ep1-5

 ツガルが部屋に近付くと、老人の呻く様な呪文が聞こえてきた。

 部屋の中を照らすのはランタンではなく床一面に描かれた魔力回路…幾何学的な紋様の魔法陣だった。

「素晴らしい、実に素晴らしい。身体から溢れる余剰魔力だけでここまで魔力回路を作動させるとは…さすがは王女といったところか」

 老人は全身を魔力回路の編み込まれたローブで覆い隠している。黒地の布の上に魔力で発光する赤いラインがびっしりと張り巡らされていた。ローブは顔にまで巻き付けられていて一切表情が見えないのがまた不気味であった。

「明日は満月、魔力を持つ者の力が最大限に高められる日だ。王女ソニアよ、その時に貴様の魔力全てをいただくとしよう。その若い身体ごと…な。クックック」

 老人が床に座り込む少女に近付いて見下ろす。少女は怯えた表情で老人を見上げる。叫び疲れたのか、口枷のせいか、少女は無言だが目で訴えている。

 と、そこで逃げ場を求めて左右に視線を振る少女とツガルの目が合った。

 ツガルはとっさに口元に人差し指を立てて、少女に声を出してはいけないと伝える。

 あろうことか、少女は安堵の表情を浮かべて何度も首を縦に振った。

「ムッ…誰かそこにいるのか!?」

 当然のことながら、老人は少女の仕草に気付いてしまった。そして視線の先を追う。

 老人のローブが怒気に呼応して赤く光る。

 ツガルは焦って身を翻すが、見えない力に掴まれて引きずり出されてしまった。

「随分大きなネズミではないか。貴様…」

 老人はツガルの顔を確認すると、一瞬怯んだように見えた。足を掴んでいた透明な何かの力が弱まる。その隙をツガルは逃さない。

「『翔閃』……ッ!」

 起き上がる勢いを殺さないように全身の発条を使って切り上げる、ツガルの対魔物用剣術が発動した。

 『翔閃』は対空攻撃なので、勢いが乗りきっていない軌道途中での斬撃は威力が弱まる。しかし人間相手ならばそれでも充分過ぎるほどのダメージを与えられる。

 ……はずだった。人間相手ならば。

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