第5話 面接の時間です

VRネットワークにおける拘束機能とは、他アカウントの移動領域を一定空間に制限するものである。

聞く限り運営側の特権だと思える機能だが、これはルームホストを名乗る個人アカウントなら誰でも行える操作だ。

10年代に普及したアバターを使ったコミュニティサービスでは特定のアカウントを自分の部屋から出禁にする機能があった要領で、自身が権限を持つ空間に誘導さえすれば誰かを一定空間に閉じ込めることは当然できる。

よって一度ルームホストが存在する事務所の中へと入ってしまったアカウントは権限が持続する限り他の空間より外に出ることはできない、再ログインしても同じこと、VRネットワークのシステム上ログアウト地点でスポーンする機能により状況は変わらない。


そして飛鳥もその機能により事務所の外に出ることを制限され、ログアウトもできずに三日三晩個室で惰眠を貪っていた。

だがそんな怠惰な日々も終わりを向かえるように、彼はまた別の個室へと誘導されていたのだ。


「それではアスカさん、面接を始めます」


「……あのー」


「返事は?」


「あ、はい」


双方ともパイプ椅子に腰を下ろし、前方に長机を置き一定の距離を保っていたエリが如何にも面接風なシチュエーションを再現する。

しかしよくよく考えてほしい、面接とは志望者の供給と企業の需要が存在して成り立つもの。そもそも志望者の枠組みにも入っていない飛鳥からすれば何のメリットも無かった。


「それでは、我が社の志望動機を教えてください」


「いやあの、此処には無理矢理連れて来られた気が……」


飛鳥が問い尋ねた矢先、エリは話の流れを逸脱した彼を脅迫するかのようにペンを投げつけ後方の壁へと減り込ませた。

面接など生まれてこの方経験したことがないが、これが世に聞く圧迫面接ではないかとすっかり恐怖を植え付けられてしまう。


「他言はいりません。志望動機を教えてください」


「……ッハイ!!御社の企業理念に感心して、此処で働きたいと思ったからですっ!!」


「何だか取って付けたような志望動機ですね。40点です」


企業面接は碌なものではないと聞いた覚えがあるが、三日三晩身柄を拘束させられた挙句言いたくもない志望動機を強要される、これは本当にブラックでしかない。

そもそも今日日人力での仕事など非効率的でコストパフォーマンスが最悪だというのに、誰が好き好んでほんの少し前までヒキニートだった警察犬以下の労働生産性の持ち主を雇いたがるのか心底理解できない。


「それでは貴方の経歴を教えてください」


「高卒、その後二年間定職にもついておらず、無職でした」


「クズですね、どうしてうちに入ろうと思ったのか理解しかねます」


「何これ、突っ込んだら負けなルール?」


先程から支離滅裂な状況が続いていて一体彼女は何がしたいのかと疑念を浮かべるが、やはり凡人の頭一つでは思考に限界がある。

だが飛鳥にとってはどうこうできる話ではない、淡々と執り行なわれる質問に答え、時間が過ぎるのを待つしか手段を施せない。


「それでは最後に、我が社に関する質問があればどうぞ」


「……なら、根本的な質問を一つ。これは一体何の真似ですか?」


「――そうね、貴方に関する情報を引き出したいって感じかな。ルカと本当に親しい仲なら専属の編集者として雇ってもいいと考えてるし、見限るに値する人材だと思えば運営側に引き渡す。ただそれだけの形式行事よ」


彼女ははっきりと断言してみせた、判断次第では運営側にアカウントを引き渡す旨を。

もしも運営に引き渡されたりすればアカウント停止処分は避けられないだろう、今飛鳥の意識が灯されているアバターのデーターはビットレベルにまで分解され無に帰る。さすればどうなる?現実世界での生身の体がどうなっているか分からない中、自身が使うアカウントがスクラップになることの意味は死を意味するのか。それは飛鳥にも分からない。


「じゃあ、正直に言います。俺は別にルカのことを詳しく知っているつもりはありませんし、ほんの小一時間一緒に遊んだだけで知ったかぶりするつもりもありません」


だが、もしこの面接で見限られようと、その時はその時だった。

ずっと勝負に出るのを恐れていた、社会を恐れていたからこそ、此処で死んでも何の悔いも残らない。

だからこそ飛鳥は再び前を向き、エリの双眸を照らし合わせるように眼差しを向け口を開く。


「だけど、ルカはきっと優しい人だってことは分かります。彼女は追われ身の俺を助けてくれた。それだけあいつには魅力があるし、もっと大きくなれると思ってる。だからもし此処で働くなら、彼女のことをもっと知って、見晴らしの良い景色を一緒に見たいと考えてます」


