第3話 仮想世界でデートしました
意識しないと決心はしたものの、この状況で無意識というのは些か無理難題にも思えた。
何せ相手は仮想現実の世界とはいえ女の子の格好をしたアバターだ、今の今まで恋愛経験が皆無だった飛鳥からすれば心を高ぶらせるのは必然とも言えた。
「何だかこうやって二人で街中を歩いてると、デートしてるみたいだね」
「デ、デート!?」
飛鳥は心臓でも掴まれたかのように心拍数を上昇させ、顔を紅潮とする。
仮想現実の世界観でここまで意識する人間も稀だが、それぐらいリアルにいながらリアルを退けていた彼には強い刺激だった。
「雰囲気だよ雰囲気、それに私男だし」
「なっ……!?」
「冗談だよ冗談、リアルの方でも女の子だよ」
唐突なネカマ発言に騒然とするが、冗談であった事に一安心する。
やはりこういうのはリアルの方も意識してしまうものだ。もしも中身オヤジのネカマユーザーだったりしたら人生の汚点、その時は自決も覚悟しなければならない死活問題だ。
「てか、お前の言う追跡を掻い潜れるプログラムが俺に仕組まれているとして、お前の特定まで防げるとは限らないんじゃねえの?」
「あーそれなら大丈夫、NPSは一つの機械から飛ばした電波によって位置情報を特定するシステムで、それを防げるってことは発信電波をシャットアウトするって原理だから、少なくとも貴方の近くに入れば影響を受けるのは確かよ」
仮想世界全体が見渡せるような場所から前ユーザー電波を放ち、予めアカウントに組み込まれた識別システムと位置情報を特定する。それがNPSの基本原理である以上、自身の周りにバリアのようなものを展開すれば特定を掻い潜れるプログラムの出来上がりという訳だ。そしてルカはそれにあやかり飛鳥の近くで行動を共にしていた。
だがやはり距離が近過ぎる、彼女からしたら近付けば近付く程特定されにくいのかもしれないが、いくら何でも無頓着過ぎるのが難点だ。
「そういえば、貴方名前は何ていうの?」
「ってやば、アカ名変えるの忘れてた」
飛鳥は操作画面を出現させ急いで頭上に表示されているアカウント名を『アスカ』に変更すると、ここにきて初めてルカに名前を名乗ろうとした。
「俺の名前はアスカ、よろしくな」
「よろしく。それじゃあアスカ、いつまでも初期アカってのも監視にバレるかもしれないから、取り敢えずショップで着せ替えしちゃおうよ」
いくら飛鳥がNPSを掻い潜れるとはいえ、未だ運営側の人間が彷徨いている可能性があった飛鳥が今やるべき行動は一つ、ずはり変装だ。
飛鳥のアバターは初期に無料配布されているものだが、一度警備に容姿を確認されている以上同じアバターで行動するのは危険が伴ってしまうのがオチだった。
「じゃあそこの店に入っちゃおうよ」
「おう、そうだな」
飛鳥はルカに連れられるがままショップの中に入ると、辺りには帽子から靴まで多種に渡る服や装飾品が陳列しており、現実世界でも見たことがない景色に思わず仰天としてしまう。
「ほい、この端末から自由に服を選べば試着できるよ」
「ふーん、VRの世界だとそんな事もできるのか」
ルカから手渡された端末画面をスクロールするが、少なくとも数千種類にも及ぶであろう服装の中から抜粋するのは容易な行為ではない。
それに彼にとってファッションなどという言葉は恋愛の次に縁遠い単語であり、いざ両親から金を渡されて服を買えと言われてもゲームソフトに還元していた飛鳥からすれば避けて通ってきた道だった。よって服を選ぶという行為ほど難儀なものはない。
