第六話 一騎打ち

 「見たことのない召し物だな。其方ら、此処の人間では無いな。何者だ?」


 男はゆっくりと立ち上がる。

 声が出なかった。お社から見ればここは死角である。このままでは助けを呼ぶことは出来ない。



 にげなきゃ

 にげなきゃ、しぬ

 


 「皆逃げろ!!」


 その瞬間、遠藤は地面に落ちてある石を拾い、男に投げつける。石は彼の頭に直撃し、男は頭を抑える。突然のことに達志は一瞬戸惑ったが、遠藤が達志の腕を掴み、叫んだ。


 「何ぼぉっとしてんだ!行くぞ!」

 「遠藤......っ!」


 清重達は遠藤に引っ張られるようにお社の方へ走り出す。男は目をゆっくり開き、彼らの背中を確認する。一部が右目に当たり視界がぼやけているが、恐らく一時的なもの。


 「......まぁ、良いだろう」

 笑みを浮かべる男の頭からは、どくどくと赤い血が流れていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 お社に戻った達志達は、息を切らしながら眠っている生徒達を叩き起こす。恐らく男(かれ)は直ぐにでもここにやって来る。それまでに、何処かに逃げてしまった方が良い。


 「先生!鹿島先生‼︎起きてください‼︎」

 「んん、ぁ?清重?何でお前ここに......?」

 「早く起きてください!でないと......!」


 長い夢を見ていた気がする。眠りから覚めたばかりで意識が朦朧としている鹿島は、徐々に自分の周りの状況を理解し始める。昨日何があったのか。すべてを思い出したその時、彼は目を見開く。


 「そうだ!元にっ、元に戻ってないのか!?」

 達志は首を横に振り、鹿島の腕をつかむ。

 「説明は後です!とにかく来てください!!」

 達志は腕を引っ張り、お社の裏側へと向かう。達志と鹿島が向かう先には、既に多くの生徒が集まっていた。


 「これで全員か。」

 遠藤が人数を確認する。生徒たちは何があって逃げることになったのかを伝えられていないため、戸惑っているようだ。


 「みんな聞いてくれ。今吉先生が殺された。」

 「!?」

 遠藤の言葉に全員がざわつく。そう言われて、ようやく今吉がこの場にいないと気付く者もいた。


 「殺したのは日本刀を持った武士のような出で立ちの男。恐らく、もうじきこのお社にやって来る。だからその前にこの神社から逃げる。分かったか?」

 「やっぱり言っただろ、俺の話は本当だったんだよ。」

 落ち着いている山本はそう言って遠藤を見る。


 「なぁ遠藤、仮に逃げたところで、俺達はどこに向かえばいい?」


 どこに向かう?そんなこと、何も考えていない。誰にも助けを呼べない状況で、全員が住めるほどの大きな空き家を借り、全員が飯を食べられる場所など、山を下りた山本にも分かるはずがなかった。それでも、今はあの男が来る前に逃げるしかない。

 「今は山を下りる!話はそれからだ!」



 「校長先生、私が背負いましょう。」

 鹿島の言葉に校長は有難うと頷き、鹿島はそのまま校長をおぶる。

 「行きますよ!田渕先生......先生?」


 田渕は正気を吸い取られたように立っていた。まだ寝ぼけているのだろうか、起きてからずっとあのような様子だ。


 「せんせいっ!行きますよ!!」

 「......あ、あぁ。」


 この時、田渕は何を考えていたのか。

 それは彼にしか、分からない事。



 こうして、皆が山を下り始める。

 その中で、鹿島はある《違和感》を感じていた。


 何かが、ない。



 「すまない!先に行っててくれ!!」


 鹿島はそう言って、校長を背負ったまま引き返し始める。

 「鹿島先生!?」

 遠藤は思わず叫ぶ。

 彼は直ぐ様、生徒たちの方に向かってこう言った。


 「お前たちは先に行っててくれ!

