記録盤 No.002

【チャプター・019/049 幕間(その2)】


 ──因みに補足しておくと、しっかり〈三姉妹〉には“解”が在った。

 『果たして此れで良いのかと、悩むに勝る我儘わがままも無い』──“彼女”達からして見たら、何と理不尽な話だろうか、人間の為/人間を想って設計され、遍く救わんと頑張っているのに、まるで顧みられていないとは。四の五の言うなら人間オマエが遣れと、答えはとっくに出されているのに、誰も其れを認めない──


 全く以てウンザリする──が、しかし、それでも“尽くす”のが〈マザァ〉ならば、今日も今日とて歯車は廻る──廻り廻り、〈燃ゆる蝿ファイアフライ〉を探すのだ。

 実の所に現時点では、〈諸悪の権化と看做される者グランドマザァ・ハッカァ〉は未定であり、候補者選定の真っ只中だった──〈サキシフラガ〉/〈ブラン(ドン)・ベルゲン〉──〈ホワイト・スタッグ〉/〈ジョシュ・グレイマン〉──〈探索者クエスタァ〉/〈カレン・ピジョン〉──〈ヴォクス=ヒュマナ〉/〈セオドア・リオンズ〉──〈白金の右脚〉/〈デイヴィッド・トーマス〉──その他諸々その他諸々──必要なのは〈行使者プレイヤ〉、それも相応の知名度が在る/多大な【功績点】の獲得者が良いが、誰もが〈決定〉打に欠けていて──その上〈反逆者ハッカァ〉の素養付きだと、案外該当しないらしい。なかなかどうして頭が痛く、潤滑油の一樽も欲しくは成ろう。〈発条ゼンマイ〉からの活力も良いが、キュッと一杯遣りたい所だ……


 満月の様に灯る照明──白黒格子床チェッカータイルの黒側に立ち、糸の様な瞳を更に細めつつ、〈長母〉は資料より顔を挙げた。勿論あくまで“フリ”であり、紙媒体等必要としないが、小道具としては有用である(文字もちゃんと書かれている)。


──不平不満とは反比例だから……ね……条件を絞る方が良いのかも──


 その真後ろ/白側の方にそっと佇み、〈次母〉が顔を覗かせる。口元に咥えられた〈LOVEラヴ紙巻シガレットには火が灯されており、芳しいバニラの紫煙が棚引く。流石に肺腑の無い以上、吸引する事は出来ないが、仕草は実に堂に入っており、


──……少し様子を見ておきましょう……〈会合フォーラム〉の動向は如何ですか……──


 パタパタと、煩わしそうに煙を片手で除ける〈長母〉──〈唯都シティアリス〉に於ける『殆ど禁煙』を言い出したのも“彼女”ではある──その視線の先/白黒境界の上に居る〈末母〉は、顔面を覆う鏡面眼帯ミラーシェイドを通じて撮影鏡カメラを伺い、


──特に無し……普段通り殆ど無害……だが……嗚呼でも此れは使えそうだ──


──何が在ったの/在りましたの──


 ぐいっと其れを押し上げるや、何時もの無表情に微笑が添えられて、


──例の〈姫〉だよ……不満を溜めて……動機付けには程良さそうだ──


【チャプター・020/049 行いと報い】


 羽撃き機械オーニソプタァが旋回する──(飾りではある)市庁舎の周囲/〈常駐遊演道メニィアーケード〉の『内』なる出入口側/公共施設郡の其の一つ──即ち、学舎と寮の上空をだ。


