第十話 謁見いたす

 翌朝、俺達は城に向かうため、赤坂の屋敷を出発する準備をする。城は山を越えた場所にあるのだという。

 

 「うむ、準備は出来ておるな。では此れを」


 そう言って秀吉は俺達の腰に脇差を差す。すると身体がずしりと重くなる。俺は其の刀を見た。この重さはきっと物理的なものだけではない。これが人の命を奪う道具なのだと思うにつれて、どこか身が引き締まる思いがした。


 赤坂は屋敷に残り、二人を見送ろうと玄関へ向かう。草履を履く二人に向かって、声をかけた。


 「くれぐれも道中、気をつけるのだぞ」


 俺は赤坂の言葉を胸にしまい、屋敷を出る。織田信長という男を知らない彼にとって、その言葉は少しばかり気が引けるものだった。


 秀吉は馬に乗り、二人は歩く。競馬などでよく見る馬とは違い、この時代の馬は小さく比較的遅い。実際に秀吉の乗る馬は俺の背ほどしかなかった。


 「あの、秀吉さん、信長様って......」

 「前にも言ったであろう。殿の御前で少しでも無礼な働きをすれば、その場で斬り殺される。新参者ならば尚更じゃ」

 脅してるじゃないかと心の中で言いながらも、俺はぐっとこらえる。


 「しかし勘違いするな。前にも言ったことだ。うつけものと称された殿に多くの民が慕っておるのは、我等には見えぬ、遠き世を見つめる目に惹かれたからじゃ。拙者もその一人なのだがな......

 拙者には、其れが頼もしく、恐ろしくもあるのだ」

 「恐ろしい......?」


 俺は訊ねるが、秀吉はうっすらと苦笑いを浮かべたきり、何も言うことはなかった。



 

 「わあぁ」

 山を出ると、景色は一変した。そこは賑やかな城下町。よく見ると、所々に外国の人が店の前に屯っているのが分かる。信長が早い時期からキリスト教の普及を認めていた為だと直ぐに理解できた。


 「……珍しいか?殿は南蛮からの珍しい品や豊富な知識に見せられ、それらを是非とも我が国に取り入れたいと仰ったのだ。それ故、この地に居るのは日ノ本の者のみではない」

 秀吉は俺達の様子を見てそう付け加える。




 「此処じゃ。」

 秀吉に連れてこられたのは、大きな城。通称〈小牧山城〉。現代で見る城とはまた違った貫禄があった。城門には門番らしき男が二人立っていたが、秀吉の姿を見るや否や、門を開ける。その際に、二人は刀を門番に預けた。


 城の中に入った俺達三人が最初に訪れたのは倉庫のような部屋。そこには、刀や槍といった武具がずらりと並べられていた。それを見た俺と遠藤は言葉を失う。この武具たちは、これまでどれだけの人を斬ってきたのだろうか。所々血の様な跡が飛んでいたり、錆びてしまっているものもある。


 「其方ら、此れに着替えよ。」

 そう言われて秀吉が二人に手渡したのは、人前で出る時の正装である袴。着付けを終えた俺達は、その歩きにくさに少し戸惑ってしまう。俺達はそのまま面会する部屋に案内される。


 「昨日拙者が殿に面会を申し込んだ故、殿は既に其方らが此処に来ることを知っておられる。短い間だが、会ってくださるそうだ。拙者は少しばかり用がある故、其方らのみで入るのじゃ。なに、直に戻ってくる。くれぐれも失礼のなき様にな」


 秀吉にそう言われた俺達は部屋の障子を開ける。そこには三人の男が部屋の隅に座っている。俺が秀吉にこそりと訊ねると、彼らは織田家の重鎮だと答えてくれた。一人は身体が大きな男、森可成。一人は強面の柴田勝家。そしてもう一人は、織田家の重臣、丹羽長秀。達志たちが部屋に入った時、全員の目が達志たちの方を向く。その目は鋭く、いくら秀吉が連れてきた人だとしても、恐らく油断はしていない。怪しい動きをすれば、いつでも斬る覚悟でいるようだった。達志たちは一瞬怯むが、目を逸らして部屋の中心に座る。


 親の影響でよく時代劇を見ていた為、振る舞い方は何となく分かる。座るときはまず左足から膝を折る。ここでは胡座をかき、背筋を伸ばして膝の上に握りこぶしを置く。史実と違わない限り、これで良いはずだ。


 静寂が続く。俺はちらりと遠藤の方を見る。彼も緊張しているのか、身体が縮こまっている。これから会う男は、本当に史実に伝わる残忍な男なのか。もしそうだとしたら、俺達はどうすればよいのだろうか。



 その時、障子ががらりと開いた音がした。「頭を下げよ。」と勝家に言われ、俺達は礼をする。



 畳を擦る音がする。その音は横からゆっくりと二人の前に移動し、止む。


 「面を上げよ。」


 低い声。二人はゆっくりと顔を上げ、目の前の男を見た。



 きらびやかな着物を着て座っている。髪を後ろで結び、眉は太く、髭を生やしている。俺はその目を見たその瞬間に、背筋が凍る心地がした。この男こそ、かの戦国大名〈織田信長〉であると瞬時に理解出来た。


 (この人が、織田信長......)

