ep2-4

 体を洗い終えたソニアはゆっくりとバスタブに浸かり旅の疲れを癒した。

 少女と化した体は彼が思っていた以上に小さく、宿屋の小さなバスタブでも充分に足を伸ばせた。

「しかし、こんな事になっちまうとはなぁ……」

 浴室の天井を眺めながらソニアは来た旅路を思い返す。

 これまで重ねてきた彼の冒険の中でも、最も不可解な物であることは間違いなかった。

 しばらく物思いにふけるソニアだったが、長湯しすぎてのぼせてきたため仕方なく湯船から出た。

 入浴の心地良さと、きつい衣服を脱ぎ捨てた解放感はなかなかの心地良さだった為、少々名残惜しい。これからの旅先でも折を見て入浴しようとソニアはひそかに心に決めたのだった。

「湯加減はどうでしたか、ソニア」

「ありがとよ、気持ち良かったぜ」

「それは、何よりです」

「……何だか、オレよりスッキリした顔してやがるな。気持ち悪ィ」

 風呂から出たソニアを出迎えたのは、入浴を勧めてきた時よりも随分穏やかな表情を浮かべたツガルだった。

 それはまるで、体内に凝り溜まった毒物を一気に排出しきったような、悟りを開いた賢者のようなすがすがしさを孕んでいた。

「ほらほら、そんなタオルだけ巻きつけた様な格好で出てきてはいけませんよ。貴方も今は年頃の娘なのですから。はしたない格好は控えていただきたいものです」

 ツガルに言われて渋々と、商店で買ってきた旅服に身を包むソニア。

「うーっ、股間にモノが無いとはいえ、どうもスカートってのはスースーして落ちつかねぇなぁ……」

 靴もヒールの無い平坦なものを選んだ。

 髪も乾かして簡単なポニーテールにしてしまう。ウェーブのかかったボリュームのあるブロンドの髪は頭の高い位置でまとめるとちょうど肩にかかる程の長さになってふわりと広がった。

 姿見の鏡の前でふわりと一回転して、着こなしを確かめてみる。

「今まで男として生きてきて、こんな可愛い服を着ることになるなんて思ってもいなかったぜ……」

 宿を出る時に簡素なプレートアーマーを付けてしまえば、どこからどう見ても、若気の至りで冒険者になってしまった箱入り娘と言った風体だ。

 ドレスを脱いでしまえば姫君も街娘と変わらないのだとソニアは納得した。

 しかしその方が都合が良い。

 いつまた誰にその身を狙われるか分からないのだから。

 そう、彼と出会う前のソニアは身体を狙われていた。

 先ほど会った見合い相手などではない。

 もっと恐ろしい何かに、ソニアの肉体そのものを奪われようとしていたのだ。

 その襲撃者の正体も未だに掴めていない。だからこうして逃げるように旅を続けているのだ。

 今ではこの身を守るのは自分自身なのだと、新たにソニアとなった彼は迫る脅威への戦いを覚悟するのだった。

「さて、わたくしも入ってきましょうかね」

 ツガルは旅の荷物をまとめ終えると、宿に備えられた乾いたタオルを取って脱衣所へ向かった。

「なんだよ、お前は入らないんじゃなかったのかよ」

「レディーファーストというものですよ。それに、わたくしも少々汚れてしまいましたので」

「……はぁ?」

「あぁ、ソニア。貴方もご自分の旅の準備をしておいて下さい。明朝の出発は早いですからね。それと……」

 ツガルはベッド脇のゴミ籠を一瞥して目を逸らした。

「ゴミ籠は後でわたくしが片付けますので、くれぐれも漁らない様にお願い致しますね」

 そう告げてツガルは足早に脱衣所へと消えていった。

「何のことだ…」

 ソニアがツガルの視線を追って目を向けると、ゴミ籠には湿ったちり紙が溜まっていた。

「なんだあいつ、鼻炎にでもなったのか?」

 ソニアは呆れながら、携帯食料などを鞄に詰め込む作業に没頭した。

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