み絶滅してしまっている。実は生き残っているという噂もあるけれど、それは〈唯都シティ〉の外であったり、秘匿区域の何処かであったりと、市民がおいそれと行ける様な場所では、決して決して、無い筈である──人々の良く知る顔馴染みとは、全て算譜機械コンピュータを通した代物であり、だから〈入没インジャック〉が人気ともなる──(宇宙進出だって計画もされる)──(そして絶滅の悲しき事実は、もっと危うい真実をも示唆するけれど、それに関しては何も言うまい。どうか察して頂きたいものだ)──〈愛玩物コンパニオン〉とは、それ等の代用機械であり、模造品に他ならない。代役ボットである、が、継ぎ目や機械要素は全然見えず、正確無比なる算譜術式プログラムに拠って、本物同然の挙動を見せてくれる──本物同然の外見を、本物同然の、予想出来ない愛くるしさを──だから、そう、それは大変な費用が掛かるものだ。またそれは一つの戒めであり、『最早二度と、悪戯に何かを滅ぼしては成らない』と言う、〈太母グランマ〉の考えに拠るものならば、技術や資源に変化が生じようとも、おいそれと手が出せない様にはされ続けるだろう。例え其れが、精巧に造られた偽物であろうとも──“享楽”には“享楽”で間違いないけれど、その様に呼ぶのは憚られる。何せ、所有しているという事実だけでも、【功績点】の対象に成り得る程のものなのだから──


 故に本来であるならば、〈愛玩物コンパニオン〉を飼うだなんて言葉等、一笑に付して終わりである、が、しかし──一人取り残された自室の中、〈ブラン(ドン)・ベルゲン〉は、端末装置デスクトップの側へと近付く。機械を起動させ、打刻鍵盤タイプボードを叩いて算譜術式プログラムを呼び起こせば、確認するのは我が資産──より正しくは、そうなる手筈の【功績点】であり、先の〈行使プレイ〉に拠って、それがどれだけ溜まっているのか──と言う数値を改めて知った時、彼氏の顔は、思わず神妙なものと化す。

 (新たな仕込みの一つでもある、)──望みが手に届く場所に来たのだから。


【チャプター・034/049 〈猫〉を見付けに何千里】


 『〈鳥〉や〈魚〉、あの〈獣〉との出会いを、もう一度』──〈模造動物販売店〉の扉が上には、〈方舟〉から顔を覗かせている〈動物〉達の絵と共に、その様な文言が仰々しくも掲げられているけれど、誰も文句を言う者は居るまい。

 事実その通りである訳だし──“彼等”は当の昔に滅び去った、折角〈大洪水〉から逃れ得たと言うのに、人間の汚濁には抗えなかった──そして多くの市民に取って、この施設はそもそもの事に縁が無い──〈愛玩物コンパニオン〉は、とても、とてもとても高価な存在だ──〈ブラン(ドン)・ベルゲン〉にした所で、何時も店先を通り過ぎるのみであり、立ち入ろうだなんて考えは、冷やかしでさえも起こらなかった──自分の〈行使プレイ〉の評価の如何を、数値で把握するまでは。


 頭上の撮影鏡カメラに見守られつつ、自動扉に誘われれば、黄昏セピア色なる、明るく清楚な店内が出迎える──(〈三姉妹〉へと通じている、概ね似通った造詣デザインの内装に)──そして勿論、〈令嬢レイディ〉だ。波打つ髪こそ群青だけれど、瞳の色は緑であり、〈末母〉の面影が伺える。入口側の受付口で、『いらっしゃいませ』と出迎えるならば、側に近付き市民証を翳して、単刀直入に要件を告げよう。

 即ちは、そう──『〈猫〉をくれ』、だ。

 それで済むかと思ったのだがしかし、“彼女”は微笑み首肯すると、受付口近くに置かれている、端末装置デスクトップを掌で示唆した。打刻鍵盤タイプボードをいそいそ叩けば、俄に画面モニタが起動して──大変親切な案内と共にの、提供可能目録と、(勝手知ったる)代役造詣キャラメイクを促す項目欄が展開される──その夥しい種類と、〈登場人物キャラクタ〉を凌駕する詳細に対し、〈ブラン(ドン)・ベルゲン〉は思わず少々尻込みしてしまった──こんな数の、/こんな特徴の生き物達が、かつて地球に存在した等とは、改めて見せられるに信じ難い程──けれど、意を取り直して両手を向ければ、(自身と同じ)〈令嬢レイディ〉の緑眼に見守られつつ、項目欄への入力を行う──