 信長の目は鋭く鈍く光っている。見るものすべてを標的として狙っているような、そんな恐ろしい目をしている。


 「ぬしが清重達志、遠藤公康なる者か。」

 「......はい。」

 信長はふんと息をつき、脇息に肘を置き、頬杖をつく。


 「其方等に少し、訊ねたい事がある。」

 信長の目はしっかりと俺達の姿を捉えていた。


 「率直に申そう。主ら、織田領の人間では無いのだろう?一体何者じゃ?」


 そう言った信長は丹羽からあるものを受け取る。それは、制服の上着だった。俺はそれを見て気づく。それは自分の上着だった。


 「達志、儂がそちに会いたいと申したのは、この奇妙な形の着物にそちの名が書かれておるからじゃ。この様な布は儂とて見たことがない。生地もよほどの上等品じゃ。儂は新しい物好きでな、儂の知らぬものを持っておる主に興味を持ったのだ。しかし、これは主らにとって誰でも持っておる物の様じゃな。」


 その時、なぜ信長が自分の制服を持っているのかが瞬時に理解できた。恐らく暑さで神社に脱ぎ捨ててあった俺の上着を秀吉が拾い、信長に渡したのだろう。その際に制服に書かれた名前を見ていなかった為に、秀吉は信長に呼ばれた理由を知らなかったのだ。


 「どこで手に入れた?南蛮か?」俺と遠藤はどう答えれば良いのかが分からなかった。戸惑っている俺達を見て、信長は目を細める。


 「......言えぬならば、ぬしらが何処の者かを教えよ。そのように発展を遂げておる国があるとは儂も驚きじゃ。是非とも訪ねてみたいと思うてな。」


 恐らくこの時代にそんな場所は存在しない。そもそも嘘を言うことなどできはしないのだ。こうなったら自分は未来から来たのだと、正直に話してしまおうか。しかし、信長達(かれら)は信じてくれるだろうか。下手をすれば殺されるんじゃないだろうか。


 「これ、そちら、口を開かんか。」

 勝家の言葉を耳にし、遠藤は覚悟する。


 「......信長様」


 握りこぶしをぎゅっと握りしめる。信じてもらうには、俺達が自分から見せるしかない。



 遠藤は突然自分の着物の懐を探り、携帯電話を取り出し、信長に向ける。



 「っ!?」

 突然の行動に、その場にいる全員が驚く。


 「なっ!?貴様っ!何をする気だっ!?」

 嫌な予感を察知した勝家は立ち上がり、遠藤を止めようと襲い掛かった。


 パシャッ


 その瞬間フラッシュが焚き、家臣の者は目を細める。遠藤は勝家と共にその場に倒れるが、遠藤は直ぐに立ち上がり、携帯の画面を信長に見せる。それを見た信長や家臣は目を見開く。信長の姿が、目の前の〈箱〉に写っているのだ。


 「......何じゃ、これは?」


 信長は新しい物好きだと言った。携帯電話など当然見たことはないはずだ。なら当然興味を持ち、話を聞いてくれるに違いない。


 「無礼な振舞い、申し訳ありません。でも俺はこれを信長様に見せたかったんです。これは携帯電話といいます。遠くにいる誰かと話したり、景色や人の姿をこの中に収めることが出来る、俺達の国の道具です。」


 遠藤は携帯電話を信長に渡す。信長は興味深そうにそれを様々な角度から見て、遠藤に語り掛ける。


 「此れが、主らの国にあるというのか?」

 予想通り食いついた。これならきっと信じてくれる。遠藤は横目で俺を見る。俺はその時になってやっと遠藤の真意に気づいた。



 「信長様」


 俺の弱弱しそうな声に、信長は反応する。

 「俺が何を言ったとしても......信じてくれますか?」

 信長は表情を変えなかったが、脇息から肘を話し、話を聞く体制に入っている。


 鼓動が更に早くなる。唾をごくりと飲む。俺は震える身体をどうにか抑えようと小さく深呼吸をし、口を開いた。


 

