第十一話 第二の未来人
「さてと、君たちは高校生かな?」
森可成。〈攻めの三佐〉という異名で呼ばれる、武勇誇り高き槍使いとして知られる男が今、俺達の目の前で制帽を被って立っている。
「何だ?思ったより反応薄いんだな。折角おんなじ境遇の奴に会えたってのに。」
この男は、俺達と同じ未来人だと悟る。自分達以外にも戦国時代にタイムスリップしている人がいたとは思ってもみなかった。
「ちょ、ちょっと待ってください......」
俺の頭は混乱していた。どうして実在する筈の人物がタイムスリップした現代人なのか。本物の森可成は何処へ行ってしまったのか。それとも本物はもともとおらず、この人が作り出した架空の人物なのか。
「ははは、まあ折角だし語り合おうや。俺のことも一つずつ説明してやるから。」
そう言って男は座る。俺達は困惑しながらも、一旦彼のことを信じることにした。いや、信じざるを得なかったというのが正しかったのかもしれない。
「さて、まずは自己紹介からだな。清重くん、遠藤くんといったか。私の本当の名は〈三鷹昭二(みたかしょうじ)〉だ。前の時代では自衛官として勤務していた。君たちはこの時代に来てまだ日が浅いようだが、親元を離れさぞ寂しかったことだろう。」
そう言って彼は湯呑みを取り出し、茶を淹れ始める。俺達は湯呑みを受け取り、ゆっくりと飲む。三鷹は自分の湯呑にお湯を入れながら、口を開く。
「......清重くん、丁度良いから最初に言っておく。この時代の者に、自分達が未来から来たと言うことはできない。」
三鷹は俺の目を見る。
「言おうとすれば息が出来なくなり、その後頭痛とすさまじい吐き気に襲われる。言ってしまえば、これは救済措置だ。もしこの時代の者に知られれば、知られた人間は二度と元の時代には戻れなくなる。つまりは清重くん、君は禁忌を犯した訳だ。その鉄槌が下(くだ)ったのだと思って貰えばいい。
あぁもちろん、未来人同士ではこの通り、話しても何にもならない。」
〈鉄槌〉、〈禁忌〉という単語は、どうにも聞き心地が悪い。
しかし、その〈鉄槌〉を下しているのは一体何者なのだろうか。あの声の主であることは間違いないだろう。
あれは一体誰なのか。あの声の持ち主に、俺は一切聞き覚えがない。
俺は顎に手を置く。
考えても仕方ない。ただ、言えることとすれば、《この時代にいる未来人を探すことがかなり難しくなる》ということくらいだろうか。
例えば、三鷹さんも俺たちも知らない、タイムスリップした第三者が、俺達の前に現れたとする。しかし、お互い迂闊に話しかけることは出来ない。その人がタイムスリップして来たのかが分からない限り、未来人だと話すことは出来ないからだ。無論、賭ける手もあるが、あんな思いはもう散々である。
「......三鷹さん」
「あぁすまん、できれば昭二と呼んでほしい。そっちの方が言われ慣れているもんでな。」
「あぁ、はい、昭二さんは......いつこの時代に来たんですか?」
三鷹はその質問に天を仰ぐ。
唸る様な声を上げ、思い出そうとしている。
「そうだなぁ、入隊して六年目の時だから、ざっと二十年前かな。」
「にじゅ......っ!!??」
俺と遠藤は思わず手で口を塞ぐ。
「何だ?驚いたか?......あぁそうか。言われてみれば、君たちはまだ生まれてないって事になるのか。全く、まだまだ若いねぇ。」
「昭二さん......御家族、って......」
「いたよ。奥さんと一歳の子供がな。」三鷹は自分の茶をごくりと飲む。
信じられなかった。奥さんと子供がいるのにこの時代に放り投げられて、二十年も帰ることが出来ずに、会うこともできずにこの時代で必死に生きてきたのだと、そう思うだけで涙が出てきそうだった。
「寂しい、ですよね......」
言ってはいけない言葉だったかもしれない。しかし三鷹は遠藤の言葉を聞くや否や、笑った。
「あっちはきっと俺の事なんて忘れてるよ。たとえ他の人と結婚しているとしても、幸せに暮らしてくれていたら、俺はそれでいいんだ。しかしそうだなぁ、よく考えれば息子ももう二十一か。大人になった息子の顔くらいは見てみたかったなぁ。」
〈見てみたかった。〉二人は何処かもどかしさを感じた。本当にそれでいいんだろうか。もう元の時代に戻る気はないのだろうか。俺は訊ねるが、三鷹は再び笑った。
「今さら戻れたところで、俺の居場所はきっとない。さっき君たちが見せた携帯電話を見て、驚いたよ。世界は止まることなく廻り続けていて、時代は驚くほどに変わっていってる。未来の日本にはあんなものがあるんだな。俺は折り畳みの携帯電話しか知らなかったから。」
俺達は言葉を失う。しんみりした空気を察知して、三鷹は話題を変えようと、遠藤に携帯電話を見せてほしいと頼む。
「うわぁ凄いなぁ......画面触ったら動くじゃないか!これどうやってロック解除するんだ?」
三鷹は手探りながらも遠藤に一つ一つ教わっている。子供のようなキラキラした目で、本当に楽しそうに見えた。その様子を傍から見ていた俺は、拳をぎゅっと握りしめる。
どうしてあんなに強くいられるんだろう。自分だったらきっと辛いと、寂しいと言っていたに違いない。自分の弱さを改めて痛感させられた。この時代で生きていくなら、きっと強くならなければいけない。
「昭二さん、もう一つだけ聞いてもいいですか」
俺は細々とした声で訊ねる。
「どうして、《森可成》として生きているんですか......?」
初めに気になったことを忘れかけていた。実在する武将として生きる理由。それを聞いた時、三鷹の表情が変わった。
「そうだな、それを話さなければならなかったな。」
三鷹は真剣な表情で俺達を見る。そして、一からゆっくりと、話し始めた。
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あれは、入隊六年目の春。二十四歳の頃のことだ。俺は自衛官主催のとあるパーティーに呼ばれ、バスに乗り全員で移動していた。その時に一緒のバスに座っていた曹長が突然笑い出し、目の前でナイフを取り出して首を搔き斬った。
いザ......アノ......すばラしキ世......へ......