【SPECIES:CAT(此処は当然譲れない所だ)】

【 BREED :『    』(不明であれば、記入は必要ないらしい)】

【  NAME : FELICIA(『幸運』を意味する旧き言葉だ)】

【  AGE  :『    』(不明であれば、記入は必要ないらしい)】

【  SEX  :FEMALE(見分けは特に付かない、けれど──)】


【 EYE(COLOR):BLUE(今回はそう言う気分だった、が──)】

【BODY(COLOR):WHITE(今回はそう言う気分だった)】

【TYPE DETAIL:────(お気に召す侭/気の済む侭に──)】


 ──〈令嬢レイディ〉と相談しながらだった事もあるけれど、全てをちゃんと埋めた時には、二時間近く掛かっていた。ちょっとした疲労すらも感じていれば、珈琲でも呑みたい気分だったが、察してくれたのか/気配り機能なのか、『どうぞ』と“彼女”が持って来てくれたのを有り難く啜りつつ──(これ位はしたって、まぁ良いだろう、どうせ他に顧客は居ない)──最終的なる総額を確認する。

「──…………──」

 『絶句する』とは、この事だろう──(〈唯都シティ〉で無音は珍しい、歯車は何処にでも埋蔵されている)──途方も無い、見た事も無い様な数値だった。幾つかの“オマケ”を付けた事で、予想を上回るものとなっており──だが、真に恐ろしいのは、それが払える額で在った事だ。先に獲得した【功績点】と、多少ともに残っていた備蓄とを合わせれば──殆ど全て使い切れば、〈ブラン(ドン)・ベルゲン〉は〈猫〉を得られる。自ら幸在れと命名した、愛らしい白猫を──だ。

 ──決断は重く、けれど一瞬の事だった。

 打刻鍵盤タイプボードの〈決定〉鍵を叩き、この売買契約を完了する──〈令嬢レイディ〉の微笑み、そして告げられる二時間程の待ち時間を受け、彼氏は施設の外へと出た。


 開放感──そして満足感。

 〈模造動物販売店〉から抜けた時、〈ブラン(ドン)・ベルゲン〉が覚えたのは、その様な感情の高まりだった。正確に言えば自覚であり、ずっと其処に在ったものに対して名が付けられた様なものだが──何にせよ、そう、彼氏はふぅと鼻息を放ち、暇潰しの為の散策をし始める。選択肢は然程多くは無い。何せ素寒貧であり、再び〈ペイル・ピット〉にでも潜らなければ、この状態は続くだろう──だからと言って後悔は無く、〈常駐遊演道メニィアーケード〉を歩む足取りも軽やかだ。

 思わず鼻歌なんて唄いながら、〈ポート〉の方へと──いや、方であって、中へは入らず──進んで行く。その上機嫌ぶりは、道中擦れ違った学童パピルの一団へと、声を掛けてしまいそうな程だったが、当然そんな事はしない──男と女の/男と男の/女と女の/複数人の/無差別の営みは、全て“享楽”として認められているけれど、生殖自体と、そして幼少期の相手との関係は、〈唯都シティ〉追放の極刑と相成る。そんな愚を犯す事は到底出来ない──彼氏には〈猫〉が待っている。


(だから、これは報奨の先払いであり、追込の一環と言う訳でもある──が、見過ごせない類の事もある。子供と寝たいだなんて言うのは、その典型例に他ならない。〈性交令嬢セクサリス〉で満足しているならば、何の問題も無いのだけれど──)


【チャプター・035/049 〈墓場から揺り籠まで〉】


 所でお気付きの事かも知れないが、〈模造動物販売店〉の隣に在る施設が〈自殺志願者・支援/防止管理事務所〉であるのは、意図的な設計に拠るものだ。

 〈ブラン(ドン)・ベルゲン〉は“享楽”として利用したけれど、〈愛玩物コンパニオン〉とは医療器具デヴァイスの一つでもある──(牧歌郷アルカディアで暮らすにも関わらず、)違法や悪事、或いは〈死亡デッド〉を求める様な、病んだ心を癒やす為の薬であり、医者の処方次第では、無償で提供される場合だって充分有り得る──此れは他の、例えば〈性交令嬢セクサリス〉なんかにも言える事ではあるけれど──だから、その為の解法として、この様な隣接が成立しており、左から右へと、直行出来る様になっている。


