第八話 遭遇

 あつい


 

 意識が戻った時、そこは、真昼のような明るさだった。


 辺りは炎に包まれ、火に囲まれた巨大な屋敷で、大勢の男達が武器を持ち、怒号をあげ戦っている。その中で、清重達志(おれ)は屋敷の縁側を、足を引きずりながら歩いていた。

 俺はふと立ち止まって自分の手を見る。いつの間にか右手には刀。頭には烏帽子を被り、周りの男達のように甲冑を纏っていた。

 (なんだ、これ)

 ここはどこだ?自分は何をしているんだ?目の前に広がるのは、訳の分からない状況。


 〈止まるな、進め〉


 突然後頭部にノイズが走り、声が響く。誰だ?聞いたことのない男の声。すると足が勝手に前へ踏み出そうとする。


 身体中が重い。痛い。右足の自由が利かない。それでも俺は歩き続ける。


 自分の意思ではない。制御ができない。まるで、〈誰かに操られいる〉かのように。



 おれをうごかしているのは、だれだ?

 


 突き当たりへたどり着いた俺は、背筋がぞくりと凍る心地がした。何かがいる。気配を感じた俺は振り返ると、武士が俺に向けて刀を振りかぶっていた。


 (な......っ!)

 いつの間にか背後に付かれていた。周りの怒号で足音がかき消されていた為、気づくことができなかった。


 「覚悟っっ!!」

 武士は思い切り刀を振り下ろす。

 「清重殿!!」


 突如として俺の前に男が現れ、斬られる。首元を斬られた男は真っ赤な血を撒き散らし、膝から崩れ落ちる。俺はその場に尻餅をついた。武士は再び血で濡れた刀を持ち上げた。


 「雑魚が、次は逃さぬ......!」

 男の目は完全に俺の目を捉えている。逃げようにも身体に力が入らない。死ぬ。俺はぐっと目を瞑った。


 グシュ


 生々しい音に反応するように、俺はゆっくりと目を開ける。そして、おぞましい光景を目の当たりにしてしまう。


 後ろから槍で武士の腹が刺されていた。刺さった刃先が俺の方を向いている。それは美しいほどに紅く光っていた。武士の口と鼻からは血が垂れ始め、瞳孔が開く。武士は力が抜けたように右手から刀を離し、血に濡れた地面に刀が落ちる。武士は立ったまま動かなくなった。



 「行け。進むのだ」


 武士を刺した男はそう言う。俺にはその男の顔が見えなかったが、笑みを浮かべているのは分かった。男はそのまま槍を引き抜く。武士がその場に倒れる様を見て、背を向ける。歩き始めた彼は、そのまま闇へと消えてしまった。


 あの男は、自分を庇って斬られた。彼はもう動かない。二人の死体がそこにあるだけ。


 俺は立ち上がり、再び歩き始める。

 俺は何の為に歩いているのか。どこに向かっているのか。分からない。誰も教えてはくれない。


 曲がり角を曲がった時、俺は目の前の部屋から叫び声を聞く。驚いて立ち止まると、何か丸いものが障子を突き破り、部屋の外へ転がってくる。それは屋敷の柱に当たり、俺の足元で止まる。

 


 それは、兜を被った男の首だった。



 「っ!!」

 声が出なかった。いや、出なかったのではない。喉を締め付けられているような感覚に襲われ、出そうとしても出せなかったのだ。


 〈その部屋に入れ。そこにお前の探していた答えがある〉


 再び聞こえる男の声。俺は何かを探している。しかし、それが何なのかは分からない。声が示唆するのは首が転がってきた部屋。入りたくない。しかし、入らなければならない気がしてならなかった。俺は障子に手をかけ、ゆっくりと開ける。中に入った途端に、周りの声や音が小さくなってゆく。


 (血生臭い......)

 俺は目を細める。そこは光ひとつない、暗闇の広がる部屋。目が慣れるに連れて、中の状況を徐々に把握し始める。畳の上に倒れる無数の死体。その真ん中に、一人の男が立っていた。その男は俺の存在に気付いたかのように、俺の方を向いた。


 「待ちくたびれたぞ」


 恐ろしいほどの低い声。頭の中に聞こえていた声と全く同じだと思った。俺が部屋の中へ足を踏み入れると、障子に火が燃え移る。俺は振り返るが、もう遅かった。入口は既に炎によって塞がれてしまった。途端に部屋の中が明るくなる。その時、俺は見た。男の顔を。



 髭を生やし、黒い甲冑に赤いマントを羽織っている、血まみれの男。その男は、俺の顔を見るなり、不敵な笑みを浮かべた。






 その男は、俺と同じ顔をしていた。


 







