第二十四話 帰還
そして、季節は流れる。
一五六七年十一月。
俺たちがこの時代に来て、四ヶ月が経つ。
「遅いぞ、早く来い!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
平穏な朝とは、何かと騒がしいものだ。
俺は荷物を持って草履を履き、駆け出す。
あれからというもの、付近で大事が起きることもなく、俺達は平穏な暮らしを送っている。
「随分と寒くなったものだ。」
山道を歩く遠藤の息は白い煙となり、宙を舞い消える。
三人の足跡が、湿った地に浅く刻まれる。
(あの日も今日の様に、息も凍る様な寒い日だったな。)
秋晴れの下で、俺は懐古の念にかられていた。
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「神社?あの神社のことか?」
二日前、赤坂に買い物を頼まれた俺は、越間の店であることを聞いた。
それは俺達とタイムスリップした、あの神社についてのことである。
「実は最近気づいたことなのだが......見てくれた方が早い。これを見てくれ。」
そう言って奥の棚から取り出したのは、手描きの地図。
「ここが美濃、ここが尾張。そして、神社はここにある。どうだ?何か気付かないか?」
俺は目を見開く。
神社が、美濃の端に位置していたのである。
「こんなところに位置してたのか。」
「あぁ、幸い前の戦によって美濃が織田の領地になったことで、あの神社の所在は織田の領地となった。行こうと思えば行ける場所にある。上手くいけば他の奴にも逢えるかもしれないが……どうする?行ってみないか?」
(どちらかといえば、尾張に属しているものだと思っていたが……)
それよりも、この時代の生活に慣れて神社の存在すらも忘れかけていたことは、心の内にしまっておいた。
「もちろん。行こう。」
返答に迷いは無かった。行けるものなら行きたい。この問いに関すれば、全会一致の筈だ。
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その道のりは、思ったよりも幾分遠いものだった。歩き続けて三時間、遂に俺達はたどり着く。
そこには、あの時と変わらずに残っているお社が、騒然と建っていた。
新木が風に揺れ、木の葉が舞っている。
「変わらないな。あの時と。」
三人は鳥居をくぐり、辺りを見回す。
誰もいないことが分かると、少し残念だったものだが。
俺達はそのままお社の縁側に座る。丁度陽が当たる時間帯だからか、温かくて心地よかった。
「......今頃、俺達の居た時代はどうなってるんだろう。」
突然発された遠藤の呟き。
「他の生徒や、他の先生、親、みんな俺達を探してくれてるのかなぁ。」
其れを聞いた越間は天を見上げる。
「此処に来たのが、あるべくしてあった出来事なら、いいんだがな。」
この時代に来て何度も考えたこと。どうして他の者ではなく俺達が、この時代に飛ばされてしまったのか。何か理由があるなら、教えてほしいものだ。
「......そうだな。此処に来た理由なんて、きっと誰にも分からない。でも、一つだけ言えることがあるぞ。」
「何だ?」
そう言って立ち上がった越間は、その場で手を大きく広げる。
「それはな、この神社こそが、《現代への唯一の架け橋》だってことだ。だから俺達は守る義務がある。元の時代に返る為に。この神社こそが、俺達が帰る為の術(すべ)には違いないんだ。」
「......あぁ、そうだ。その通りだ。」
俺と遠藤も立ち上がり、お社を見上げる。
冷たい風が、三人の羽織を靡(なび)かせる。
俺達は決意していた。
何があっても、このお社だけは、守り抜かなくてはならないと。
此処を守り続ける、それこそが俺たちの戦なのだと。
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他に大したものは見つからなかったことを確認した俺達は荷物を持ち始めるが、ふと思い立ったかのように、俺はその手を放す。
「なぁ、一つだけやっておきたいことがあるんだ。一寸(ちょっと)だけ来てくれないか?」
俺達が向かったのはお社の端。そこにある土を盛っただけの墓。俺はそれに手を合わせ、遠藤と越間も続いて手を合わせる。
「……こんなこと言ったら物騒かもしれないけど、もし誰かが死んだら、必ずここに埋めようと思う。」
墓を見ながら放った俺の呟き。
もし帰れる日が来た時、此処に全員が集まれるようにという、切実な願いによるものだった。
「なら、これから戦がある度に、此処に集まるようにしないか?」
「良いじゃないか。それなら皆の安否確認もできるな。なぁ清重。」
二人とも、俺の意見を快く受け入れてくれた。その上で、更なる提案まで挙げてくれたのだ。
(本当に良い友人を持ったものだ。)と、俺は少しだけ嬉しくなった。
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「じゃあそろそろ帰るか。」
「なら俺、ちょっと荷物取ってくる。」
越間は走ってお社の方へ向かう。俺と遠藤は揃って、その背中を見ていた。
「どうせなら、昭二さんも連れてくれば良かったな。」
「まぁあの人も色々忙しいだろうし、また今度の機会に......」
お互いの顔を見てくすりと笑い合った、その時である。
「おいっ!二人とも!来てくれ!!」
遠くで越間の声がした。突然のことに何事だと思いながらその方へ向かうと、お社の横で越間が立ちすくんでいた。
「どうした?こしま……?」
越間の顔は険しかった。彼が目を向けたのは、巨大な一本の木。
「これ、確か和尚さんがこの神社で一番大きな神木って言ってたような……これがどうしたんだ?」
その時、俺は気付いた。この神木の、おかしな部分に。
「なんだ……これ?」
神木に文字が書かれている。刃物で削ったような文字。
「俺達の……名前?」
太い幹に一周に回って、名前が書かれている。
「全員……此処に来た人の名前だ。」
越間も、遠藤も、そして俺の名前も。
「なんだよ……気持ちわり……」
その時、遠藤は何かを思い出したかのように、声を上げた。
「俺、都市伝説で聞いたことがあるんだ。神社の新木に誰かの名前を書くと、書かれた人がこの世から消えるっていう話だ。」
「都市伝説……」
誰かがこの木に書いたことで、俺達が現代から消えてしまったってことか?
