ep3-8
キィ、キィ。
静かな夜中の宿部屋の床を踏みゆっくりと近づいてくる足音が暗闇に響く。
誰か?
言わずもがな、ソニアのはずだ。
「……起きてるか? ツガル」
じっとりと湿り気を帯びた声に、ツガルは思わず寝たふりを決め込んだ。
お陰で先程の悶々とした悩みも掻き消えていた。
心臓の音がバクバクと、ツガルの寝たふりを邪魔していた。
「起きてるんだろ、ツガル……」
ツガルが寝たふりを続けていると、ベッドが片側に傾いた。ソニアがツガルのベッドの縁に座ったらしい。
「……スヤスヤ」
ツガルは完璧な狸寝入りを決め込んでいる。
呼吸のリズムも一定に保ち、なるべく音がしないように鼻から息を吸って吐く。
「……ぷっ、おいおい。なんだそりゃ。知らないなら教えてやるけどな、ツガルは寝てると実はイビキがすげーうるさいんだよ。だからそんなきれいな寝息は立てない。つまり今のお前は寝たふりをしてるだけで、ちゃんと起きてる。そうだろ?」
勝ち誇ったようにソニアがツガルの耳元で囁いた。
「……降参ですわ」
ツガルは胸元まで掛け布団を捲ってソニアを見上げる。
暗くて顔が見えないが、きっとソニアは悪戯っぽい少年のような顔をしているだろうとツガルは感じた。
「よいしょっと。あー、あったけぇ」
「ソ、ソニア? 何を…!」
ツガルが捲った布団の端を掴むと、ソニアは強引にツガルのベッドに潜り込んだ。
ソニアはツガルのわきの下に強引に体をねじ込むと、ツガルの腕を枕にして落ち着いた。ツガルの方に背中を向けているので、表情は見えなかった。
「やっぱり、ツガルが選んできたパジャマは機能的じゃねえな。肝心な所がスースーして落ち着かねえよ」
「それは……失礼いたしましたわ」
「まったく、ツガルのスケベにも困ったもんだぜ」
「それは、その……」
わざと困らせたくてスケベな意地悪をしているとは言えないツガルはしどろもどろになって狼狽える。
「しょうがない奴だ、お前は。ほら、お前の選んだ服のせいでこんなに体が冷えちまった。しっかり温めてくれよ?」
ソニアは後ろ手を伸ばすと、空いているツガルの反対側の手を取って自分の体に巻きつけた。
「ソニア……」
ツガルには、ソニアがなぜこんな積極的なのかがわからない。
だがしかし、ソニアの冷たい肩に触れると反射的に温めるように後ろ向きのソニアを抱き寄せた。
「オレとお前は一蓮托生だ。うまくやっていこうぜ」
「…はい」
「お前がオレを守ってくれるように、オレもお前のためにできることはしてやるからな」
「……ありがとうございます」
「すまなかったな、そんなどうしようもないスケベな体に乗り移らせちまってよ。もう少しだけ辛抱しててくれ。元の体に戻ったら今度はオレがお前を……」
うわごとを呟きながら、そのままソニアは寝てしまったようだった。
ツガルに抱きしめられて安心したのだろう。可愛い寝息を立てている。
「貴方の気持ち、受け取りましたわ」
ツガルは、もう寝てしまったソニアに語り続ける。
「でも勘違いですわね。わたくしの性格はこれで元からなのですよ……」
ツガルも後を追うように、やがて話しながら寝てしまうのだった。
翌朝。
ソニアは真後ろから聞こえる激しいイビキに起こされた。
着衣に乱れは無い。どうやら寝ている間にツガルにイタズラされたりはしなかったようだ。
「我ながら、すげえイビキだな」
むくりと上体を起こしたソニアは、あまりの爆音に呆れながら笑う。
朝日が差し込む宿部屋の中でソニアはそっとツガルの寝顔に口付けをした。
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