 「あああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」




 俺は飛び起きる。息が苦しく、汗ばんでいる。喉がカラカラになり、動機が収まらない。

 自分と同じ顔の男。それが夢だと理解した時、俺は安堵した。しかし、よく似ていると思った。あの〈現象〉に。


 俺はゆっくりと辺りを確認する。岩に囲まれた、どうやら薄暗い洞窟のような場所にいるようだった。

 「痛......っ!」

 俺は立ち上がろうとするも、足に激痛が走り、その場に膝をついてしまう。右足を見ると、赤いタオルが巻かれていた。それを見て俺は思い出す。俺があの時、秀吉と名乗る男に殺されかけたことを。だとしたら、何故自分はこんなところで寝ている?俺は下を向いて考えるが、どうしても分からなかった。

 「きよしげ?」


 声のする方を見ると、外で水を汲んで帰ってきた遠藤が立っていた。


 「えんどう......」俺は笑顔を浮かべ、痛みに堪えながら再び立ち上がろうとする。

 「む、無理するな!じっとしてろ!」


 俺は必死な彼の言葉を素直に聞き、その場に座る。遠藤は一日中眠っていた俺が目を覚ましたことにほっとしている様だった。俺は遠藤から渡された水を飲む。とても冷たく、カラカラだった喉が徐々に潤ってゆく。


 落ち着いたところで俺は、ここがどこなのか、どうしてここにいるのかを訊ねる。遠藤によると、ここは神社から山をひとつ越えた場所にある洞窟らしい。遠藤はそれに加え、俺が気を失ってからこれまでに起こったことをすべて話してくれた。


 「ってことは、みんな離れ離れになっちまったってことか?」

 遠藤は頷く。どうやらここにいるのは俺と遠藤の二人だけのようだ。俺は暫く黙り込むが、あることを思い出すや否や、遠藤の肩を掴む。


 「唯は!?唯は生きてるんだよな!?」

 遠藤は目を逸らした。そんなこと分かるはずがない。俺は取り乱していたことに気付き、掴んでいた手を放す。

 「ごめん」

 


 「心配だよな。済まない。

  生きていてほしい、としか言えない。」

 遠藤はそう言って、俺に微笑みかける。


 あの状況で離れ離れになることを提案した山本の判断は正しかったと思う。そうでなければ、きっと山本も唯もあの時点で確実に死んでいた。全員が生きていることを願って、遠藤はごくりと水を飲む。そして彼は、過去のある出来事を思い返していた。

 




 一年の修学旅行の日、清重は唯が好きなことを、親友だからという理由で俺だけに教えてくれた。俺のことを親友だと思ってくれて嬉しかったのは事実だ。でもその反面、何処かもやもやする感情が、心の中を支配していたのもまた、事実。



 そうだ、俺だって好きなんだよ。


 俺だって死ぬほど心配だ。

 でも、言えるわけがないだろ。

 お前の前で。


 遠藤は笑顔を浮かべながら、自分の思うように振舞える清重を羨ましく思った。






 「それで、これからどうする?」

 俺は遠藤に声をかける。この洞窟を抜けても当てが無い。それに俺の足はまだ回復していない為、歩き回ることもできない。元の世へ戻る当てが見つからない以上、暫くここにいる方が良いだろうか。ここなら森や川が近いためキノコが生え、魚も泳いでいる。何日かは食べていくことは可能だ。

 

 「暫くはここにいる方が」

 と俺が口を開いた


 その時だった。



 「ヒヒ......良き召し物をしておる......」


 俺達はばっと入り口を見る。そこには一人の男が立っていた。

 (山賊っ!?)遠藤は後ずさりをする。ここに来るまでに、森の中を徘徊している人々を何度も見た。彼らと同じ様な格好をしている。恐らく、山賊の一人だ。

 山賊は懐から小太刀を取り出す。どうすればいい?遠藤は考える。清重が動けない以上、自分がやるしかない。


 「遠藤!」俺は思わず叫ぶが、彼には聞こえていない。むしろうすら笑みを浮かべている程だ。

 山賊も同じように笑みを浮かべ、遠藤の方に小太刀を向けて走る。


 

 俺はぐっと目を閉じた。




 その時、

 俺が目を開けた時には、相手はバランスを崩し、地に倒れかけていた。

 側に立っていた遠藤が、その男を上から見下ろしている。



 何が起きた?