「うーん、このシャツとかかな」
飛鳥が目に留まったシャツをタップすると、服装は自動で変わり前方に大文字で漢字記されたシャツが反映された。
「っぷははは!!か、漢字Tシャツって!!外国人観光客かよ!!」
「う、うるさいな!だったらお前が選んでみろよ!」
案の定ファッションセンスが皆無であった事実確認が完了した飛鳥は次なる手段を講じようと、他人に全てを委託するという邪道極まりない行為に及んだ。自分の弱さを認め相手に頼る事も人生の選択肢として重要なのである。
「え、ルカが選んじゃっていいの?じゃあじゃあ……」
端末を手に取ったルカは何の躊躇いもなく画面をタップすると、飛鳥の頭上には猫耳カチューシャが装着された。
「ってお前の趣味じゃねえか!!早く外せ!!」
「ぷははは!!に、似合ってる似合ってる!!」
今すぐ頭上に装着した猫耳を投げ飛ばしたかったが、VR空間ではデータとして添付されている以上そういう訳にもいかない。服装や装飾品などは原則として操作で取り外しが可能な以上、端末を所持しているルカは飛鳥のアバターを自由に弄れる権限を持っていたのだ。
「何なら人外アバターにしてみる?スライムとか」
「人型にしてくれ、あと人を下級モンスターにしようとするな!」
「えー面白くないなー、それじゃあ……」
ルカが立つ続けにポチポチと端末の中から服装を選択すると、アバター全体に光が纏わり全身コーデが反映される。
青の髪色に黒色と青色を基調としたパーカー、耳元にはヘッドフォンが装着され、如何にも彼女らしいファッションセンスと思えた。
「やっぱりファッションはパーカーに限るね~」
「お前ってさ、猫とパーカーが執拗に好きなんだな」
「執拗って何よ、猫は可愛いしパーカーはかっこいいもん。立派なセンスでしょ♪」
どの道感じTシャツに猫耳という世界観の一貫性が見出せなかった服装よりはマシだったので、飛鳥は他人任せながらも即席の変装として青々しい様相にアバターチェンジしてみせる。
「それじゃあ購入でいいね、ここはルカが払っておくから」
「良いのかよ、そんな事までしてもらって」
「貴方の隣にいる代わりにサポートしてあげるのがルカの役目だからね。それにルカ意外とお金持ってるし♪」
笑顔を振りまきながら服装一式を購入する彼女の姿を見るに、本当に金には困ってない様子が窺えた。やはりこの女には他のアバターと鑑みてどこか異様な雰囲気が漂っていたのだ。
「それじゃあ、次はどこに行く?」
「うーん、そうだな……」
商品の購入を完了した二人は店を後にすると、今度は飛鳥がルカの願望を叶える番に回る。
とは言っても、今日一日行動を共にしたいなどという要求は非常に抽象的な内容であり、何をして時間を過ごすのか手段が明確化されていない。
「強いて言えばゲームがしたいかな、ゲーセンとかってない?」
「ぷふ、アスカって死ぬ程女の子とデートするのに向いてないわね」
「うっせえ、余計なお世話だ」
自分がデートでの雰囲気作りに滅法向いていないのは分かってる、だから敢えて己のセンスを突き進めたにも関わらずこの女は恋愛童貞の心を容赦なく抉ってくる。
「ゲーセンコーナーなら確か向こうだったかな。ついて来て、案内してあげる」
飛鳥はルカに連れられるがまま電脳世界を歩き目的地に向かう。
何れ二人は大量のゲーム機が点在しているゲームセンターと思しき場所に辿り着くと、彼は露骨にテンションが跳ね上がった。