何から何まで自分の願望で塗りたくられた最悪の志望動機、就職活動未経験者の飛鳥でもそれが面接官のエリが求めている答えではないことぐらい何となく分かっていた。

文字通り口だけなら何とでも言える、理に適わぬ物言いに彼女は反論してくる。はずだっだ


「何だ、よく分かってるじゃない」


「え?」


「貴方はルカのことがよく分かってるって言ったの。それなら相性は問題なさそうね」


やはり人生とは分からないものだ、即興で思い付いた継ぎ接ぎの志望動機が何故か評価されたり、特段優れた経歴も無しに好感を得られるなんてことを経験した飛鳥は物珍しい光景でも見たかのような感情に苛まれた。


「合格よ、早速研修と行きましょう」 

 

「……はい」


エリは操作画面を手元に表示させると、長机と椅子が消滅して空間に映像を出現させた。

二人の間を隔てるように映し出された映像にはありとあらゆる情報、相関図のようなものが表記される。


「貴方をルカ専属の編集として雇うとしても、必要最低限Vtuber界の一般常識は知っといてほしいのが本心だわ。ところで、貴方はバーチャルユーチューバーについてどこまで知ってるの?」


「確か、NegafectのAIシステムが開発された半年後にVtuberの第一号が登場しましたよね」


飛鳥が16歳の時にVtuberが誕生したことになるが、当時はさほど人気ではなかったコンテンツであったのは確かだ。

実際に飛鳥がVtuberの存在を知ったのは一年前、チャンネル登録者数世界一を誇るバーチャルユーチューバーのライブ動画には新鮮さを覚え、その臨場感の再現には未来の在り方すらも示しているような気もした。


「そうそう、それでコンテンツがビッグバンを起こしたのは丁度二年前のことかな。当時は100人もいなかったバーチャルタレントだけど、今は確認できるだけでも3000人を超える。彼等は自身にキャラを付け、○○系などと名乗りアイデンティティを強調しているわ」


するとエリは相関図のスクリーンを拡大し、レーザーポインターを用いて説明を始める。


「現在のVtuber界に君臨しているのは五年前から活動している『IA』。そして彼女ほどではないけど、この界隈で巨大勢力を築き上げつつあるタレントが四名、彼女は俗に四天王なんて呼ばれ方をしているわね」


Vtuberの人気を数値化する手段としては基本的にチャンネル登録者を参照にするが、『IA』と四天王はその人数も桁違いとなる。

そして四天王に追随するバーチャルユーチューバーも混在して、今やVtuber界は戦国時代へと突入していると言っても過言ではない。


「質問なんですが、ルカはどこに位置しているんですか?」


「相関図で言えばここね、活動開始半年にしてチャンネル登録者数15万人。今では次世代の七人という名の俗称を与えられているわ」


「15万人!?あいつ、そんなに凄い奴だったのか……」


女性キャラの方が需要があるのも要因だろうが、ルカの場合はキャラが生きているのだろう。あの愛らしい風貌でシューティングゲームが得意というギャップは多くの固定ファンを根付かせていると推測できた。


「ついでにVtuber界にはイクシードっていう完全AIのバーチャルタレントもいて、彼等は中身が実在する私達とは違う。有名な例はIAね。あと四天王もNegafectが生み出した自我の一種。流石にこのシステムは個人では扱えないから、Vtuber業界では一割の割合で存在するってところかしら」


「一割ってことは、全体で300人ってところか」


「でも彼等は必然的に多大なる人気を獲得している。当然よね、AIに表現機能を持たせれば後は事故学習でどんどん面白い動画を作っちゃうんだから」


Negafectの開発当初は機械に感情を与えること事態を善しとしない世論も出回っていたが、誰もが恐れていたAIプログラムの暴走は起こらなかった。

いや、それはNegafectのシステム上起こり得ない事柄であったのだ。

例えば、旧来のAIは『世界から戦争が無くなるにはどうすればいいと思う?』という質問には『人間が滅ぶべき』と解答している。

これがAIに感情を与える技術そのものを危険視する偏見が世に出回ったが、そもそもNegafectはAIに感情を与えることに焦点を置いたシステムではない。


NegafectはAIをより人間の思考に合わせるプログラムであり、何かの解答を導く際には結果より過程を重視する仕組みなのである。


「旧来のAIは結論を優先していた。だからこそ究極的な結論しか導かなくて、世間一般にはAIは危険な存在だという偏見が広がったの。だけどそれは全くの間違いだった。ただ感情を解明してプログラム化するのではなく、人間の思考を再現して副次的に感情を生み出す。こうすれば人の幼児教育と同等の善意を知り、AIに道徳心が身に付けるってわけ」


