幼な妻 上村ひつじ

citta×ponta

第一印象は熊だった(1)

 十三歳の冬。わたし、上村ひつじは結婚した。


 そのようにひとに話すと、大抵の人からは「ああ、大変なことがあったんだね」と同情をされてしまう。どうやらわたしは世間的には、〝かわいそうな子〟に分類されるらしい。

 やむにやまれぬ事情があって男の家に嫁いだ少女と、そう思われてしまうらしい。


 わたしは川から上がった子犬のように首を激しく振るった。それはしごく不当な誤解である。

 わたしは夫の田吾郎さまについて、あるいはわたし自身のそれはもう短い人生について、今度は首ではなく弁舌を振るった。

 するとああ、どうしたことか。わたしの世間的な評価はたちまちのうちに変わっていた。


 〝かわいそうな子〟から〝おかしな子〟へと。


 まことに遺憾である。


 さて。

 遺憾はともかくとして、十三歳の冬、わたしの少女時代は終わった。

 わたしの旧姓は八野。もともとは信州の戸隠山で暮らしていたものだ。

 家族みんなを巻き込んで、実家は火事でなくなった。「八野の女になりなさい」とわたしにしつこく言いつけ続けたあの家と母と、たまに帰ってきてわたしの顔を見ては頭を撫でてすぐにどこかへと消えてしまう父はもういない。


 みんな亡くなってしまった。


 一人だけ取り残されたわたしのそれからの一年間は、近所の伝手を頼り、頭を下げて、渋々ながらも拾ってくれた百姓の老夫婦のもとで過ごしていた。

 けれども老夫婦は困窮していたのだ。やがて厄介払いをされるように、わたしの身は、倅の嫁を探して訪れたという上村藤十郎さまに売られ。

 ――そうして半年前、わたしは上村家に嫁いだのである。


「一度でいいから倅に会ってみてほしい」


 藤十郎さまからは、なぜか恐々とした態度でそのように乞われたことを覚えている。

 わたしは首を振った。


「そう言われても、困ります。わたしには住む場所がないのです。ですから、どこへなりと、藤十郎さまについて行きます」


 藤十郎さまは嬉しがるような、悲しがるような、複雑な表情をしていた。そんな顔をされても、口にした言葉はわたしにとっての本心だ。

 すでに売買は行われていて、わたしの一存程度で断るというのもはばかられたし、住む場所がないのだから元より進退も窮まっている。


 わたしは少ない荷物をまとめて、飛騨国の大野藩へと越してきた。

 冬物の一張羅と、母から譲り受けた刀。それから老夫婦との別れ際に、嫁入り道具として渡してくれた小さな手鏡も忘れずに。


 田吾郎さまと会う前には、きちんと身だしなみも整えた。

 かつて母から教わった通りに薄化粧を施した。鏡に映ったわたしの顔は、美しかった母そっくりに育っている。なで肩に柳腰。きめの細かい白い肌。胸は小ぶりかもしれないけれど、これでも成長期だ、近頃はふっくらと育ち始めてきたように思う。……思いたい。


 これで黒髪だったらなあ、と考えないことはない。くせが強くて、もこもことした、明るい栗色の髪の毛が昔からきらいだった。

 母と父は「女の子らしいから気にするな」と何度も言ってくれたけど、わたしはきらいだった。

 しつこいくらいに何度も、何度も櫛をとおした。


 鏡の中にいるわたしは、不貞腐れたような顔でわたしを睨んでいる。切り替えるように息を吐いて、にこりと笑顔をつくってみる。

 ころころと喜怒哀楽を映し出す猫のように大きな瞳、ぷっくりとした小さな唇と、笑った拍子にできるほんのりとしたえくぼには愛嬌がある。と、母と父は言っていた。


 日頃から生活を崩してはいない。だからどうか鏡のわたしよ、二年前に比べてひどく容姿が劣化しているなんてことはないと言っておくれ。


 そんなこんなでわたしは田吾郎さまとの見合いに臨んだ。

 彼の齢は四十八、実家の稽古場にて上村派無念流という剣術流派の師範をしている。気分屋かつ頑固な性格だと、道中に藤十郎さまから聞き及んでいる。

 わたしは身体いっぱいの警戒を隠して、上村の座敷に腰を下ろした。田吾郎さまはすでに座って、わたしのことを待っていた。


 ――第一印象は、熊であった。

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