「凄え、此処が本物のゲーセンかよ……!」
「いや本物じゃないけど、てか、リアルでゲーセン行ったことないの?」
「あーまあな、俺引き篭もりだし。外出するとかいう選択肢無いんだよな」
現実でもゲームセンターには憧れがあったが、可動域が家の敷地内のみの飛鳥には縁遠い存在であるのは事実。
だがVRは何の労力も働かさずにいとも容易く外出した気分にさせてくれる、まさしくヒキニート万歳の優しい世界だった。
「へえ、アスカって現実だと引き篭もりなんだね」
「言っとくが引き篭もりは引き篭もりでも誇り高き引き篭もりだぞ俺は。十年後には人類皆ヒキニートになるんだから、それが早いか遅いかの話だろ」
「ふふ、アスカって面白いこと言うのね。じゃあ……」
するとルカは飛鳥の目の前で立ち竦めると、後方で腕を組みながら上目遣いで彼を見つめてみせる。
「リアルでもこうやって、一緒に外出したら、アスカは引き篭もりをやめるのかな♪」
「っ____」
クリティカルヒット、致命傷は避けたが、エリート恋愛童貞の飛鳥は平常心を保てなくなってしまう。
――嘘だ、こんな可愛い奴に中身がいるってのかよ!?まだまだ現実世界も捨てたものじゃないってか……
胸の奥から込み上げる絶叫を必死に抑える、その先に存在するはまさしく憤死や悶死の世界、理性の崩壊である。
「なーんて冗談だよ。さ、ゲームでもして遊ぼ♪」
「お、おう、そうだな!」
引き篭もりを殺す彼女に、恋愛童貞も殺されかけた飛鳥はすぐさま理性を復旧すると、大量に立ち並ぶゲーム機の間に開いた道を辿る。
「あっ!あの猫のイヤホン可愛い♪ねえねえ、あのゲームしない?」
「ん?あれは……」
ルカが指で指し示す場所にゆっくりと視界を向けると、そこには近未来的な世界観とは不釣り合いなまでのレトロさを醸し出す射的場が広がっていた。
そして当人が指針していた猫をモチーフにしたと思しきイヤホンは景品として棚に置かれており、手前に置かれた射的銃で落とす一般的な射的の遊び方と何ら変わらない様子が窺える。
「お前、あの猫のイヤホンが欲しいのか?」
「うん♪」
「……よし、なら俺が取ってやる」
飛鳥は男を見せようと前方に立ち、出現したゲーム開始の画面をタッチして射的銃を持ち構えた。
VRネットワーク上での通貨はポイント制、初ログインボーナスとして受託された1000ポイントから換算するにチャンスは最大で十回、先程服装一式をプレゼントしてもらった身としては何としてもここで彼女に借りを一部返しておきたかったのだ。
「ふう……」
精神統一、呼吸を止め照準のズレを極力抑えると、完璧な軌道を計算し尽しゆっくりと引き金を引く。
____!!
乾いた音が響き銃弾は予想通りの軌道を沿り、イヤホンが収納された箱に衝突する。
しかし目的の景品は倒れない、その後も立て続けに弾をぶつけるものの、イヤホンを包む箱が微動だにしない様子から飛鳥は思わず無理ゲーかと疑ってしまう。
「クソ、当たってる筈なのに……」
残弾は残り一つ、これを外せば無一文になる絶対的な逆境の最中、桐山飛鳥は人生最大の正念場に立たされた気分に苛まれる。しかし
「貸して、銃」
「え、ああ」
何やら神妙な面持ちを晒すルカの指示通り残り一発のコルク弾が込められた射的銃を手渡すと、彼女は何の躊躇いもなく引き金を引いた。
残り一回にして何とも慎重さに欠けるエイミングだったが、驚くべき光景はその後であったと言える。
ガン――……!!