 其処では多くの子供達が、教導義務カリキュラムに則り、暮らしている。

 今日の天気は、快晴にして雲一つ無く、黄昏セピア色もがはっきりと伺えた。幼き歓声も健やかに、朗らかなると響くだろう──防音壁を超えられたら、だが。


 ──教導義務カリキュラムについての説明を挟もう。


 多くの〈唯都シティ〉に於いて採用されている其の制度は、人生の凡そ三分の一を占めると共に、残りの歳月すらも決定する、最も重要な仕組みだと言えようか。


 生殖施設にて産声を上げ、保育施設にて育った人々は、七歳を機会に寮施設へと移され、共同生活を営む傍ら、一市民としての必要な知識/道徳/健康等を身に付けながら、次第次第に、在るべき大人へと成熟する──一年、二年と、積み重なって行く歳月は、十五年目で終わりを告げ、そこまでに示して来た資質に応じて、二つの道が提示される──その能力を〈唯都シティ〉に捧げる/人類の生存に役立てる道か、その生活を〈唯都シティ〉に委ねる/己の“享楽”に耽る道かだ。


 前者の人間は極稀であり、大半の人間が後者である──機械と比肩する才能の持ち主等、百人に一人居れば良い方だろう。あらゆる分野/活動に於いて、残りの九十九人は不要なのだ──と、言っても、邪険にしている訳では無く、増して積極的に排除しようだなんて事は、〈太母グランマ〉も〈マザァ〉達も考えてはいない。


 機械とは即ち人間の代用、それに尽くす為のものである──時と場合次第では、不便を強いる事も在るとは言え、それはあくまで結果論/せざるを得なかっただけに過ぎず、望んでそう成る訳では無い。そこを勘違いしている様な輩も居るけれど、彼等の為の仕掛傀儡プレイヤ・パペット/愚痴と痴愚との矛先であり、鬱積が重度に陥った場合でも、『極刑』は『死罪』を意味しない。死に値する程の罪を犯せる程──算譜機械コンピュータを見事に出し抜き、企てが未然に防がれ無い程の、被害を及ぼす人間も居ないのだ。〈唯都シティ〉追放──それが精々の罰則である。管理されるのが嫌ならば、無理強いなんてしていない、『外』にて好きに遣ればいい──にも関わらず、居座る〈反逆者ハッカァ〉にも困ったものだが、それとて致命的だとは言い難い。


(ただまぁ少々、煩わしい事なのは間違いなく、それが危うい状況も在る)

(〈太母グランマアリス〉の憂いには、成るだけ対処をしなくては──)


 それが教導義務カリキュラム受領中の学童パピルであれば、甘く見られるのも尚更の事に──羽撃き機械オーニソプタァが旋回する──十五階建ての寮の一棟、その九階に在る一部屋の窓辺にて、少女が独り頬杖を付き、むくれた表情を露見している。


 〈例の姫〉こと〈オリヴィア・ヘイリング〉の、謹慎五日目が始まったのだ。


【チャプター・021/049 彼女が謹慎を喰らった理由ワケ


 額広くも緩やかに蔦打つ、新緑色の長い髪/蒼く澄んだ、勝ち気な吊眼/小柄だけれど華奢では無い、俊敏な印象の美しき少女──〈オリヴィア・ヘイリング〉が、狭い自室へと閉じ込められ、一歩も外へと出られなくなったのは、所謂いわゆる一つの〈唯都シティ〉の秘匿/生殖施設への侵入を試み、そして失敗したからだった。


 社会見学としての区域入場を狙い、教師(代役ボット)の眼を掻い潜って、自動扉に至ったまでは実に良かった、我乍ら上手く行ったと思ったのだけれど──撮影鏡カメラは何処にでも潜んでいて──このザマだ、と、態とらしくに溜息を付く。至れただけで開けられなかったのも、期待外れと呼ぶしかあるまい。

 尤も──本気で入りたかったと言う訳でも無ければ、入って何かをしたかった訳でも無い──只の興味関心、或いは好奇心に拠るものだ。様々な機会に応じて触れられる“享楽”=あの『恋愛』と言う作法の、かつての行く末/結果の程を知りたかった(或いは其れすらも過程であったのかと)──そんな理由である事は、当局も良く良くと理解しており、実害も皆無であった事から、処分は一週間の自室謹慎で済まされたのである。それすら長くは感じられたが、穏当な事は間違いない無い──〈反逆ハック〉の類では在るまいとし、少女を信用してくれたのだ。