 ──なんて話は、そもそも〈唯都シティ〉に於ける死の通念から語るべき事柄では在るのだろう。〈太母グランマ〉達が有する其の理念は、前〈唯都シティ〉時代の古い格言を参考として、〈墓場から揺り籠まで〉と呼ばれている──終わりが先で、始まりが後なのは、即ち〈唯都シティ〉が築かれるよりも前に、人々はとっくに/或いは勝手に産まれ堕ちて居たからであり、火急の問題はどう生きるか、/そして、最終的なる末路としての、どう死ぬかに掛かっていたと言えよう。


 〈太母〉式算譜機械グランドマザァコンピュータの歯車銀河は、多くの疾病への治療法を、対抗策を編み出したけれど、今の所は死そのものを、どうにか出来る様な手立ては無く、最大に見積もった所で百二十年、それ位の歳月が経過すれば、全ての人命は寿命を迎え、その人体は資源となり、その人生は資料となる──土壌への還元と、情報の集積と、それは等しく、/万人に向けて行われ、文句を言う者は余り居ない。

 問題となるのは主に二つ、不慮と任意の場合だろう──前者は最早仕方が無い。編み出しても編み出しても、取り零しだったら幾らでも出、完結の目処はなかなか立たない──(大変ご迷惑をお掛け致します)──そして後者に関しても、基本的には誤りとして、何とかしようと頑張ってはいる。

 宗教なんて“享楽”に、ドップリ嵌って居なければ──『この世に“神”なんて言う実体は、最初からそもそも存在しない(有り得るとするならば虚構の中/遊戯ゲェムの中にしか居りはしまい)』と、当の昔に解答が出ている──人が自ら死を選ぶのは、生きるのに不満があるからであり、それが即ち、〈自殺志願者・支援/防止管理事務所〉に於ける、『防止』方面の試みである。

 “〈常駐遊演道メニィアーケード〉でも散策しようよ、人生って割と愉しいよっ”──〈事務所〉を訪れた志願者に向けて、〈マザァ〉なる〈令嬢レイディ〉は、その様な提案を投げ掛け、精一杯の“享楽”を与える──自宅や寝台ベッドでのミャオにゃあミャオにゃあミャオにゃあミャオにゃあ、だ──この辺りの行動は他と同じだが、違う部分も勿論ある。人間の為の機械として、懸命に説得を敢行する──費用を掛けた事もあり、決して無碍にはしたくない、と──だが、それで駄目なら致し方無い、自殺も或いは“享楽”と(生殖が『否』なら、真逆が『真』なのは当然だ)、『支援』の方に移行しよう。


 その遣り方は、とっても簡単だ──必要書類への〈決定〉の後、安楽椅子に横たわって、薬を投与されたら、それでお終い── “オマケ”で適用可能ではある、先達や友人、花畑に岸辺の〈入没インジャック〉下でも、時間は五分も掛かるまい。


 とは言え、これは最後の最後、『防止』に『防止』を重ねた上で、やっと執り行われる処置である。大抵の場合は其処までも行かず、〈事務所〉に入った憂鬱顔は、笑顔になって〈事務所〉より出て来る──その丁度前を通り過ぎた、/我等の〈猫なんて待ち侘び望む男グランドマザァ・ハッカァ〉も、一度は世話になろうと思い、しかし直前で取り止めたものだ(これは決して珍しくも無い)。死んだら一体どうなるのか、他人事で良ければ分かっている──土壌への還元と、情報の集積と──(ついでに実は『置き換え』もあるけれど、これは言わぬが花だろう。出て来ない人間は誰も居らず、皆が皆、笑顔である。そうで無くては行けないのだ)──けれど、自分自身が死んだ時、どんな風に感じるものかは、死んで無いから分からないし、死んだら生きては居られない──〈ペイル・ピット〉じゃ無いのだから、機会はしっかり見極めねば。軽率に一歩を踏み出すには、それは少々重過ぎる──


【チャプター・036/049 観察と実験】


「ブラン、ブラン、ブランドン・ベルゲン……〈大鴉〉の……ねぇ……」


 所でお気付きの事かも知れないが、〈ブラン(ドン)・ベルゲン〉が見出した学童パピルの一団には、〈例の姫〉〈オリヴィア・ヘイリング〉の姿が在った──が、彼氏は此れを分かっては居るまい。この時の彼女は変装しており、緑髪は赤髪に、碧い瞳は濃い茶色に、服装の感性も地味なドレスと、真逆、で無くとも、相応に違う装いとして、友人一同(人間半分/代役ボット半分)に訝しがられていたのだから。安息日と言う名の“享楽”の日に〈個性情報プロフィール〉変更を試みる、それ自体は別段普通であれど、しかし実際遣り過ぎではと、(推定)同年代の感覚として。