弾が軌道を描き衝突すると、長方形の箱は見事に旋回して棚の上に横転した。
「ふう、やった♪」
「す、凄え……」
信じられなかった、あれほどまでに自身が苦戦していた景品を、たった一回の発砲で完璧なまでの軌道を描き倒してみせた。
やはり彼女は徒者ではない、出会った当初から他のアバターとはどこか貫禄のようなものを感じたが、恐らくプロゲーマー並の腕を持つ兵ぐらいが相場だろう。
「わーい♪猫イヤホンだ♪」
倒した景品がルカの手元に転送されると、彼女はまるで子供のように喜ぶ姿をひけらかす。
正直色々とツッコミを入れたいのは山々だが、ルカは話す間も与えぬまま次のゲームコーナーへと足を運んだ。
___________
約一時間後、ようやくゲームセンターを後にした二人は休憩しようとドリンクコーナーの席に腰を下ろす。
「いやー楽しかったね!こんなにワクワクしたのも久しぶりだよ♪」
「……シューティング系のゲームじゃ全勝か、お前のエイミング能力マジで化物だろ」
彼自身シューティングゲームは得意な方であったが、ルカのそれは得意などという生温いものではない。
強い、ただ単純に、あれは並大抵の努力で習得可能な質捌きではない、まさしくプロも顔負けといったレベルであった。
「第一お前、一発で目的の景品落とせるなら端から自分がやれば良かっただろ?」
「ルカだけの実力じゃないよ。景品を落とせたのは貴方が何度も有効弾を当ててくれたおかげ、だからありがとね、アスカ♪」
「っ……」
隙あらば恋愛童貞を殺すルカの愛らしい仕草にはもはや可愛いとしか思えなくなっていた飛鳥は胸中で悶絶するが、理性の崩壊は何とか防いだ。
「そ、そういえば、お前も追われてる身らしいけど、何から逃げてんだっけ?」
「うーん、まああれだよ。ルカの自由を拘束する者っていうか、勤労者って感じかな」
「勤労者……?」
何やら意味深長な発言を飛ばすルカに疑念の思いを抱くが、当人は涼しい顔を垣間見させドリンクを飲む。
恐らく触れてほしくない箇所なのだろう、誰だって隠し事の一つや二つはある。だからこそ飛鳥はそれ以上の言及を止めた。
「やっぱお前、不思議な奴だな。シューティングゲームはプロ並に上手いわ誰かに追われてるわ、どうしてか大金も持ち合わせているみたいだし」
「そう?ルカからすれば貴方の方が不思議だと思うけど、初ログインの時点で運営にBANされ掛けるって中々無いわ」
「ん、そうなのか?」
「うん、普通不正プログラムっていうのはログイン後暫くして使用が判明するものだから、初ログイン直後にバレるっていうのはかなりレアケースだと思うわ」
そう言われればそうだ、いくら自身のアバターに不正プログラムが介入していたとしても、初ログイン直後に運営側が発見するなど絶対とは言えないが考え難い状況だった。
仕組まれた不正プログラム、電脳世界への強制転移、謎が謎を呼ぶ今回の奇妙な出来事は果たして事件か事故か。
思考回路が原因究明に専念した時、飛鳥には一つの決断が迫られた。
「……ルカ」
小一時間一緒に遊び、それ相応に親密な関係を築いてきた実感が伴っていたからこそ、飛鳥は自身の身に起きた摩訶不思議な出来事の全てを告白しようとする。
――それを言って何になる?
「――――!!」
心中の最奥に秘めていた思いが湧き上がり、口外し掛けた言葉を踏み留めた。
―――もう一度、あの腐った世界に戻りたいのか?
―――もう一度、あの意味の無い人生を歩むのか?
何故固執する、現実の存在であることに。
死にたくないから?いいや、桐山飛鳥は今でも立派に生きている。
死の定義は誰か決めたものでもなく、時代の流れによって変わるものだ。
現実に存在しなくても、生身の体が無くても、そこに自我と意志があれば生きてるってことだ。
『
前提を見誤るな、飛鳥の脳裏には超自我的な存在が何かを呼び掛け、一瞬選択を鈍らせた。
「うん?どうかした?」
「お、俺は―――」
「あー!!ようやく見つけたわ、ルカ!!」
突如として入り込んできた声の方を振り向くと、そこには女性用スーツに眼鏡といった如何にも真面目そうな女性がルカを指し示していた。
勿論飛鳥には一切関わりが見い出せない人物、というか、友達すらいなかった彼にとっては言うまでもない。
「戻りなさい、ルカ!!貴方には重要なイベントが差し迫っているんだから!!」
まるで余裕を垣間見させないその女性は声を荒立たせ、何故かルカは目線を合わせようとしない。
「ルカ、知り合いか?」
「さあ、誰だろうね」
「他人のふりはやめなさい!貴方は次世代を担うVtuberなんのよ!」
その時、飛鳥は彼女から放たれた衝撃の真実に耳を疑う。
Vtuber、その存在が何れ飛鳥の運命に関わるとは、彼はまだ知らない。
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