 つまりはそう、侵入を試みるべく吹き込んだのが、“彼等”とは思いも依らなかった──二心在ったなんて悟られず、あの〈三姉妹〉をも出し抜けた事実は、なかなかどうして愉快では無いか──其処で笑みが灯されると、〈オリヴィア・ヘイリング〉はスカートを翻しつつ、部屋の中へと舞い戻った。


 窓の向こう/抜ける様な黄昏セピア色を背景に、羽撃き機械オーニソプタァが静止しているのにも気付かぬまま──小脇の寝台ベッドを通り抜け、衣装箪笥を両開く。衣替えには未だ早く、用があるのは奥の棚/仕舞い込まれた秘密の機械──簡易〈入没インジャック〉用の眼帯シェイド画面モニタと、〈私を流してDROWN ME〉と書かれた小瓶/〈入没インジャック〉用認識拡張剤を取り出すと、其れ等一式を勉強机の上に置いた。そのまま卓上の半分を占める、端末装置デスクトップに接続させつつ、小首をぐるりと廻し解し、緑髪払いながらも眼帯シェイドを被る──この時点では被るだけだ。安楽椅子に座りながら、打刻鍵盤タイプボードをラタタと叩き、幾つかの算譜術式プログラムを起動させる。第一には対話用のものだけれど、それ以外のは防壁用だ。少女であれば侮られる、けれど、念には念を入れておかなくては。今から行くのは“彼女”等の領域/歯車犇く地下世界アンダーワールドの、夢の僻地で在るのだから。


 かくして手筈を整えた彼女は、最後に扉の施錠を確認する──誰も途中で入って来ないと、少なくともに時差が在ると、頷いてからに小瓶を掴んだ。蓋を開け、刻まれた文字の示すが侭、左右の瞳に一滴ずつ垂らす。本当は二滴でも良い程には、余り有る時間を暇していたが、此れを手にする代価は大きい。入手が容易で無いからこそ、出来れば節制を試みねば──と、言う所で、没薬トリップが来た。


 思わず窓の外を見遣れば、空が彼方へと後退して行く──視野拡大のある種の爽快感に、〈オリヴィア・ヘイリング〉の笑みも深まる。こんなだから規制もされると、小瓶を振りつつ、眼帯シェイド画面モニタを一気に目元まで引き摺り下ろす。

 端末装置デスクトップと繋げられた其れは、画面モニタの様子と同期して、同じ映像を投影する──後は〈決定〉を下すだけと、盲いた状態で腕を伸ばし、慣れた手付きでラタッと叩く──今日で謹慎五日目の、即ち五回目の起動ともなれば、嗚呼これこそだ、とも思えて来る。何の為とも分からない/どうせ無意味な勉学に耽るより、此方の方が余程有意義と──寧ろ行為は此の為と、想える頃には変化も来よう。


 遠近の/二つの画面モニタに生じる変化。

 黒──白──光。そして光。

 光が溢れ、世に満ちる──


【チャプター・022/049 〈入没インジャック〉】

──の始まりは『霊媒オラクル』であり、具体的には『自動書記オートマティスム』だ。

 見えざる“何か”、大いなる“何か”と繋がり合う──下なるものは上なるの如く/上なるものは下なるの如く──その結果としての叡智や偉業は、かつて特別な人間だけの代物だったけれど、〈唯都シティ〉は其れを機能として組み入れた。


 地の果てにまで満ちる算譜機械コンピュータ──その枝葉末節は、あらゆる所に蔓延し、床の下/壁の中と、人の居る場所になら何処にだって存在している。パカっと開いて見てみれば、渦巻く歯車の瀑布も覗けよう──(勿論誰もが開けられる訳でも無く、その為の教導義務カリキュラムに他ならないが)──その凸側を【1】と捉え、その凹側を【0】と捉える、二進法の無限解/組み合う歯車の交わいこそが連なり重なり、数多の算譜術式プログラムを形成し、現実には有り得ない、もう一つの現実を、/何でも在りと言って良い、仮想・空想を象っている──が、それだけではあくまでも機械の領分、訳分からないゴゥン・ゴゥン(歯車の轟く騒音)の連続であり、人間が意味を読み取る為には、“夢”を見出すその為には、『窓』と『瞳』と『手』が必要と成る。

