ep1-9

「それで、騎士殿。貴方は何故ここに?」

 少女の魂が宿った騎士が問いかける。

「この出で立ち、東国の騎士団ですわね。メイルシュトローム国とは国交断絶しているはず。密入国なさいましたの? 一体何の為に」

 彼女の質問責めに、彼は返答に窮した。

 正直に答えるべきだろうか。しかし嘘を吐いたところで得にはならない。少なくとも今は彼の肉体の持ち主は彼女なのだ。素性を明らかにしておかないと厄介なことになっても困る。

「オレは魔王討伐隊に志願して、先王に導かれるまま魔王城を探していたんだ。次の満月の夜が決戦の日となっているが…魔王城は見つからなかった。そうして森に潜んでいる時にお前が攫われているのを見かけた。大体そんなところだ」

 彼は洗いざらい話した。

 他国の領土で魔王討伐など迷惑この上ない事を、その国の王家の娘に話してはどう咎められるか、彼は怖じ気づいていた。

 だが彼女はにんまりと笑みを浮かべて目を輝かせた。彼は自分の顔がそんな表情をするところを見たことがなかった。

「あらあらあら。敵の正体も知らずに攻めてくるなんて、お間抜けな兵隊さんです事。でもそれではつまりわたくし達は愛し合ってはいけない2人ということなのですわね?」

「な、なんだよ急に…悪かったな、間抜けでよ」

「ねぇ、東国ではわたくしのお父様の事を何と呼んでいるかご存知?」

「いや、わからねぇ。生憎、間抜けなんでな。お国の事情には詳しくねえんだ」

「……魔王メイルシュトローム。本当に聞いた事ございませんの? 魔力によって国を支配し、魔物を統べる、魔法軍事大国メイルシュトロームの国王。それが魔王メイルシュトロームですのよ」

「な……んだって!?」

「つまり貴方はわたくしのお父様を暗殺に来た敵国の兵。一方わたくしはその魔王の娘。敵同士の2人が運命のいたずらで魂が入れ替わってしまったということなのです。おわかりいただけましたでしょうか……」

 そこまで説明を聞いて彼は放心する。

「…(先王め、何が魔王討伐隊だ。何が勇者だ。こんな茶番に命をかけさせるとは!)」

 彼は無学な自分を責めると共に、勇者と呼ばれ浮かれた自分に腹を立てた。

 やはり魔王だの勇者だのといった物はおとぎ話の中だけで充分なのだと強く思い知らされたのであった。

「それで、貴方はこれからどういたしますの? 魔王を倒す旅を続けるおつもりかしら? その、魔王の娘の身体で」

 彼女は意地の悪い質問を投げかける。

 馬鹿な。答えは彼の中で既に決まっている。

「勇者ごっこはおしまいだ。身体を元に戻して、先王を捕らえる」

 彼の答えに、彼女は満足げに頷いた。

「なるほど、なるほど。つまり、わたくしと一緒に来てくださるというわけですわね?」

「そりゃそうだ。お前の身体が無いと元に戻れねえからな」

「よろしいですわ。それでは早速参りましょう」

「え、ちょっと…どこにだよ!」

「あてはありません。……実はわたくし、お見合いから逃げ出したくて仕方がなかったのです。でも、おかげで良い口実ができましたわ」

「口実?? ああもう、わかるように説明してくれ!」

 苛立った彼が怒鳴ると、彼女は姿勢を正してこう言った。

「あなたは、わたくしと駆け落ちをするのです。敵同士で結ばれてはいけない間柄の男女の、愛の逃避行なのですわ!」

 うっとり。

 夢見がちにもほどがある年頃の少女の妄想が炸裂していた。

 彼女はそのまま、うふふと笑い、あははとも笑いながら丘をくだる山道へと歩み始めてしまった。

「おい、まて! 頼むからオレの身体で変な行動はよしてくれ! あぁ、もう! 勘弁してくれーっ!」

 こうして、彼と彼女の旅が始まったのであった。

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