  山本、先導を頼んだ!」


 遠藤は山道を引き返し始める。達志は鹿島達のことが心配になり、遠藤が見えなくなったところで、引き返すことに決めた。


 「直ぐ戻って来い」

 山本の言葉に達志は頷き、走り始める。



 息が上がる。胸が苦しい。足が重い。しかし、達志は歯を食いしばって走り続ける。



 何でこんな目に合わなければいけないのか

 俺達が何か、悪いことでもしたのか

 頭を巡らすが、何も思い当たらない

 しかし、これはきっと、


 俺たちに対する罰なんだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「はぁ、はぁ、」

 鹿島は一度も止まることなく登ってきた。元自衛官の彼にとって、人程重い物を抱えながら山道を走ることなど、何度も経験済みである。

 「お、驚きました、速いですね鹿島先生......それにしても、どうして戻ってきたんです?」


 鹿島はお社の裏に向かう。そこは和尚さんが埋められている場所。やはり、違和感の正体はここだ。鹿島は校長を落ろし、地を掘り始める。

 「なっ!?何してるんですか!?」

 鹿島は暫く無心で掘り続け、手を止めた。


 「なん、で......?」




 後れて、遠藤がお社の裏へたどり着く。地面に屈み込む鹿島の背中を見て、其処が死んだ和尚さんが埋められている場所だと勘づく。

 「鹿島先生......?」

 遠藤が恐る恐る話しかけると、鹿島は地面を見ながら、言った。



 「消えた」



 遠藤ははっとして彼の前に出来た穴を見る。そこには何かがいた形跡も何もない。

 「ここに和尚さんを埋めたんですか......?」


 鹿島は頷く。


 そこにいたはずの人間が、跡形もなく消えてしまう。そんなことはあり得ない。人間が一日で跡形もなく腐敗してしまうわけがない。仮に腐敗したとしても、骨や服くらいは残っている筈だ。


 だとしたら和尚さんは生きていた?いや、それはない。昨日鹿島は脈を確認し、ぴくりとも動かなくなってしまっていたことを確認済みだ。無論誰かが掘った形跡もない。




 「訳わかんねぇよ、もう、」

 鹿島は拳で地を叩き、叫ぶ。


 「何なんだっ!

 俺たちが一体何したってんだよ!!」


 遠藤は何も言うことは出来なかった。




 ようやく、達志がその場にやって来る。後ろから達志を追いかけてやって来た生徒たちもいた。状況が分からない達志は、何があったのか遠藤に尋ねる。しかし遠藤は答えなかった。鹿島は一度息を吐いて立ち上がる。そして、笑顔で言った


 「......すまなかったな。もう下りよう。」

 






 「見つけたぞ」



 皆の心臓が大きく鼓動を打ち始める。ゆっくりと振り返ると、そこには

 「あ、あぁ......」


 先程の男が立っていた。




 「貴様、よくもやってくれたな。」男は遠藤を見て、不敵な笑みを浮かべている。まるでこの状況を楽しんでいるかのように。


 「う、うぁぁぁあぁぁ!!!」

 生徒の中の一人が、よろけながら立ち上がり、山の中へと逃げる。その様を見た男は、フンと鼻を鳴らす。



 「......まあ、一人くらい見逃してやる」


 男は達志たちに刀を向ける。その刃は鋭く鈍く光っている。達志は恐怖で力が入らず、その場にへたり込む。達体中から出てくる汗が止まらない。達志はぐっと歯を食いしばる。


 「拙者はな、残党も含め、戦後には皆殺してこいと殿に申し付けられておるのだ。」

 「俺たちを......殺すのか......?」

 「そういうことじゃ。分かるだろう、ここで死んでもらうだけでよい。あの男のようにな。」

 そう言うと、男は品定めをするかのように達志たちを眺める。


 「......よし、其方からだ」


 男はそう言って、清重の隣の生徒を選ぶ。

 「っ!」

 彼は逃げようと後ずさりをするが、男は彼の制服をがっと掴み、思い切り地面に押さえつける。

 「がぁっ!!」

 その生徒はうつ伏せのまま涙ぐむ。地面に叩きつけられた際に生じたあまりの痛みに、立つこともできない。男は彼の前にしゃがみ、短刀を取り出す。


 「御免」

 「い......っ!いやだぁあっ!

