ep2-5
ソニアが旅の荷物を詰め終えた頃にようやくツガルも風呂から出てきた。
「はぁ……ソニアの匂いのする残り湯は疲労回復の効果抜群ですわね」
「お前は変態か、ナルシストだな」
「何を仰います! 私はもう男の身体なのですから、本能に従ったまでですわ」
「順応早いな……。いや、たくましくて良いことだが……」
ソニアは呆れながら、まとめた荷物をベッドの脇に押しやって一息ついた。
「あとは寝るだけだな」
「ええ。ふつつかものですがよろしくお願いいたしますわ」
「何をヨロシクする気だ!? 寝てる間に妙なことしたら噛みつくぞ!」
「……」
「あ、わるい…言い過ぎたか?」
「……(ゾクゾク)」
叱られて黙ったかと思いきや、わずかにヨダレをたらすツガル。
「……勘弁してくれ」
呆れたソニアは気分を入れ替えようと窓を開けて空を眺めた。
「ふぅ……今夜は満月か」
魔王討伐隊としてこの国に彼が潜入した時は今日が決戦の日と言われていた。
今となっては先王の言葉に従う気もないソニアにとっては、もはや遠い過去の約束のように感じられた。
今ごろ先王はソニアの父親のいる城に乗り込んで捕らえられている頃だろうか?
気にならないと言えば嘘になる。
「ソニア、荷物を整理していたらこんな物が出てきたのですが…」
ツガルも窓際にきてソニアに小さな宝玉を渡した。
「ん? ああ、それか。それはもう要らないんだ」
それは魔王討伐隊に加わった者に配られた感応のオーブと呼ばれるマジックアイテムだった。
遠く離れた場所にいる者を感知する事ができる。魔力の素養が全くない彼には無用の長物だった。それをうまく使えていれば先王ともはぐれずに済んだのだが。
「そうですか、でも貴方の物のようですのでお返ししますわね」
ツガルは頭に疑問符を浮かべながら、それをソニアに手渡した。
折しも今宵は満月。魔力を持つ者の力が最大限に引き出される日だった。
魔王の娘として莫大な魔力を持つソニアが指先で感応のオーブに触れた途端、莫大な量の情報の洪水がソニアの頭の中に流れ込んできた。
「うわっ……何だ!?」
ソニアが目を閉じると情報は更に鮮明に映像化されソニアの目蓋の裏の闇を埋め尽くしていく。
様々な情報が添えられた映像となって他の感応のオーブの保持者の情報が見えてきた。
まず見えたのは魔王討伐隊の敗退。
絶大な魔力を持つ魔王メイルシュトロームによってあっけなく魔王討伐隊は先王もろとも蹴散らされていた。
屈強な荒くれ者集団であった魔王討伐隊も、満月の夜の魔王の力になす術なく制圧された。
命からがら逃げおおせた先王と数名の生き残りは、失った仲間を惜しみ涙した。
そして、この夜に魔王城に現れなかった裏切り者を始末しようと立ち向かった。
「裏切り者って、まさか」
魔王討伐隊の残党は、感応のオーブの導きにしたがって裏切り者ツガルを目指して走り始めた。
映像はそこで途絶えた。あまりのことにソニアが思わず手を離してオーブを床に落としたのだ。
「……まずいことになったな」
ソニアは親指の爪を噛んで焦る。
「このままじゃ、追いつかれるのも時間の問題だぞ」
慌てるソニアをよそに、ツガルは悠然とオーブを拾い、指先に力を込めて粉々に砕いてしまった。
「安心なさい、ソニア。言ったでしょう、あなたはこのわたくしが守ると」
ツガルは指についた粉を窓の外に払うと、これから寝る時間だというのに鎧を着始めた。
「残念ですが、わたくしたちの初夜はまた次の機会と致しましょう。今夜はお楽しみできそうにありませんからね」
頼もしげなツガルの飄々とした笑みに、ソニアは思わず心臓を高鳴らせるのだった。
そしてすぐにツガルに倣ってソニアも鎧を着込むのだった。
2人はその夜のうちに、宿場町から旅立った。
月だけが彼らを見送った。
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