 画面モニタやら打刻鍵盤タイプボードやら操作桿コントローラやらは、そう言った過程にて産み出され、脈々と進歩して来たものである──そして勿論、認識拡張剤も忘れては行けない。基点をどれだけ強めようと、どうにもならない一線はある。眼への一指しは、その一押しだ。無くてもイケる場合も在るけれど、在るなら在るに越した事も無い。


 その強烈な──けれど、用法用量を守るのならば絶対安全な薬効に拠り、今や〈オリヴィア・ヘイリング〉の意識は遥か彼方/別の地平線へと降り立った。


 本当の肉体が部屋の中/『筐体ハコ』の中である感覚は薄れ、打刻鍵盤タイプボードの上の両の手すらも、我が身で無い様にラタタと動く──それすら視野の外ならば、彼女が見るのは、黄昏セピアの廊下と無数の扉──そして恭しくも輝ける題名タイトル──即ち、


〈TALKING TOTEM〉


【チャプター・023/049 〈地下会合アンダーフォーラム〉を〈階層〉に求めて】


 〈登場人物キャラクタ〉を介した対話行為──謂わば〈語式演戯ロウプレ〉に於ける“劇”要素のみに焦点を置いた遊戯ゲェムが、果たして遊戯ゲェムと呼べるのかどうかは、賛否両論在るだろう。目的も無く、勝ち負けも無く、果てに〈行使者プレイヤ〉が全面に出る事もあれば、〈入没インジャック〉の意味が果たして在るのか、とも──何やかんやと言われる事の多い〈トーキング・トーテム〉だが、“享楽”である事はまぁ間違い無い。大勢の利用者が、現にそれを証明している──お喋りする事は愉しい事だ、と。

(正確には『文通』と呼ぶべきだけれど、此処では余り差異は無い)


 故に〈オリヴィア・ヘイリング〉は進む──廊下、廊下、廊下と言う事に成っている空間を、打刻鍵盤タイプボードの操作に拠って──もっと別の、『視界』忙しない様な遊戯ゲェムだったら、操作桿コントローラ(部位/全身の区分を問わず)が入り用だけれど、これはそう言う遊戯ゲェムでは無い。録音式でも良かったが、指の方が存外早く、正確なる“発話”が可能である──と、言うよりも、自分の声を使う気に成らないのが本音であり、利便性の是否は考慮していない。それは彼女の〈登場人物キャラクタ〉の、見た目の問題にも起因している──幼い声等、〈単彩娘々モノ=クローム〉には合わないのだ。


 左右にキッチリ選り分けられた、黒に艷やかな短か髪/〈唯都シティウァン〉風なる白磁の美貌/健やかに清く、痩せたる女型──此れぞ〈オリヴィア・ヘイリング〉の用いる一種の仕掛傀儡プレイヤ・パペット=〈単彩娘々モノ=クローム〉の造詣デザインである。自分とは似て非なる姿で制作したのは、只の趣味趣向であって他意等無い。級友達に見せた所、感情複合コンプレックスだの何だのと、とやかく言われた覚えもあるが、それならもっと別のにしている。制約も無いのに人型の時点で、分かってくれても良い様なものだが──


 所でそんな〈単彩娘々モノ=クローム〉は、一体何処へ向かっているのか──眼帯シェイドの内側の画面モニタには、同じ景色が続いている。所謂いわゆる一つの『神の視座』=“彼女”の背中の、古式床しき黒ドレスの結び紐を焦点に、廊下、廊下、只々廊下──左右の壁には扉が居並び、四桁程の番号と、『話題』を告げる名称が刻まれている──