  やだぁぁぁあ助けてぇぇぇええ!!!!」


 生徒は暴れながら泣き叫ぶ。達志はその場から動けなかった。あまりの恐怖に、目の前の出来事を、ただ見ていることしかできなかった。




 いつもそうだ。俺は何もできない。いつも人に頼ってばかりで、自分では何もしない。卑怯な奴だな。


 お前に奴のようなカリスマ性はない


 〈達志、お前はとんだ弱虫だ〉

 違う


 〈傍観者め〉

 違う 違う


 〈お前はただの臆病者だ〉

 違う違う違う違う




 達志は瞼を強く閉じる。


 そうなのかもしれない。

 でも、そんな自分はもう、嫌だ。





 「待て......!!」



 男は声のした方を向く。

 「ほう」

 生徒たちが達志の行動に驚く中、達志は必死の形相で、頭を下げる。


 「やめてくれ、もう誰も殺さないでくれ、頼む、この通りだ......」


 必死だった。

 男は達志の言葉を聞き、再び笑みを浮かべる。



 「其方、この者を助けたいか?」

 そう言って男は腰に掛けてある二本の刀を抜き、一本を達志の前へ放り投げる。ガシャッという音に反応するように、達志の頭が上がる。



 「ならば機会をやろう。拙者と討ち合え。もし其方が勝てば見逃してやる。しかし、其方が負ければ、其方等を殺す」



 「はぁっ!!??」

 その場にいる全員が、目を見開く。達志は言われた意味を理解するまでに時間がかかった。


 「......死ぬのが怖いか?」


 男の言葉が遠くで聞こえたような気がする。達志は地面に投げられた刀に目をやる。本物の刀。相手をいとも簡単に殺してしまえる道具。


 達志の目の前が徐々に回り始める。

 身体がぶるりと震える。



 「清重っ!!やめろ!!」

 遠藤の叫びは、彼には伝わらなかった。達志は刀を手に取り、ゆっくりと立ち上がる。刀のずしりとした重さが、達志の身体に染みてゆく。


 「お前を殺せば、

  みんなを助けてくれるんだな……」


 「うむ......」


 男は一方の刀に手をかけ、立ち上がる。押さえつけられていた生徒は、逃げるように遠藤達の元へ向かう。


 「やめろ清重!!

  やめてくれ!!刀を置け!!」


 田渕は叫ぶ。達志は皆の方を見て、ふと笑顔を浮かべる。しかし、彼の顔が引きつっているのを、見逃すはずがなかった。


 「ちなみに拙者は既に其方らの顔を覚えておる。若しここで逃げる者がおれば、拙者は如何ほどの時がかかろうとも、其方らを追い、殺す。其方らの友の死に絶える姿、せいぜいその目に焼き付けるがよいわ」


 そう言うと男は何かを思いついたように天を見上げる。


 「......そういえば名乗っておらなかったな。まあ此れから殺す者に名乗るなど意味の無きことだが、殺される者の名くらいは覚えて死んでもらわねばな」男は笑う。



 「拙者は織田家家臣、木下藤吉郎秀吉と申す」



 達志は固まる。〈木下藤吉郎秀吉〉。彼の名前に反応する。


 かの天下人として名高い、豊臣秀吉。彼の旧姓旧名である。


 (この男が、豊臣秀吉......?)

 百姓身分だった秀吉は、主君織田信長の下で権威を高め大出世。信長の死後、織田家の権力を奪い、天下人となったと言われる。そんな男が今、目の前に立っている。


 やはりそうだ。あの推測は正しかった。



 俺たちは、戦国時代にタイムスリップしてしまった。そして、男が言う御館様というのは、《織田信長》のことを指している。




 この世には、警察もいない。殺しても然程罪には問われない、簡単に人が死ぬ世界。


 もし相手(このおとこ)を殺せるとしても、俺は殺すべきなのだろうか。

 この男が本当に秀吉なら、一つの傷で歴史が大きく変わってしまうんじゃないだろうか。



 「では、始めようぞ」

 秀吉は刀を構える。達志は彼の言葉を聞き、構えの姿勢を見せる。


 「清重......っ」

 遠藤は歯を食いしばる。こうなってしまえば、もう祈るしかない。




 死ぬな、清重







 今、自分は生と死の間に、

 十人の命の上に立っている。


 達志はゆっくり深呼吸をし。これまでの自分の人生を振り返り、悟る。


 家族、学校の友達、先生、近所の人、それら一つ一つが繋がって、俺のいた世界は出来ていて、そんな窮屈でつまらなかった世界に生きることが出来たのは、本当に幸せなことだったのだと。



 彼は歯を食いしばる。

 この時代に来て初めて死を身近に感じ、初めて生きたいと思うようになった。



 俺は生きる。


 達志は男を睨み、柄をぐっと握る。

 いい顔だ。秀吉はそう呟いて地を蹴った。





 「いざ、参るっ!」



 秀吉はその言葉とともに、

 達志に向けて刀を振り下ろした。




 続

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