 「実は、おれたち......みら......いか......」



 その瞬間





 声が、出ない。

 いや、息が、できない。





 「ぁ......ぁが......っ!!」


 俺は喉を抑える。

 息が苦しい。まるで見えない誰かに強く首を締め付けられているかのように。

 俺はそのまま畳の上に倒れ、もがく。



 遠藤は急変した俺の様子に驚く。周りにいる家臣達は彼の異変に騒ついた。



 見えない手の力は徐々に強くなってくる。そして急に襲いくる突然の頭痛。


 あまりの激痛に彼は叫ぶ。すると頭の中にノイズが走り、声が流れる。




 〈喋るな、喋ってはならぬ。〉


 〈二度と、帰れなくなるぞ。〉




 あの時の声。夢の中で、頭に響いていたあの声。


 「う......ぷ......っ」


 息が出来ない、頭痛に加えて、凄まじい吐き気に襲われる。俺は耐えられずに口を手で押さえ、ふらつく足で立ち上がり、縁側に四つん這いになる。

 居ても立ってもいられなかった遠藤は俺の元へ駆け寄ってくれたが、俺は遂に我慢できずに吐いてしまった。


 「んなっ!?貴様!!他人(ひと)の城に汚物を吐くとは何事じゃ!!!」

 そう言って勝家は立ち上がるが、信長は「止めよ」と勝家を止めた。


 俺は息切れを起こす。吐いた瞬間、頭痛も息苦しさも嘘のように消えてしまった。気づくと、信長が俺の後ろに立っていた。俺は背筋が凍り、その場で固まってしまう。



 「......汚らわしいものは隠せ。」


 俺ははっとして、急いで砂をかける。信長は息を吐き、かけ終えた俺の肩を掴み顎を持ち、ぐっと持ち上げる。


 「......何故儂の城で吐いた?」


 その目は先ほどの何倍も鋭く、妖しく光っている。もう声は出るはずなのに、俺は何も喋れなかった。


 信長はため息をついて立ち上がり、刀を鞘ごと腰から取り出す。

 「殿っ!この者らは客人ですぞ!其れはいくらなんでも......!」

 丹羽がそう言うが、信長は構わず鞘から刃を出す。



 「言え。なぜ吐いた?それが儂のためになるのか?」

 遠藤は歯を食いしばる。秀吉がこの場にいない以上、助けを呼ぶことは出来ない。


 「喋らねばここで殺す。」

 信長は刀を突きつける。俺達の身体は震え、喋ろうとしても声が出ない。




 「......儂をここまで怒らせた輩は久方振りじゃ。」




 怒りが頂点に達した信長の声は恐ろしく、悍(おぞ)ましいものであった。信長はゆっくりと刀を構える。その言葉を聞いて、俺達は頭が真っ白になる。


 〈死〉という一文字が、頭の中を回り始めた、その時



 「お待ちくだされ」



 信長の手が止まった。ゆっくりと振り向くところに、森可成が座っている。


 「......何だ、可成」


 信長は可成を睨んでいた。それにも動じることなく、可成はお辞儀をする。


 「この者らはどうやら、記憶を失っているようにございます。過去に何か嫌なことがあり、その衝撃で何もかも忘れてしまう。無理に思い出させようとなされば、混乱し吐き気などを催すこともある、どこぞの医学書に書いてあったことにございます。」

 「何?」と信長は眉間に皺(しわ)を寄せる。


 「さすれば殿、この者らを一旦預からせてはくれませぬか?そのような病には処置法があります。誠に効くと保証は出来ませぬが、上手くいけば思い出すかもしれませぬ」


 可成は笑みを浮かべる。信長は黙り込むが、直ぐに刀をしまう。


 「......良いだろう。そこまで言うならば預けてやる。だだ儂に楯突けばどうなるか、この者らにしっかりと教え込んでおけ。」

 「はっ」


 そう言い残して、信長は部屋を出ていった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 こうして俺達は助けられた。織田家家臣、森可成という男に。


 「あ、あの、森......さま?」

 可成は何も言わずに廊下を歩く。俺達は黙り込んだまま可成の後をついてゆく。そして考える。どうして見たことも会ったこともないはずの男が、見知らぬ自分達を助けてくれたのか。下手をすれば殺されていたかもしれないのに。


 随分と歩いたところにある部屋に入り障子を閉めた瞬間に、可成はふうと息を吐いた。


 「......まさか君たちもか。」

 「へ?」


 独り言が聞こえた気がした。可成は押し入れの向こうからあるものを取り出し、頭にかぶる。振り返った可成を見た俺達は、言葉を失った。




 「さてと、君たちは高校生かな?」




 《自衛官》の制帽を被って立つ可成は、俺達を見て、にやりと笑った。



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