 そんな言葉も何処吹く風に〈オリヴィア・ヘイリング〉は念を入れたし、何時の間にか一団より離れると、〈ブラン(ドン)・ベルゲン〉の後を追っていた。

 自身が推挙した〈サキシフラガ〉、その〈行使者プレイヤ〉の実態を知るのが動機の一つであり、その為に色々の便宜も図った──〈地下会合アンダーフォーラム〉の力を借り受け、秘匿されている情報を引き出し(与えられ)、観察の機会を得たのである。

 そんな二者の接点は、〈登場人物キャラクタ〉越しでも実生活でも、全く無いと言わざるを得ず、〈反逆者ハッカァ〉ですらも無いならば、彼氏は彼女の事を知らない──筈だが、何処で/どの様に繋がっているかなんて、完全に把握する事等、誰にも出来ない(〈太母グランマ〉や〈マザァ〉は此処では除こう)──念を入れるならば、とことんだと、伊達眼鏡なんて掛けながら〈オリヴィア・ヘイリング〉はほくそ笑む──通り掛かる施設の窓には、見知らぬ少女が映っている。笑顔がなかなか愛らしい。


(そして、此の判断は正解だった。〈ブラン(ドン)・ベルゲン〉は“彼女”を知っており、それは気不味い空気を産み出す──追々分かる事でもあるけど)


 ともあれ──道行く市民を掻い潜りながら、〈オリヴィア・ヘイリング〉は追跡を行う。付かず離れずの距離を保ちつつ、素知らぬ顔で背後を進もう──あの〈行使プレイ〉の直後にぶっ倒れたと聞いた時は、なかなかどうして驚愕したけれど、見ている限りは無事な様で、ほっと胸を撫で下ろしている。もとい、〈猫〉(!)を買いに来たと言う彼氏の、ちょっとした浮かれ具合を眺めていると、腹立たしさすら覚えてしまうが──それに気付いている様子も無い、/誰かに後を付けられていて、ずっと見守られているだなんて、どうやら思いも寄らないらしい──(実際は、お互い様ではあるけれど)──そう考えれば心も凪いで、平静な気持ちに成れると言うものだ。焦るまい、焦るまいと言い聞かせ、勝手知ったる〈ヴィクトリア常駐遊演道メニィアーケード〉を進む──(まともな〈反逆ハック〉が出来ないのもあり、)その行為自体が何と無く愉しくて、自然と足取りも軽やかになりながら。


 そんな彼女から見た、〈行使者プレイヤ〉〈ブラン(ドン)・ベルゲン〉の印象に関して言うと──実の所に悪くは無い/好ましいとすら言えるだろう。

 機構仕上げと切り揃った黒髪/陰気を孕む丹精な顔立ち/縦にひょろ長い、痩けた青年──陽気な振る舞いが気に食わないのは、それが見た目にそぐわないからだ。確か年齢は二十……幾つか。十歳は離れていないだろう。『計画』が真に開始されれば、直接会う様な機会もあるか──話す機会もあるだろうか。それは何とも怖くはあり、何とも愉しい事でもある。実際して見なければ分からないけれど、あの〈登場人物キャラクタ〉を見ていたら、人となりは掴めそうな気がして来る──つまり結構、気が合うのではと。同じ様に不満を抱え、同じ様に〈反逆ハック〉したいと、望んで居ながら出来ないのではと──そんな風に想えてならないのだ。


 だから選んだ訳だけれど、果たして彼氏は〈火〉と成り得るのか──なんて思案している其の内にも、〈ブラン(ドン)・ベルゲン〉は歩みを続け、気付けば幻画館キネマの中へと入ってしまう。〈猫〉が出来るまでの二時間を、此処で費やそうと言うらしい。入っても良いには良かったが、今回は遠慮しておく事とした。〈オリヴィア・ヘイリング〉には遣る事がある──動機のもう一つ/踵を返し、向かう先は〈入没インジャック〉専用算譜機械コンピュータ遊戯ゲェム施設──即ちはそう〈ポート〉だった。


 頭上の撮影鏡カメラに見守られつつ、云々──選ぶ遊戯ゲェムは決まっている。興味は無くとも遣らねばならない──彼氏と“彼女”を信じるならば、自分で力量を知らねばならない──観察の後には実験を要すると、碩学の教師も語っていたのだ。


