ep4-2
ソニアが宿部屋の扉から頭を出して廊下の様子をうかがう。その上にツガルも頭を出して左右を見渡す。
「……誰もいませんわね?」
「シッ、静かに。っても、『消音(ミュート)』してるから平気か」
ソニアが注意深く聞き耳を立てると、階下のロビーから問答する声が聞こえた。
「すみませんね、おサムライさん。宿泊客の情報は漏らせねえんでさあ。ウチの信頼に関わるんで、ハイ」
「我々は事を荒げる為に来たのでは無いのだ。どうか穏便に済ませては貰えないだろうか。彼がこの宿に入ったのを見たと言う話を聞いて、こうして訪ねているのだ」
ソニアはその声に聞き覚えがあった。
東国の王宮騎士団長、アカシ・ゴルトだ。アカシは厳格な男であり、部下からの信頼も厚い。同時に、組織を乱す者には一切の慈悲なく切り捨てることでも知られていた。
そのアカシが直接出向いてくるとは、余程の事だろうとソニアは思案する。
実際、魔王討伐隊としてこの国に密入国したことは現王からの勅命でもあったため、元ツガルはアカシに何も告げず夜中に王宮騎士団から抜け出てきたのだ。
その為、ツガルはもしかしたら逃亡者として指名手配されているのかもしれない。
「ソニア、昔のお知り合いですか?」
「ああ。おっかねー上司だよ」
「なるほど。しかし、話し合えばどうにかなりそうにも聞こえるのですが」
「話し合うって、今のお前が?」
「……ああ、そうでしたわね。私が話さなくてはいけないのですか」
さすがにツガルも気落ちした。元のツガルの記憶もないのに上手く対話する事はできないだろう。
「捕まったら話し合いどころか、その場で処刑されかねねぇ。あいつらに構うより先に元の体に戻らなきゃ、無駄に足止めされるだけだぜ」
「なるほど、わかりましたわ。では、彼らに見つからないうちにこの宿屋を出て離れなければなりませんね」
「そういう事だ」
ソニアは階段で一階に降りることを諦め、宿屋の裏庭が見える廊下の窓に目を付けた。
「ツガル、この下に洗濯物干場が見えるだろう?」
「はい、取り込まれたまま投げ出された衣類かごが見えますわね……まさか?」
どうやら宿屋の主人が洗濯物干しをしている最中にロビーに呼び出されて放置されたらしい。衣類かごがちょうど窓の真下に見える。
「ツガル、いけそうか?」
ソニアが尋ねるが、ツガルは旅の荷物と鎧のせいでだいぶ重量が増しているらしい。飛び降りるのはさすがに躊躇っていた。
「正直、厳しいですわね」
「なるほど。じゃあコレでどうだ? 『重力(グラビティ)』!」
ソニアは魔力回路事典をパラパラとめくって探し当てたページに手をかざした。
事典に書かれた魔力回路が発動する。
……どんな効果のものかは録に読みもせずに。
メリッ
ツガルの足元の床にひびが入る。
メリメリメリ
「ツガル、何だか嫌な予感がいたしますわ」
「あれれー、おかしいぞ?」
ソニアは自分が発動した魔力回路の説明文を読む。
そしておもむろに事典を閉じ、言った。
「ごめん、ツガル。これ重力を倍増させる魔力かいr…」
バリバリバリ!!
激しい音を立ててツガルの体が宿屋の廊下の床にめり込み、割り、そして落ちた。
ズドン!
悲鳴を上げる間もなく、2人は宿屋の1階に落ちた。
しかも落ちた先はちょうどロビーのど真ん中だった。
そしてそこには、話題に出たばかりのアカシ団長が立っていた。
今はツガルの下敷きになっている。
突然降ってきた2人に呆然とする東国の騎士団に囲まれて、ソニアとツガルは引きつった笑いを浮かべるしかなかったのであった。
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