第4話 編集担当になりました
バーチャルユーチューバー、通称Vtuberは2030年に開発導入された感情搭載型AIプログラム『Negafect』の誕生と共に普及した新時代のメディアコンテンツである。
現在では30年代を代表するメディアコンテンツにまで成長しており、全国で七つの事務所が彼等を集約化した。
世間のタレントへのイメージが芸能人からバーチャルタレントへと移行した昨今、Vtuberを名乗るというのは特別な意味を持つ。
そして彼女もまた、Vtuberという名の時代の歯車の一つであったのだ____
「観念しなさい、ルカ!来週のイベントには絶対出てもらうからね!」
「分かってるってもう、ちょっと外に出たぐらいで騒ぎ過ぎ」
「貴方は自身の影響力が分かってないわ!現在Vtuberは世界の大衆メディアを担う存在、決められた日付以外は外出を制限している筈よ!」
格式張ったスーツの服装に黒縁の眼鏡、サイドダウンで結んだ髪型が特徴的な女性は目を三角にして規約に反したルカを叱り付ける。
そして現在、謎の女にルカと共に連行された鳥は手首を拘束され、何やら事務所のような場所へと移動して今に至る。
「何度聞いても信じられないわ。いくら運営側に捜索を依頼しても発見されないと思えば、貴方が位置情報を撹乱させる不正プログラムを所持していたなんて……」
「三点だけ質問です。まず一つ目、NPSの探索情報って個人でも閲覧可能なんですか?」
「個人という枠組みでは不可能よ。そもそもこの世界でNPSの探索情報を引き出せるのは全部で七つある事務所のみ。私は事務所の人間だから、運営側に申請さえすれば可能だけど」
今やVRネットワークとVtuberは切っても切り離せない利害関係を築き、運営側としてはバーチャルタレントが生み出した利益の何パーセントを還元する代わりとして個人では不可能な権限を譲渡している。というのが眼前のスーツ姿の女性が投げ掛けた解答である。
バーチャルタレントと事務所が重宝される時代、まさしく現代らしい利害協定の締結には飛鳥も驚きを隠し切れない。
「じゃあ二つ目、貴方は一体誰なんですか?」
「紹介が遅れたわ。私はルカのマネージャーを勤めさせてもらっているバーチャルタレント事務所『ネクステ』の社員、下井エリよ」
「三つ目、何で俺が貴方方に拘束されているんですかね?」
「貴方の不正プログラムを脅威と判断したまでよ。今後ともルカと外界で接触されると面倒だから」
信じられるだろうか、電脳世界に意識物とも強制転移された矢先に不正プログラマーとして運営に追われ、逃走の最中出会った美少女がバーチャルタレントだった挙句、現在ルカのマネージャーと名乗る女に体を拘束され無理矢理事務所へと連行された。
いや、それを見てるってことは、つまりそれが現実だと言える。だからこそ飛鳥はそれを受け入れる義務があった、が
「いやおかしいだろ!!何で俺まで此処に連れて来られなきゃならねえんだよ!!」
「黙りなさい規約違反者、貴方のプログラムのせいで探すの本当に大変だったんだからね!この無限に広がるVRネットワークの中、SNSの目撃情報から探し出すのがどれだけ大変なことか分かってるの!?」
「知らねえよ!俺はルカに追われてるから一緒に行動させてほしいって頼み込まれただけで、誰かまでは告げられなかったからな」
だが位置情報が特定できる立場から警備網を掻い潜れた時点で、自身に位置情報の伝達機能に障害を与えるプログラムが植え付けられていた事実が確認できた。
ようやく不正プログラムの件についての信憑性が伴ってきた飛鳥は、己の身に起こった異変の一部が明らかになろうとしていたのだ。
「それに言葉には気を付けなさい、ルカの気分次第では貴方を運営に引き渡して恩を売っても構わないんだからね」
「っ……」
身柄を拘束されている以上、エリの判断次第ではチーターの存在などどうにでもなる。肝心な事を忘れていた飛鳥は今の今まで立場を言動を荒げ、立場を弁えない態度を自粛し様子を見た。
「やめてエリさん、アスカに罪は無い。彼はルカの願望を叶えようとしてくれたの」
「過程なんてどうでもいい。今身動きを制限してるのは今後脅威になると判断しているからであって、責任がルカにあるか彼にあるかで話を進めてないんだから」
「でも、本当にアスカはただルカに巻き込まれただけだもん!彼は悪くないし、悪い人じゃない。短い間だけしか話してないけど、それだけは分かる!」
正直彼女からそこまで慕われているとは思ってもみなかった飛鳥は動揺を隠し切れず気分を高揚としてしまうが、横合いから殺意でも向けているかのような眼圧を放っていたエリを視界を配った瞬間萎縮する。
「どうだが、ルカは見た目は可愛いから大抵の男は言いなりになると思うけど。それは優しさとは言わない、下心だわ」
「は、はあ!?ちげえし!!下心なんて一切抱いてませんが何か!?」
「何を必死になって――はあーん、もしかしてルカのこと好きになっちゃった感じ?そうなんでしょ?」
「ちょ、やめ、やめろよおお!!」
エリが勝手に口走った憶測に、半泣き状態で必死に否定する飛鳥。
彼は記憶の最奥から掘り返されたのだ、小学生の頃恋心を抱いていた女の子の目の前で、クラスカースト上位に君臨していた同級生の男の子が教室全体に響き渡る声で彼女のことが好きだった事実を公言したトラウマの思い出を。