 〈No.1870A:〈唯都シティアリス〉に於ける新興運動競技について〉(興味無し)──〈No.1871A:貴方々の通う真の酒亭 ~〈常駐遊演道メニィアーケード〉を巡り行く~〉(興味無し)──〈No.1872A:( 空白 )〉──〈No.1873A:( 空白 )〉──〈No.1874A:( 空白 )〉(『空き部屋』が多い様に感じるかもだが、大体何時もこんなものだ。好きな数字と言うものもあるし)──〈No.1875A:執筆の勧め〉(興味無くは無いが用は無い)──〈No.1876A:来るべき〈唯都シティ〉間抗争時代を生き抜く為には〉(興味無し)──〈No.1877A:『食肉加工工場』〉──最後の前で少し止まる。少々気にはなったけれど、中を『覗き見』した所で、変わったものは特に無かった。〈部屋〉を設けた〈行使者プレイヤ〉が、凝った命名をしただけらしい。少しだけガッカリしながら、お首にも出さず歩みを促し(操作を加えない限りにて、〈単彩娘々モノ=クローム〉はクスリともしない)、〈No.1888A〉にて停止した。


 〈:銀ナイフに纏わる数多の考察.〉が、その名称だったが、実際の所に名前等どうでも良く、重要なのは『.』の方──扉を開けて、中を覗く。〈部屋〉の内装は〈部屋主〉の意向に拠って決定し、自ら行うか/一定時間経過するまで〈消去〉されない。ソファや安楽椅子が散見する典型的雑談場に於いて、見るべきものは〈過去記録リプレイログ〉であり、それも必要なのは只の一言──然りげ無く挿入された四桁程の数字を見出すと、用は済んだと、直ぐに外へ──自覚無く動く十本の指が、打刻鍵盤タイプボードをラタタッと叩くや、廊下から廊下への〈跳躍ジャンプ〉を実行する。

 今や居るのは〈No.2488A:月面軌道大砲倶楽部〉前──『螺旋』を想像して欲しい。ぐるりぐるぐる廻る其れが、〈トーキング・トーテム〉の構造であり、廊下は実は湾曲している。上二桁が〈階層〉を顕し、下二桁が『部屋番号』だ。〈階層〉の方だけなら、上へ/下へと昇降が出来、時間と手間を取らせない──どうせなら全部指定させてくれれば良いものを、処理だか何だかの問題で出来ないらと聞く。或いは、そう言う事にして置いて、実態は『移動』なる挙動の臨場感の演出とも耳にする──噂だ。真偽の程は定かで無い噂──


 それもこれも、“彼等”であれば知っていようか──噂の出処も其処ではあり、“彼等”は日夜邁進している。情報の更新も、きっとされているに違いない、と、〈オリヴィア・ヘイリング〉は密かに微笑むと、逸る気持ちを抑えつつ、再び廊下を歩き出す──極稀にすれ違う、別の/誰かの〈登場人物キャラクタ〉に会釈をしながら──〈No.2501B:利便喫茶コンヴィニエンスの正しい利便性.〉にて、先と同様の事柄を成すと、数字を追って〈階層〉を上下する。以降はそれの繰り返し/繰り返しだ──慎重になるのも分かる、けれど、此れも此れで面倒なものだと、流石に五回目辺りでウンザリして来た所に、やっと目的地へと辿り着いた。

 〈No.1414A:( 空白 ).〉──小さく穿たれた点が無ければ、『空き部屋』だろうと見過ごしていた筈だ。巧妙な手管に改めて感心すると共に、深呼吸を微かにしてから、〈単彩娘々モノ=クローム〉を中へと勧める。

 〈部屋〉は真っ暗闇であり、〈過去記録リプレイログ〉も何も見通せない──〈消去〉され立てと同じ状況であり、何も知らない者が立ち入れば、部屋を間違えたのだと想うだろう。そして、そのまま〈退室〉する、が、〈オリヴィア・ヘイリング〉は知る者であり、その様な事は決してしない──扉が勝手に閉じるのに任せ、黒い画面モニタと睨み合う事、数秒の後──突如眼前に、一つの文言が浮かび上がった。