「なんだそれ?馬鹿馬鹿しい、たかが都市伝説だろ?誰かが全員の名前を忘れないように書いておいただけじゃないのか?」
「さぁ……どうなんだろうな。」
俺の言葉にも、なお険しい顔を続ける越間。
何か心に引っかかる。その瞬間、背後に何かの気配を感じた。
「……っ!?」
俺はばっと振り返った。しかしそこには誰もいない。
「どうした?清重?」
「いや……何も。」俺は笑みを浮かべる。
(気のせいか……?)
何か《恐ろしいもの》が、俺の後ろで笑っていたような気がした。
しかし、俺にはその正体は分からなかった。
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俺達が信長の妹、お市が近江の戦国大名、浅井長政の許に嫁ぐことを知るのは、それから一か月後のことである。
そんなお市の結婚を聞きつけた勝家が、彼女の許へとやって来る。
「いやぁ……寂しくなりまするなぁ……」
「柴田様、どうか兄上を、宜しくお願いしますね。」
「はっ……はい!お任せくだされ!」
そう言った勝家は頬を赤らめ、目を逸らしたのだった。
「婚礼の儀は来年の一月に執り行う。」
静かに頷くお市の姿を見て、信長は目を細めた。
「市、其方には心苦しい思いをさせてしまうな。」
お市は微笑みを浮かべる。
「いえ。これも、女子の立派な勤めにございますから。」
信長は感謝をする様に、一度礼をした。
「其方は強かな女子だ。長政殿に宜しく伝えておいてくれ。」
「はい」
「遂に京への路が開かれましたな。」
秀吉の口調は、随分と嬉しそうだった。それもそうである。念願の場所であることには変わりないのだ。
三鷹は秀吉の顔を見て、ふと笑みを浮かべた。
「秀吉。もうかしこまるな。其方は儂と同じ役職ではないか。」
「いやはや、そうはいっても慣れぬもので、このままで行かせてくだせえ。」
そういう真面目なところも秀吉らしいと、三鷹は苦笑した。
「それにしても、寂しそうであったな。」
「?」
「殿じゃ。」
あの時の信長の顔を、三鷹は見逃さなかった。
本当は、悲しいのかもしれない。
これこそが、この時代の逃れられぬ業だとでもいうのだろうか。
「......殿の御前では流石に申せませぬが、若し拙者が殿ならば、寂しいとは思わぬでしょうな。」
「……それは何故だ」
秀吉は誇らしげな顔でこう言った。
「同盟関係であるならば、会えるからにございます。今は離れておる、拙者とねねの様に。」
その夜、信長は天守から見下ろす。
「眠れないのですか?」
帰蝶の声に、信長は息を吐く。
「悲しんでおられるのですか?」
「何故悲しむ。京への道が開けるのならば、安いものだ。」
「寂しいのでしょう?」
「……何を言うか。」
「私には分かります。どれほどの間、殿の御傍にいるとお思いですか?」
信長は振り返る。彼女は優しい笑みを浮かべていた。
(今は、かようなことを考えるべき時では無いのだろうな。)
妹の結婚を喜べる。それは、浅井家と敵対することが無ければの話だ。
今は皆、京への道が開けたことへの喜びで見落としているのだろうが。
いつか浅井家と敵対してしまった時、お市には苦しい決断をさせてしまうことになろうな。
そのことを、儂は伝えておくべきだろうか。
(眠れぬ。)
信長は一人空を見上げる。満天の星を眺める信長の後姿を、帰蝶は見ていた。
続
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