あの日、クラス全員から送られた冷ややかな目線に羞恥を抱き、反応に困り果てていた好きだった人の嫌悪感を抱かれたような表情に絶望した。もう十年も前のことなのに、今現在全く同じ状況に立たされ成人済みにも関わらず泣き出しそうになっていたのだ。
「やめてエリ、アスカが可哀想だわ!」
「ご、ごめんなさい。私もここまで傷付けるつもりはなかったというか、本当に申し訳ないわ……」
エリは少々悪ふざけが過ぎた事に侘びを入れると、泣き顔を見られまいと俯いていた飛鳥を労わるようにルカが詰め寄った。
「ごめんねアスカ、貴方に助けられていながらこんな酷い仕打ちをしてしまって。安心して、貴方を運営側に引き渡すような真似はしないから」
「……どうして、俺にそんなに優しくするんだよ。俺はただ一緒にいただけだし、何もしてない筈なのに」
「アスカはルカの位置情報を撹乱して自由な時間を作ってくれた。それに、誰かと一緒に遊ぶなんて今までしたことなかったし、楽しかった」
するとルカは手首を拘束していた縄を解き、アスカに行動の自由を与えた。
彼女に与えた恩義など何もない筈なのに、ほんの小一時間一緒に過ごしただけで救いの手を差し伸べてくれた。その善意に飛鳥は胸を救われる。
「今日はありがとう、また機会があれば一緒に遊ぼうね」
「――ああ、天使かな」
人生でこれほどまで聖母に近しい存在がいただろうかと余韻に浸り、自然と心の中が温かくなる感覚が広がる。
今すぐチャンネル名とツイッターを教えてもらい全力でフォローしたいところだが、その思惑は後方に佇む如何にも生真面目によって妨げられる。
「待ちなさい、ルカが何を言おうと彼のアカウントを野放しにする訳にはいかないわ。ここは大人しくマネージャーである私の指示に従ってもらう」
「じゃあ、アスカをどうするつもりなの?」
「それは随時検討するわ。彼についてまだ分からないことも多々あるし、保護って形でアカウントを拘束するのが事務所の方針ってところかしら」
ただVRネットワークにアカウントを所持している者ならアカウント停止状態で済む話だろうが、電脳世界に意識がある飛鳥にとってはそうもいかない。
エリが述べる拘束とは何を指すのか定かではないが、つまるところ碌なものではないのは分かる。
「そうだ、ルカいいこと思い付いた!どうせアスカを拘束するなら、ルカ専属の編集をやらせてよ!」
「……は?」
ルカの唐突な提案には傍観の姿勢で二人のやり取りを見ていた飛鳥も声を発し、一体どのように話が転んでいるのかと必死に状況を飲み込もうとする。
「編集ねえ。確かに新しく雇う予定だったけど、正体すら分からない男に身の回りのことを任せるのはいかがなものかしら」
「でも編集の人との相性ってVtuberにとっては重要なことでしょ?アスカって結構面白い人だし、何よりルカと相性抜群だと思うんだよね」
ルカが示した提案にエリは下顎を触り考え込んだ仕草をすると、目を細め飛鳥の全身を満遍なく見渡す。
二転三転する状況下で編集やら何やらと業界用語を並べられ呆然とするしかない飛鳥だが、それを無視して行動を独走するエリには下手な口出しができないでいた。
「ふーん、貴方がルカと相性抜群ねえ。確かに服装はどこかしら似てるかもしれないけど、本当に任せて大丈夫なのかしら……?」
「大丈夫だって、まあ事務所的にも形式上面接の一つや二つは通さないと駄目だろうだろうけど、ルカは全面的にアスカを推薦するわ」
「ち、ちょっと待て!勝手に話を進めているところ悪いんだが、俺に一体何をさせようってんだ?」
二人の会話の様子を視認していた飛鳥は強ちこれから先巻き込まれそうな事態を予測できたが、念の為に何かの語弊を招いていないか確認を取る。
が、万が一にも無害で済むのを祈ったアスカは、見事期待を裏切られてしまう。
「まあそうね、利用価値があるかどうかは即決できないし、そういう手筈でうちに残しておくのもありかも」
「おいおい、もしかして……」
「アスカって言ったわね。事務所で働くか、運営側に引き渡せられたいか選ばせてあげる」
選択という名の強制を迫られ、一方的な権力行使に逆らう程の器量と実力を兼ね備えていない飛鳥に託された行動は一つ。逃げの一択だ。
「……あははは、あっ!バイトの時間だ!」
「待ちなさい!!」
エリは颯爽と部屋から抜け出そうとした飛鳥の肩を掴み、背負い投げで地面に叩き付ける。
おかしい、逃げるは恥だが役に立つとかいう諺があるにも関わらず、彼女は逃亡者には問答無用で手を上げた。どうした先人、貴様等の教訓は文字通りにいかないぞ。
「いやいや本当勘弁してくださいよ!俺働くとかマジ無理ですから!まだ警察犬とかの方が労働力になりますから!」
「貴方はこれから捕食する家畜が自分の肉をまずいと言って、素直に食べるのをやめるの?違うでしょ。まずいかまずくないかは悪魔の証明、自分の肉を食べたことがなければ証言は成り立たない。だから貴方が使えるか使えないかは、今ここで判断できる内容ではないわ」
謎の例文を織り交ぜるエリに論より勢いで屈服させられたアスカは、案の定謎の仕様により床に激突した際痛覚が伝達していた。
こうしてアスカは電脳世界に転送されニート生活から脱却しようとしていたが、彼にとって働くという行為ほど屈辱的なものは無かったと言えたのだ。
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