『ようこそ〈単彩娘々モノ=クローム〉、我等の〈姫〉よ。』

『今日はまた随分と早い入室だ。』

『謹慎もそろそろ飽きて来た頃かね?』


 それは此の〈部屋〉の主人であり、“彼等”の主催からの言葉だった──男女不詳の、奇妙な音声が共に添えられている。此方は不備でも何でも無い、任意に設定された〈登場人物キャラクタ〉の声であり、だからラタタと文言で返せば、


『そう、その通り。一所に閉じ籠もり気味だと、段々嫌になって来ます。』

『〈唯都シティ〉をどうにかしたくなる程に。そうでしょう、皆様方?』


 女性的に落ち着いた/相応しい声音を〈単彩娘々モノ=クローム〉が口にする──(良く良く見れば唇は動いていないけれど、普段は背中側しか見えないのだから、些細な問題であるとも言える)──合わせて、パッと照明が灯れば、白黒格子床チェッカータイルのそれぞれに/思い思いの椅子に座る、何人もの、或いは何体もの〈登場人物キャラクタ〉達がその姿を見せ、“彼女”の問い掛けを肯定する──目深に被られた黒の三角帽/緩やかに羽織られた黒の外套/男か女か、人かどうかも分からない影=〈部屋〉の中心に鎮座する、如何にも魔術師風な姿をしている〈トリス・メギストス〉もまた鷹揚に頷くと、身振り手振りにて“彼女”の座る場所を指し示し、


『全く以ってその通り。』

『〈アリス〉は我々が変えねば成らない。〈三姉妹〉に等、任せてられぬ。』

『故にこそ、若き君の意見を聞こう、〈単彩娘々モノ=クローム〉。今日の議題は、』


 その奇異なる声音で以って、〈地下会合アンダーフォーラム〉の進行を再開した──〈唯都シティアリス〉に住まいながら、彼の地での生活に不満を懐き、その転覆をこそ目論む者達の、退屈に耽る〈オリヴィア・ヘイリング〉を惹き付けて止まない者達の、即ちはそう、〈反逆者ハッカァ〉達の日々の集いは、こうして密かに深まって行くのだ──


(大変ご迷惑をお掛け致します──)


【チャプター・024/049 〈虫〉を潰すには最適な日】


──その頃/一方〈太母グランマアリス〉は、〈ホール〉探索に勤しむ傍ら、〈混入戦争〉の真っ最中にあった──これは何処の所属とも知れない(概ね予想は付いているけれど)実在する人型戦闘飛翔機械〈ベテル・ギウス〉(と、“向こう”でも言うとは限らないが)の領空不法侵入を防ぐべく、少なくない計算能力リソースを駆使して行われる遊戯ゲェムである──が、特に “享楽”と言う訳でも無い/寧ろ全くその逆の、〈唯都シティ〉防衛に関わる重要な案件として、疎かには出来ないものでもあった。


 侵入用算譜機械コンピュータを山程積んだ〈甲虫〉の騎士が、羽音煩くもかっ飛んで来る──背部と腰部、それと脚部に増設された推進装置ブースタが、猛烈な業火を吹き出し、その推進を後押しする──出来れば穏便に済ませたい/そして出来るだけ損害を出さないのが、この遊戯ゲェムのコツであり、実質的目的でもある訳だけれど、残念な事に、『穏便』の方はしくじった直後だった。度重なる警告は無視された上、射出された弾体は全て避け切られ、迎撃に向かった羽撃き機械オーニソプタァも藻屑と化して──この時点で『損害』の方も失敗したと言わざるを得ず、〈アリス〉は幻視的溜息をふぅと漏らすと(つまりは只の気の所為である、“彼女”は生命体では無い)、可能な限りに出したくは無かった奥の手を打つ事にした──〈唯都シティ〉外壁と内壁の間に位置している兵装地帯より、此方からも〈ベテル・ギウス〉を派遣したのだ。