【チャプター・037/049 識閾下への挿入文書サブリミナル・メッセージ


 ──そして〈オリヴィア・ヘイリング〉は、〈ポート〉への立ち入りを(学童パピルの間は)禁止され、謹慎一日分を申し付けられる事と成った──詳細は省くけれど、まぁ、つまりはそう言う事だ。彼女に〈ペイル・ピット〉は速過ぎた──


(『早い』では無く『速い』なのは、特に誤字でも何でも無い)

(認識拡張剤は安全だが、摂取すれば良い訳でも、また無いのだ)


 ──そんな事とは露知らず、と、言うか、まるで念頭に無い侭に、〈ブラン(ドン)・ベルゲン〉は座席に座ると、正面に拡がる銀幕スクリーンへと、期待の眼差しを差し向けた。懐中算譜機アルバートは取り出せないが──規範違反と言う奴だ──上映開始まで、もうそろそろと言う所だろう。彼氏以外の客入りもそこそこで、段々状に居並んでいる、/百席余りの劇場内は、三分の一程が埋まっているか。実際満席には程遠いが、内容が内容を思うなら(つまり来場は無料であり、流される幻画キノも遥かに古く、何度目なのかも分からない)、それでも充分な数だと言える。


 そもそも遊戯ゲェム──算譜機械コンピュータ遊戯ゲェムが有る状況に於いて、幻画キノが残り続けているという事自体が、なかなかどうして、不思議ではある──操作桿コントローラは無いから、〈登場人物キャラクタ〉は動かせず、/勝手気ままに動き回り、合わせて物語も舞台もどんどん進んで──全天式に廻る廻る、円筒風景装置ディオラマキナとは訳が違う──時間は何時だって限られているが、それは概ね作品の都合、そして大抵の場合に於いて、〈入没インジャック〉用には出来ていない。素でも十分だと言う事でもあるけれど、点眼薬の適切な処方・調整が困難で、しかもは山程積まれ、後から後から造られる為だと、そんな話を酒房パブで聞いている──(申し訳ないが致し方無い)──言い換えれば、〈物語随行式役割演技ロール・プレイング・遊戯ゲェム〉から〈役割演技プレイング〉と〈遊戯ゲェム〉を取り除いた様なもの、とは、大分別物で、味気も無い様な気がするけれど、それでも受け入れられている。〈ブラン(ドン)・ベルゲン〉も、そんな一人の訳だけれど、詰まる所に、どうやら人間と言う奴は、何から何まで自分で決める/自分で責任を負う事に対して、疲れを感じる生物らしい──だから〈唯都シティ〉に暮らしていて、其処には〈太母グランマ〉に〈マザァ〉が居ると考えるなら、当たり前も当たり前である訳で、寧ろ/どうして、遊戯ゲェムなんてものをしているのか(〈反逆ハック〉なんて企てるのか)、そちらの方が分からなくもなるけれど──〈DROWNME私を流して〉と請われた所で、過度に遣り過ぎは良くないのだと、そう言う事でもあるのだろう。

 つまりはこうして、余暇として──合間として──観劇する位が性には合う。“享楽”として見詰めたり、況してや造る側になんて回るのは、自身の“向き”では無いのである──(此処ら辺りで良いだろうと、)始業の鐘が鳴り響く。やっと上映が始まるのかと、〈ブラン(ドン)・ベルゲン〉は居住まいを正した。


 光を投射される銀幕スクリーンへと、皆の視線が注がれる。

 円の内側に灯る〈5〉──

 それに続く〈4〉──〈3〉──〈2〉──〈1〉──

 そして〈0〉──に寄り、古き(善き)虚構は開始される。


 ……──内容に関して言う事は、正直言って余り無い。


 〈ウィル座〉今日の一本は、古典的名作〈ディファレンシア〉──気の違った階差式算譜機械ディファレンス・コンピュータに拠って、狂気に陥った同名の〈唯都シティ〉(正確には、只の単純な〈都市シティ〉であるけれど)を救うべく、技師にして〈反逆者ハッカァ〉の主人公が、個性溢れる仲間達と共に、機関への侵入を試みる──とか何とか、まぁ、そんな感じの話である。面白い事は間違いないが、何度も何度も、それこそ何度も視聴しているし、させられている。教導義務カリキュラムの最中にも、鑑賞会が開かれただろうか。多くの市民がそうであり、当然、〈ブラン(ドン)・ベルゲン〉もまた然りであって、何なら台詞まで諳んじられるけれど、上映中のお喋りは大敵/それに結局は暇潰し、時間潰しのものならば、中身なんて別に良く、最終的には無料タダである。