窓に血が飛び散る。車内は全員パニックになる。その惨劇を、俺はまだ鮮明に覚えているよ。しかもその瞬間、車外が霧に包まれ、気が付けばバスごとこの時代にやって来ていたんだ。
〈何が起きてるんだ!?〉
〈隊長!無線も繋がりませんっ!〉
ビルも道路もなく、辺りは草原が広がり、武将の様に鎧をつけた男たちの死体ばかりが転がっている。バスの乗客は全員パニックになった。その後二日間森の中を歩いていたが、何も見つかることはなかった。
〈昭二さん、俺たち、とんでもないことに巻き込まれちゃったんですかね......〉
三日目の朝、自衛隊とは言えども流石に全員が疲労困憊の中、火を起こして近くの川でとってきた魚を焼いていた時、草むらから音がしたんだ。何かと思い一人の男が覗きに行く。すると生々しい音と声が聞こえ、見るとそこには数人の山賊が刀を持っており、覗きに行った男は既に、血だらけの姿で倒れていた。
多くの人が死んだよ。そこで襲われた多くの仲間が、刺され、斬られ、血を流し、悲鳴を上げ死んでいった。俺はどうにか奴らを振り切って、河原の傍の草むらに身を隠した。
怖かった、本当に怖かったよ。身体の震えが止まらなかった。すると後ろから草を踏む音がした。驚いて後ろを向くと、そこには一人の男が立っていた。俺は驚いて腰が抜けた。その時は状況に合わずよく晴れていてな、日の光の逆光で顔はよく見えなかった。
その男は刀を持ち、近づいてくる。このままだと殺される、俺はその時気づいた。制服の内ポケットの中に九ミリ拳銃を持っていた。俺はそれを取り出して銃口をその男に向けた。人間に銃を向けたことが無かったから、手の震えが止まらなかった。男はそれにもかかわらず刀を振り上げる。
俺は思わず撃ったよ。そしたら、男は「うぇ」と声を出して腹から血を噴き出した。俺は死にたくなかった。一度撃つと、もう止められなかった。俺は叫びながら、何発も撃った。何度も引き金を引いた。目をつぶっていたから、男がどうなっていたのかはわからない。しかし、撃つ度に顔や手に生ぬるい感触を感じたのは確かだった。
気づけば、カラ撃ちになっていたのにも関わらず十回も引き金を引いていたよ。ゆっくりと目を開けると、草むらだったはずの場所が真っ赤に染まり、血だまりができていた。男は真っ赤に染まり、体中穴だらけになり、ピクリと動くこともなかった。
おれは殺した。初めて人を殺した。俺は拳銃を地面に落とした。もう、力が入らなかった。
これは正当防衛だ。だから俺は悪くない。
悪くない。
悪くない
ワルクナイ
ワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイ
何も考えられなかった。ゆっくりと下を見ると、深緑色の制服が赤く染まっている。俺はゆっくりと立ち上がって、その男の傍へ歩み寄る。その時に知ったよ。
その男は、俺と同じ顔をしていたんだ。
男の着物には、家紋が描かれていた。その家紋には見覚えがあった。
それは、オダノブナガの家紋
〈森殿!!何処にございますか!?〉
俺は遠くから近づいてくるその声を聞き、逃げようとした。しかし、そこで気づく。
森殿というのは、この男のことだろうか。
俺は直ぐ様その男から着物を剥ぎ、制服を脱ぎ、血だらけの着物を着る。生ぬるく、べとりとした感触が、肌にまとわりつく。
気持ちが悪い。身体中に寒気が走る。しかし、そんな事を考えている暇はない。
ここでうまくいけば、飯にもありつけるかもしれないのだ。
そして俺は、一か八かと、
草むらから出る。
〈もっ!もりさま!?
どうなさったのですか!?〉
目の前で月代姿の男は驚いている。俺はそこで、無理やり笑顔を浮かべた。そしてこう言ったんだ。
「ちと手こずってしまってな。」と。
続
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