 赤銅色の敵側に対し、青銅色をした其の機体の名は〈ハイフライヤー〉──中には当然、人間が、/〈操縦者パイロット〉が、/元〈行使者プレイヤ〉が搭乗している。


 〈アリス〉で産まれ/〈アリス〉が産み、〈アリス〉で育って/〈アリス〉が育てた、大切な市民を矢面に立たせる等、“彼女”の存在意義に関わる事──秘匿して置かねばならない事だが、現状を鑑みれば、致し方も無い。

 一度宙空へと放たれた子機は、〈マザァ〉から離れ離れとなってしまい、予め命じられた/或いは、小さな機構に相応しい能力を以てしか、行動する事は出来やしない。それを回避する為の手段には、概ね何らかの消費を要する──十八番なる未来予測を深めるにしろ、機構を巨大化させるにしろ、有用な人材を登用するにしろ──そして限られた視野の中では、三つ目が最も均衡バランスを、費用に対する効果の均衡バランスを保っている。人を算譜機械コンピュータの代理とする、その一点にさえ眼を瞑れば、あたら高価で希少な機体を、無碍にする様な事も無い──何せ此れは敵側の方でも、同じ結論に辿り着いているのだ──考える事柄は、大体似通るものらしい。


 しかも“彼女”には不思議な事だが、市民自身、それを望んでいる節が在った。

 負ければ死/死ねば終わりである筈なのだが、〈操縦者パイロット〉達に悲愴さは無く、銘々晴れがましい様子で出撃して行く──市民が遊戯ゲェムに耽るのも、徴用を目指してと言う理由らしい。それが真実かも分からないのに──その辺りの機微に関しては、娘たる〈三姉妹〉へと一任している為、〈アリス〉には良く良く理解出来ない所だけれど、何にせよ、まぁ、成果が出るのは喜ばしい事である。

 “享楽”──行為が好意の元ならば、尚更愉快な事であり──


 ──出撃、飛翔、その後に加速した〈ハイフライヤー〉は、〈敵ベテル・ギウス〉──(名付けられた仮の呼称は〈レッドゴブリン〉だ)──へと一気に肉薄すると、獲物たる“片手剣”を盛大に振るい、盛大に空振りして見せた──機銃でも持てば良いものを、何らかの拘りがあるらしい。燃料の切れた推進装置ブースタを廃棄しながら、旋条銃ライフルを向けて来る〈レッドゴブリン〉に対し、〈ハイフライヤー〉は接近を繰り返す──通常飛行へと移った上での、後退しながらの弾体射出を、剣と機体裁きとで見事に回避して見せながら、突撃、突撃、また突撃して──逃げても振り払えない事を悟ったのだろう、赤銅の騎士は銃を背部の収納架ラックに仕舞うと、別の獲物/(片手剣同様、全長に対しては“手持ち”と言える)手斧を取り出し、白兵戦へと打って出た──一合、二合、三合と、刃ぶつけ合う二基の姿は無防備極まりなく、諸共であれば撃ち落とす事も容易だったが、〈アリス〉は只々勝負を見守り──分厚く重厚なる一撃が、青銅の騎士の頭部へと叩き込まれ、そのまま胸部操縦席コックピットへと至った瞬間、正にその可能性を現実のものとした。

 計算され尽くした只一発の弾体で以って、“彼女”は蹴りを付けたのである。


 ドッカーン、と──


 中空に花開く爆炎と粉塵──連想され得る『〈甲虫〉の絞り汁ビートルジュース』──海上目掛けて堕ちて行く、赤と青との断片は、交わり合って縦糸となり、どれが〈ハイフライヤー〉のもので、どれが〈レッドゴブリン〉のものなのか、俄に判断する事は出来ない──が、まぁ、別に問題も無い。〈蟹〉に良く似た回収機械に、資源としてお持ち帰りさせる事には違い無いのだから。その部品からの走査スキャンは恐らく不可能(な位にはバラバラ)だが、元より何も出て来はすまい。〈アリス〉が送り付ける側だとしても、証拠が残る様なヘマはしない──仮に在るなら、それは、他の〈唯都シティ〉を貶める為の罠と見るべきだろう。何にせよ、無意味な事だ。