 空調の程良く効いた環境で、彼氏は座席へと座り直し、頬杖なんて付きながら、空ろなる緑眼でぼんやりと、見るとは無しに銀幕スクリーンを見続ける──場面は最初の山場と言う所/主人公なる怠惰な〈ウィリアム〉(〈故ケイシー・ピットライン〉)へと、ヒロインにして苛烈な〈モノ=クローム〉(〈故メリル・リズベット〉)が、胸倉を掴みながらに叱咤する──声は厳禁であるけれど、無音で在れば構わない。知らず唇だけを動かして、(当時十二歳の)“彼女”の台詞を復唱した。


『遣るか/遣らないかの問題さ──どうするんだい、お兄さん……』


【チャプター・038/049 ミャオにゃあミャオにゃあミャオにゃあミャオにゃあ


 ──偉大な主人公〈ウィリアム〉の返答は“遣る”であり、以って御話シナリオが進められる。ネタバレを承知でオチを言うと、〈ディファレンシア〉発狂には理由ワケが在って、それは市民に由来していた──愚かな子供が歯車に〈虫〉を混ぜた所為で、全ては狂ってしまったのだ──〈登場人物キャラクタ〉達は自分達の浅慮を悔いつつも、当初の目的を見事に成し遂げ、人と機械との和解が成立する。

 ──と、言う訳だ。


 〈猫なんて待ち侘び望む男グランドマザァ・ハッカァ〉として、遣るか/遣らないかの問題に応えるとすると、彼氏の解答は一択である──何も付け加えない、“遣らない”、だ。


 (本人の立場から鑑みれば)何をかと言う訳でも無いけれど、兎にも角にも、〈ブラン(ドン)・ベルゲン〉が遣る事等何も無い──今日この日/この時/この瞬間、という注釈は設けるが、そう、彼氏には〈猫〉が待っている──(先払いの報酬である所の)捲り目眩く目紛しき〈フェリシア〉とのご対面である。


 頭上の撮影鏡カメラに云々かんぬん──時刻と相成り、再び訪れる事となった〈模造動物販売店〉には、何時も通りの内装と、何時もと違う道具類が有る。

 真鍮合金で築かれた、/〈方舟〉を想わせる恭しさの、/けれど形状は長方形で、前面に檻の扉が付けられた、/何かを入れて置くのに丁度良い、


ミャオにゃあミャオにゃあミャオにゃあミャオにゃあ


 容器──と言う辺りで聞こえて来た声音に、〈ブラン(ドン)・ベルゲン〉の意識は乱れた。脳内歯車が軋みを挙げて、彼氏の自我を朧気とする(勿論これは比喩であるが)──気付いた時には施設の外/〈常駐遊演道メニィアーケード〉を歩いており、向かう先は奥とは真逆、自宅の方位の出入口だ。カツン・コツンと、踏み鳴らされる脚音も軽やかに、速度は徐々にいや増して行く──それでも精々小走りなのは、容器の中身を慮り、大事が合っては一大事と、これでも注意を払っていた──微かに覗ける檻の中からは、青と緑の光が輝き、興味津々と揺れており、


ミャオにゃあミャオにゃあミャオにゃあミャオにゃあ


 ──情報としては勿論知っている、小説やら幻画キノやら何やらで、〈猫〉が其の様に鳴く生き物だとは──知っている知っている、知っている、けれど、実際に聴いた時どう感じるものか、どんな印象を受けるものかは、誰も教えてくれなかったし、きっと知っても居なかっただろう──もしも、知っていたとしたら、


ミャオにゃあミャオにゃあミャオにゃあミャオにゃあ


 ──こんな世界には成っていない……そうとも。

 これぞ正しく“享楽”であり、更には『有為』に他ならない──


ミャオにゃあミャオにゃあミャオにゃあミャオにゃあ


 ……──これ以上何か物語る事は、正直言って余り無い。


 〈ブラン(ドン)・ベルゲン〉は“享楽”に耽った──数日か、一週間か、或いは、もっとの時間を、己が愛する(産み出した)〈フェリシア〉と共に、自室の中に引き籠って、延々延々、特に何かの目的も無く、それこそ目的であると言わんばかりにダラダラと、喉を撫でたり擦ったり、専用〈猫缶〉を提供したり、逃げる“彼女”を追いかけたり、無視する“彼女”を無視したり──(排泄機能は排除した。手間と言うより相応しくない、そんな風に感じたのだ)──スラリ靭やかに伸び来る肢体と、左右別々に煌めく瞳と、そして何より其の態度に、鼓膜を揺さぶる鳴き声に、彼氏は酔い痴れ、愉しんだ──其れは、始めて〈性交令嬢セクサリス〉を依頼した時よりも、/始めて〈ペイル・ピット〉(『一周目』)を攻略した時よりも、心地良い感覚を与え、与え、与え続け──


