第4話 ふたりの逃避行

ep4-1 第4話 ふたりの逃避行

 頬をつねっても鼻を摘まんでもなかなか起きないツガルを起こすため、ソニアは宿部屋の窓際へ行きカーテンを開けようとした。

 しかし、ふと気配を察知して踏みとどまり、慎重に窓から外の様子をうかがう。

「……(馬の足音、それも調教された軍馬の蹄音だ。3、いや4頭で、うち2頭は荷馬車だな)」

 ソニアは注意深く音を聞き分ける。

 その音は次第に近づき大きく聞こえる。そして、ソニア達がいる宿屋の前で停まった。

 階下に見えたのは、ツガルの出身である東国の赤い軍旗だった。

 咄嗟にソニアは判断する。

 奴らの狙いはツガルだろうと。魔王討伐隊が増援を呼び、裏切り者ツガルを処罰しにきたのだと。

 そこまで思い至って、ソニアは慌ててツガルが寝ているベッドに向かう。

「……しまった、出遅れた! おいツガル、起きろ!」

 ソニアは声が響かないように布団を被ってツガルの耳元で叫んだ。

 頭から布団を被せられたツガルは、布団に飛び込んできたソニアを抱きかかえてしまう。

「わぷ……こら、ツガル! こんな時にやめろ!」

「ソニア~~、おはようのちゅー」

「んっ、んむ~~~ッ!!?」

「ぷは。ごちそうさま……じゃなくて、おはようございますわ、ソニア」

 残念ながら、残念なツガルの頭はまだ回っていないようだった。

「あふ……うぅ、いかんいかん! 起きろ、そして鎧を着ろ。マントは裏返しにしておけ」

 ソニアはテキパキと指示を出しながらツガルのベッドに荷物を上げていく。

「ふえぇ、どうしましたの?」

「敵襲だ」

 ソニアは小さくツガルに告げる。

 ツガルの身体がその言葉に反応して身構えさせる。

 掛け布団を跳ね除けたツガルは既に明晰な表情に切り替わっていた。

「承知しましたわ。貴方の…いえ、このツガルの追っ手ですわね?」

 ツガルのマントには彼の騎士団の紋章が縫いつけられている。それだけでツガルは察したようだった。

「奴ら、どうやってこんな辺境の町にまで…それにここはまだ国境も越えてないからメイルシュトローム国だろう? 国交断絶中に何故あんな馬車隊が堂々と……」

「恐らく、先日の魔王討伐隊の件で申し開きをする為という名目でしょう。もしくはあくまでも使者として、魔王討伐隊の落とし前をつけに来たのかもしれません。どちらにせよ、ツガルは見つかり次第捕らえられてしまうでしょうね」

 自分の見解を述べながらツガルは鎧を着て荷物を背負って準備を整え終えた。

「……早っ!? いや、すまん。オレも急ぐぜ」

 ソニアはとにかく急いで鎧を身に纏い、止め金具をしっかりと嵌めた。

 そして気付いた。

 ソニアは例のセクシー下着とスケスケパジャマの上に部分鎧を付けた姿になっていた。慌てすぎて服を着替えるのも忘れてしまっていたようだ。

「ああ、もう。こんな時に……もういい!」

 ソニアは諦めて鎧の上からマントを羽織って前を閉じた。

 そしてそれぞれ荷物を確認する。

 ソニアは読みかけだった魔力回路事典を手に取り、ページを開いて手をかざす。

 魔王の娘であるソニアの体から溢れる余剰魔力が、事典に印刷された小さな魔力回路に注ぎ込まれていく。

「『消音(ミュート)』!」

 ソニアが唱え、魔力回路を発動させる。

 ソニアとツガルが立てる物音が一切消えた。

 ちょうどその時、階下から大勢の足音がバタバタと聞こえてきた。

 表に止めてある東国の荷馬車に乗っていた兵たちが一斉に降りてきたらしい。

 ソニアとツガルは軋んでも音がしない扉を開けて慎重に廊下に出た。

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