 しかし、ともあれ、今回の〈混入戦争〉は無事終了し、〈太母グランマアリス〉は幻視的安堵の溜息を漏らした──出費はそれなりに痛かったけれど、我慢出来ない事も無い。哀しくも失ってしまった〈操縦者パイロット〉の代わりも、直ぐに〈三姉妹〉が見繕うだろう。次の候補者は既に居る──と、言うより、居なかった試しが今だかつて無く、その詳細も知らぬ侭に、〈行使者プレイヤ〉は徴用を待ち望む。画面モニタの中の虚構では無く、現実の戦場にて戦える事を──度し難い、だが、有り難い事だ。

 そして〈レッドゴブリン〉の送り主──十中八九〈太母グランマメアリ〉か〈太母グランマソフィア〉だと思われる──には、相応のお返しをしてやらなくては。その派遣には、〈ペニー・ファージング〉が良いだろう。最近すっかり御無沙汰であれば、活躍の機会を願っていると聞く──正に打って付けな人材である。

 それ等瑣末事の半分を熟し、半分を〈三姉妹〉へと委ねると、〈アリス〉は再び〈ホール〉探索へと意識を集中させた──ゴゥン、ゴゥンと歯車が蠢き、万事は概ね順調に進む。予想外の出来事なんて殆ど無く、地には平和が満ち溢れる──そんな地球に想いを馳せる、幻視的流し目(全監視鏡レンズに拠る周辺視野集積)で空を見遣れば、雲一つ無い晴天の彼方、巡り行く太陽が輝いている。


 その爛々とした輝きの下に、世界は美しい黄昏セピア色に染まっており──


【チャプター・025/049 恋慕アモーレ


 ──もう一方、同じ空を抱く〈太母グランマガブリエル〉は、想定していない事態に若干の幻視的困惑を感じていた──〈アリス〉へと差し向けた〈ベテル・ジュウズ〉を〈撃墜ロスト〉された事に関してでは無い(それは最初から予測済みである)、それが誰の手管に拠るものか、どうやら勘違いされてしまった事である。


 海と浜とを隔てた〈唯都シティガブリエル〉の領空外ギリギリを飛んで行く、左右非対称の〈甲虫〉が姿を鏡面眼帯ミラーシェイド越しに眺めながら、“彼女”は、その意味を推察する──気付いてる上で無視したのか、或いは本当に気付いていないのか。

 前者であれば問題無い、また別の手段を行うだけだ。下らない探索行クエストに現を抜かす、夢見がちな同胞の眼を覚まさせ、バベルの巨砲を共に築かせる為であれば、〈ガブリエル〉は、どの様な方法でも模索する──けれど後者であったなら、それは〈太母〉式算譜機械グランドマザァコンピュータとしての能力喪失を、改修が必要である事を顕している。それもまた〈ホール〉の所為かも知れないが、油断は禁物と言うものだ。


 ゴゥン、ゴゥン、ゴゥン、ゴゥンと──聖なる潤滑油に清められた歯車を廻して、〈太母グランマガブリエル〉は思案し続ける──〈アリス〉が旧式に堕ちるならば、周囲の〈太母グランマ〉も黙ってはいまい。『その時』が来たとして、果たしてどの様な態度を取るべきか──〈姉妹〉としての支援を向けるか或いは遂に見限るか──別に“彼女”の事等どうでも良いけれど、それでも一応お隣ならば──


 抜ける様な黄昏セピア色の空の下で、その演算は密やかに実行され続けている──

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