 そして──


 そして、ある時、そっぽを向いた〈フェリシア〉の視線に、棒状形成加工食糧すらも、ろくに摂取していない、/シャワーも全く浴びておらず、髭も髪も伸び放題な、/不潔で不審な男を見出した時、〈ブラン(ドン)・ベルゲン〉は漸くにして、自分がまるで無一文な事を、遣らねば成らない事を思い出し──ふぅ、と吐息を漏らしながら、首をゆっくり横に奮って、明日で良いかと考え直すと、〈フェリシア〉の腹部に顔を埋める──両の指をそっと背に、キュっと優しく掴みつつ、グリグリ頬を押し付ける様にすると、〈猫〉はこんな言葉で応えた。


ミャオにゃあミャオにゃあミャオにゃあミャオにゃあ


 折角なので、もう一度──お気に召す侭/気の済む侭に──


ミャオにゃあミャオにゃあミャオにゃあミャオにゃあ


ミャオにゃあミャオにゃあミャオにゃあミャオにゃあ


ミャオにゃあミャオにゃあミャオにゃあミャオにゃあ


ミャオにゃあミャオにゃあミャオにゃあミャオにゃあ


【チャプター・039/049 〈啓示板〉】

―─の説明には、〈トーキング・トーテム〉が今や早い。開発順序は逆であるが、体感的に〈入没インジャック〉を用いる分、その方が解り易く──と、言う事はつまり、認識拡張剤を点眼する必要が皆無であって、通常の画面モニタで事足りる。〈部屋〉や〈登場人物キャラクタ〉も要らなくて、対話と言うよりは『文通』に近い──より近い、とは、全ての遣り取りが〈過去記録リプレイログ〉であり、現実時間では断じて無いからだ(歯車の駆動具合に応じ、件の算譜術式プログラムにも、当然『時差』は存在するが)。

 書き込みされた内容は、〈三姉妹〉が必ず検閲し、公序良俗的に不適切であったり、〈反逆ハック〉行為の兆しが在れば、削除に規制、最悪の場合には、刑罰さえも辞されない──打刻紙片パンチカードへと態々押印する方法と比べると、情報の秘匿には、まるで向かない。羽撃き機械オーニソプタァにでも搭乗しつつ、〈唯都シティ〉全体に向けて大声で喋っている様なものである──なので逆に言うならば、善良なる市民という条件下に於いては誰もが閲覧/利用出来、情報の告知や、流布なんかにも都合が良い。

 そもそも/元々は、〈マザァ〉から市民への情報公開・その逆の意見提出を起源とする、恐らくは最も『霊媒オラクル』と『自動書記オートマティスム』に近しい代物であり──長い時を経る内に、その形状こそ変わって行って、今では〈啓示板〉も一つでは無い。様々な話題に応じて複数の其れが存在し、書き込む場所を違えれば、それだけで削除/規制の対象だ──(記録は常に正確に/〈虫〉は極力潰さねば、だ)──だから、算譜機械コンピュータ遊戯ゲェム関連の内容を望むなら、算譜機械コンピュータ遊戯ゲェム専門の〈啓示板〉を見なければ成らない。他の何処かを『覗き見』しても、何も得られるものは無く、


「──…………──」


 だから画面モニタは固定して、頬杖付き付き、待つしか無い──何を、と言えば、決まっていよう、〈ブラン(ドン)・ベルゲン〉、否、〈サキシフラガ〉の布告であり、つまりは〈ペイル・ピット〉『十二周目』〈深層〉攻略・開始の宣言だ。

 【功績点】を獲得するには、“観客”の評価が不可欠であり、その為に〈啓示板〉へと書き込みするのは、誰もが行う常套手段だ。告げずに分かって貰おうと言うのは、なかなか困難な企てである。それでも人気の、/注目を集める〈行使者プレイヤ〉ならば、言わずとも分かられる事もある訳だし、事実、この前がそうだった──が、今回に限って可能性は皆無の筈だ──多分きっと。恐らくは。

