ep1-3

  ***

 一方、数刻前。

 王宮騎士ツガル・アイゼンは魔王討伐隊に志願しメイルシュトローム国に潜入していた。

 彼の母国の先王キタンは自らを勇者王と名乗り、失墜した後も魔王討伐に執念を燃やしている。

 ツガルの使命は魔王討伐隊に潜入し先王キタンを捕えることにあった。

 魔物を従え、人の領地を奪うという魔王。それがこのメイルシュトローム国を侵略し支配しているのだと先王は常々口にしていた。

 そんなものは過去の幻想だと誰もが言った。ツガルもまた魔王などというものを信じていない。

 すべては先王キタンの狂言であり、敵国であるメイルシュトローム国への潜入もただの不法侵入だと理解している。

 ツガルがこの魔王討伐隊に潜入した理由はひとつ。先王を捕らえよと現王の勅命を受けたためである。

 すべては、ツガルをスラム街の平民から騎士へ拾い上げてくれた現王への忠義の為である。

 だが、敵国に潜入してからの旅はあまりにも過酷であった。

 魔物たちと戦ううちに魔王討伐隊とはぐれ、先王キタンも見失ってしまった。

 彼は今、暗く深い森の中で彷徨っていた。

 わずかに欠けた月が木々の隙間から見えるのみであった。

 ツガルは戦い傷ついた体を引きずりながら暗い森の中を進んだ。

 と、そこへ響き届く少女の悲鳴。

「嫌ぁぁぁ!」

 何事かと剣を構えて辺りを警戒するツガル。

 目を凝らすと、森の木の葉の切れ間を横切る黒い影が見えた。

「イヤーっ! ドレスが臭い汁で汚れる! 飛び方も縦揺れすごいですわ! 飛ぶ度になんかパーツ溶けて落ちてますし! 高い高い高い怖い怖い怖い! 嫌ぁぁぁ!」

 ……。

 早口でまくし立てるような悲鳴の内容は聞き取れなかったが、差し迫った危機が少女の身を襲っていることは確かなようだ。

 ツガルは少女の声を頼りに後を追った。

 やがて黒い影は山の頂にある古塔の足元に降り立った。

 ツガルが追いついた頃には黒い羽根のゾンビが叫び疲れてぐったりした少女を脇に抱えて古塔の扉の中へ入っていった所だった。

「……こんな場所に魔物が人攫いか? いや、妙だな。あのゾンビはもう朽ちかけていた。別の何者かに使役されてここにあの少女を連れて来ただけだろう。となると」

 ツガルは剣を納めて塔に近付き、中の様子を窺う。

 最上階に近い窓から揺らめく光が微かにこぼれていた。

「魔物遣いがこの塔に…?」

 ツガルは、魔王という者は魔物を統べる力を持つと聞いていた。もしやこの、城と呼ぶには小さな塔が魔王城であり、中にいる魔物遣いが魔王なのであろうか?

 考えても答えは出ない。だが少女を攫った魔物がこの中にいるという事だけは事実だ。

 ならば、少女を救い出すついでに中を確かめてみればよい。

 そう考えたツガルは古塔にしては真新しい木製の扉を押して中へ忍び込んだ。

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