「エリさんって物知りなんですね。俺高等教育しか通ってないから、知らない知識ばっかりです」


「ま、まあ、私もこの仕事には誇りを持っているからね。専門知識は一通り教養として学習済みよ」


次々に飛び出す専門用語に感心していた飛鳥は賞賛すると、エリは若干ニヤケ顔を晒し如何にも褒められて嬉しい様子を垣間見させた。気難しい性格にも思えたが、どうやら感情表現には寛容なようだ。


「ところで、どうしてエリさんはマネージャーなんて仕事をしてるんですか?失礼な言い方になるかもしれないですが、今現在の技術では個人のスケジュール管理ぐらいならプログラムでどうにかなるし、わざわざ人間がしなくてもよくないですか?」


「そうね、それは私からは答えは言えないわ。これから編集として働くにつれて身に付ける経験故の知識だと思うし、重要なのは模範解答じゃないから」


重要なのは模範解答ではない、つまりそれはNegafectのプログラム同様結論よりも過程を重視しろという人間的思考の尊重である。

エリに教授された飛鳥はその意見を取り入れ、最も重要なことを模索する大切さを学びゆこうと決心した。


「そして貴方にはルカの編集作業をしてもらうことになるだろうけど、動画のネタなんかは編集とタレントが話し合って案を出すのがセオリーだわ。よって貴方の仕事はただ動画の編集をこなすだけじゃなくて、周りのサポートにも回ってもらうつもりよ」


「なるほど、周りのサポートか……」


のうのうと作業をこなすだけの裏方だと思ってみれば、担当するタレント周りの事柄を一通り手を付ける周到さが求められる内容に飛鳥は自身に対して懸念を抱く。

それもそうだ、今まで碌に労働なんて経験したことがなかったから色々と心配な節がある。


「そんなに深く考えなくてもいいわよ。大方の補助はマネージャーである私がするし、貴方はルカが困っていたら相談に乗ってあげるぐらいでいい。まあタレントと仲良くなるのも仕事ってこと」


そう捉えれば不思議と気が楽になり、心無しかルカとも親しい関係を築き金を貰えるのなら定職に就いても割に合う気がしてきた。


「一応言っとくけど、邪な感情で親密になるのはNGだからね。仲良くなるのは常識の範疇で、うちみたいなタレント業はスクープが最も怖いんだから」


「わ、分かってますって」


完全にふしだらな動機に気分を高揚としていると、その様子を見兼ねたエリは一言添えてくる。

一瞬思考を読む不正プログラムでも仕込まれているのではないかと疑念を浮かべるが、生憎他者の感情媒体に干渉できるシステムなどありえなく、すぐさまその持論は排斥された。


「いい?仕事ってのは責任が伴うの、成り行きでは済ませれないし、辛いことだってある。だけど、貴方はそれでも乗り越えないといけないのよ?」


「っ……」


威圧感という名の鋭利な刃物によって首元を突き付けられたかのような張り詰めた空気が体を多い、半端な感情は捨てろと言わんばかりの声質に飛鳥は若干怯んでしまう。

今まで今まで責任逃れしてきた人生の中で、責任を伴う定職に就くのは彼の中では最もありえない選択であった。

だからこそ、いざその問い掛けを投げ掛けられると、一瞬返答が滞ってしまう。


「――はっきりと言います。俺は今の今まで責任逃れをして生きてきたクズです。俺なんかより優秀な人材は五万といるだろうし、Vtuberに関する専門知識も乏しい。だけど、ルカはそんな俺を必要としてくれた。誰かが自分を必要としてくれるなんて初めてのことだから、全く正反対の生き方をしてでも俺は此処で働きたいと思います」


「よく言った!これからもよろしくね、アスカ!」


飛鳥の的を射た返答にエリが勢いよく呼応して、二人の間には明確な契約関係が生まれた。


こうして、飛鳥の第二の人生は始まった。

前代未聞の電脳世界への転移、嘗ての現実世界での生活は捨て、この世界で生きていく道を選択したのであった。




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