 彼氏が〈猫〉に、殆ど全てを費やした──その状況なら把握している(〈地下会合アンダーフォーラム〉の皆、有難う)。〈太母グランマ〉は、/〈マザァ〉は、/〈唯都シティ〉は貧窮を許容して、然るべき厚遇を与えてはくれるが、それは必要最小限──“以上”を望むと言うならば、相応の費用の掛かるのが現状であって、だから〈行使プレイ〉は行われる──のを待ち続けて、一ヶ月近くは経過した。流石にそろそろ焦りも覚え、疑念の影も顕れよう──つまり〈猫〉とは、そんなに良いのか? 〈愛玩物コンパニオン〉なんて代物は、学童パピルの立場から、どうにか出来る類のものでは無く、想像するしか無いのだけれど、もしも、そうだとするならば──


 ──奪う? 浚う? 壊す? ……殺す? 


 まさか。そんな事出来る訳が無いのである──愛らしい、/模造と言えど愛らしい、そんな生き物を、どうこうするなんて──だから、その時はその時で仕方も無い、〈飛んで火フライファイア〉は一時中断し、別の新たな担い手を──見繕おうと考えた、変化はその瞬間にこそ訪れて、画面モニタ越しの羊皮紙が、文字で俄に活気出す。

 世界の果ての滝が如く、上から下へ、/左から右へと渦巻く様に、言葉が溢れ、流れていく──多くは歓声、残るが感想、批評・批判も在るには在るが、はっきり言って目立たない。(彼等からしたら、)それだけ大事と言う訳だ──〈サキシフラガ〉予告の、『今夕六時/十二回目の攻略を此処に』とは。

 『愛を込めて』とは付け足しつつも、たったそれだけの文章と、それが起こした反応とに、俄に笑みが溢れながら──〈オリヴィア・ヘイリング〉は、吐息と共に背を背凭れへ、碧い瞳を頭上へと向けた。なかなか焦らせてくれるじゃないの、と、文句の一つでも垂れる様に──「……ミャオにゃあ」と、一言呟いて。


【チャプター・040/049 約一ヶ月間に起きた出来事】


 そんな〈姫〉が心を注ぐ、我等の〈猫なんて待ち侘び望む男グランドマザァ・ハッカァ〉〈ブラン(ドン)・ベルゲン〉が、無為なる侭に混もっていた頃──


 怒り心頭/感極まった〈太母グランマガブリエル〉は、海を挟んだ対岸の論敵向け、一万発の弾体を射出し、平気の平左/煽った〈太母グランマアリス〉の方も、同数の弾体を合わせて放ち、互いが互いを撃ち落とした結果、二万発全てが無力化された。

 弾道予測は算譜機械コンピュータの嗜み、太古より脈々と続けられて来た、人の息吹の様なもの──と、言うのは双方良く良く理解しており、であれば此れは手慰み、ちょっとした挨拶の代わりである。他の〈太母グランマ〉達が静観する中、海中に没した素材塊も、仲良く両者で分かち合われた──資源は尽く勿体無いのだ。


 世界は平和──有り余る程の、平和だった。


 とは言え──〈太母グランママリア〉は其の間にも、対抗と言う名の、正しい理由に拠る侵略行為の手筈を整え出しており、本命〈アリス〉を打ち取る手始めとして、〈太母グランマウァン〉への侵入を試み、以って此れを成功させた。その手管は、実際の所に見事であって、相手は忍び込まれた事に気付いてさえも居ないだろう。常なる〈ガブリエル〉の大騒ぎが、それだけ功を奏した結果だが、事実は事実、変わらない──地球盤上の中央に位置する、この巨大にして強力な〈唯都シティ〉の睾g,失礼(そんなものは在りはしない)、急所を握るに至ったのは、足掛かりとして最適である。東の果てから/西の果てまで、人型戦闘飛翔機械〈ベテル・ギウス〉(〈ウァン〉風に言う所の〈独角仙ユニコォン〉)を向かわせるのは、出来なくは無いけれど、/させたい訳では無いという類の行為であり、中間地点/中継地点を擁するならば、そうするに越した事は無いのだ──ゴゥン、ゴゥン、ゴゥン、ゴゥンと、今や二重の歯車を廻し、陰謀の算譜術式プログラムは密かに奔り、奔り続ける──


(──他に言うべき事柄は無い)


(大分飽きても来ただろうが、それでも言葉を繰り返そう)


(世界は平和──有り余る程の、平和だった)


(それが善いのかどうかなんて、知らないけども──)

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