 それは一瞬の出来事であった。



 遠藤は相手が自分を地に倒してくるだろうと予想していた。だから山賊が三歩先まで近づいた時に、遠藤は素早く横に移動しかつ足を引っかけたのである。


 いつかの物理の授業で習ったことがある。動く物体には、必ず《慣性の法則》というものが働く。それに人間の構造上、急に全身運動を止めることは出来ない。どう力を加えても、少なからずコンマ何秒は、その動きを継続する。


 ならば、全速力で走る人間が、三歩で止まれるはずがない。それに、突然の行動に動揺した状態で、足元を確認して避けることはまず不可能だろう。




 「ぐぁっ!!」

 男はその場に倒れ、小太刀が音を立てて地面へと落ちる。

 俺は呆然としてしまった。



 遠藤は素早く相手の小太刀を拾う。

 「ひっ!や、やめてくれぇ!!」

 山賊は腰を抜かしてしまったようで、立ち上がることが出来ない。



 「えんどう......?」


 遠藤の様子が、おかしい。

 俺はその光景に言葉を失う。遠藤は山賊の首に、小太刀を当てていた。


 おい 

 なにをしてる



 遠藤はゆっくりと息を吐く。小太刀を持つ手は微かに震えている。彼は覚悟していた。


 (清重。

  お前は俺達を助けてくれた。だったら、

  ここでその借りを返させてくれ。)



 遠藤はそのまま首を引き斬る。途端に大量の血が噴き出し、肌に生温かい感触がした。

 山賊の目は、既に光を失っていた。




 しんだ




 「おい......」


 俺は頭が真っ白になった。遠藤はゆっくりと立ち上がり、俺の方を向く。血まみれの姿で、彼は目に涙を浮かべていた。




 なあ、清重。

 お前が自由に振舞うなら、俺が自由に振舞ったっていいだろ?



 「おれ、ひと......ころしちまった」










 近くを流れている小さな川で血を洗い流した後、遠藤は俺を背負い、洞窟を出る。直に山賊の仲間がこの男を探して迎えに来るに違いない。そうならばここにいるのは危険だ。二人は長い間沈黙を続けていたが、遠藤は呟くように言った。


 「俺が、怖くないのか......?人殺しの俺が......」


 遠藤の声は震えていた。きっと後になって、自分のしたことの重大さに気づいてしまったのだろう。俺は遠藤の心情を悟り、彼の肩を握る。


 「たとえ人を殺したのが事実だとしても、それは俺を助けるためにしてくれた行動なんだろ?」


 遠藤は頷く。

 助けたかった。借りを返したかった。

 ただ、それだけ。


 「俺、秀吉(あいつ)に襲われなきゃ気づけなかった。きっと、ここは誰かを殺さないと生きていけない、そんな世界なんだな。」

 俺は微笑む。


 「遠藤、助けてくれてありがとう。」



 遠藤はそれを聞いて、目を細めた。


 (そうだよ、お前の言う様に、此処は誰かを殺さなきゃ生きていけない時代なのかもしれない。でも、お前は誰も殺さなかったじゃないか。)


 おれはきっと

 清重(このおとこ)には勝てない




 頬を緩ませたとき、遠藤は足を滑らせる。

 「へ?」

 そこは崖になっていた。草むらのせいで、足元が見えなかった。


 「うぁぁああぁぁぁぁぁ!!!」


 俺達は為すすべなく、転げ落ちていった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 男は川へたどり着くと、馬を下り、桶を使って水をすくい上げる。その桶に蓋をして馬に乗せる。暑い。そう思った男は手で水をすくって飲んだ。冷たい。男は生き返ったような心地がした。その時、山から叫び声が聞こえ、川が大きく水しぶきを上げた。


 「いってて......だ、大丈夫か?清重......」

 「あ、ああ」


 崖が低く、かつ下が川で助かった。二人とも怪我は少ない。ただ俺に関しては水で傷口がしみて、かなり痛かった。しかしそれを顔には出さなかった。


 「びしょびしょだ......」

 遠藤はゆっくり立ち上がると、男が驚いた顔をしてこちらを見ていることに気付いた。言うまでもなく、武士の風貌である。


 まずい


 遠藤は逃げようと俺に声をかけようとする。

 「そ、其方ら、無事か?」

 男は遠藤に声をかける。遠藤はぴくりと反応して、男を見る。

 「何があった、って、珍しい召し物だな......どこの出だ?」


 遠藤が誰かと話している。俺は再び立ち上がろうとするが、やはり鋭い痛みのせいで立ち上がれない。


 「あんたには関係ない......」

 「あははは、なかなか不愛想な奴じゃなぁ」

 男は頭をかく。そして立ち上がった。


 「うむ、取り敢えず、暑いといえどもそんなに濡れていては風邪を引いてしまうぞ。ひとまず儂の屋敷に案内しよう。召し物を用意してやる」


 そう言って男は馬に乗る。遠藤は男を不審がるが、俺を背負い、川を上がった。そこで遠藤(かれ)は気づく。腰に刀を差していない。

 (この男、武士ではないのか?)


 「あの、あなたは......?」

 恐る恐る訊ねた俺を見て、男は笑った。


 「あぁ、すまない。まだ名乗っていなかったな。儂は織田家家臣、赤坂仁之臣重国と申す」



 続く

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