第3話

誰が言ったか知らないけれど、一度は聞いたことがある。


「人が想像することは全て実現可能である。」


…本当に?


例えば、なんでもない日常を送る、

普通の少年。

でも、彼がカーテンの隙間から覗く朝日に目覚めると、平穏な日常から急転直下でファンタジーな展開が待っている。


彼の頭に響く美しい女性の声…

「勇者…勇者よ!」

「聞こえますか?勇者よ。ああ、あなたが困惑するのも無理はありませんね…でも、私が正しければ、あなたは確かに、古の伝説の勇敢なる炎の勇者なのです。古の伝説の勇敢なる炎の勇者は、これからすぐに、魔王を倒す旅に出なければなりません。さあ、古の伝説の勇敢なる炎の勇者よ。ゆっくりしている時間はないのです。早く旅立つのです!!古の伝説の勇敢なる炎の勇者よ!!」


呼称がながい!!


みたいな?ファンタジー的には、まあテンプレだよね。例の言葉が真実なら、とりあえずここまでは現実で実現可能ってことでOK?


さて、なら続きをいこうか、さっきまで普通の少年だった古の伝説の勇敢なる炎の勇者よ、あなたは今すぐにでも、魔王を討つ為の旅に出なければならない。頑張れ!少年。


でも、少年って言われて想像するのって、人にもよるけど10〜14歳ぐらいだよね?

少年マンガ的相場で言えば、勇者は12.3歳ぐらいが妥当かな?結構幼いよね。


でも、僕が最初に「少年」って言われて想像したのって、18歳の「少年」だったんだよね。

18歳だって立派に少年だよね?

相場よりもかなり年取ってるけど、でも僕が想像したんだからしょうがないね。


キチンと高校を卒業する予定で、結構な苦労して、それなりの企業に就職も決まってる。そんな割と真面目な少年。

これだって間違いなく普通の少年さ。

でも、どこにでもいるようなこの普通の少年は、「勇者と会社」どっちかを選ばないといけないってことだね。

会社を選ぶ可能性も高いんじゃ無い?

そうとう苦労して内定とった訳だしね。僕は就活したことないけど、大変なんでしょう?あれ、今更勇者するってわけにもいかないんじゃ無いかなぁ?


まあ、これはただの想像だ。こんな悩みを持つ少年なんて、普通は存在しない、ただ、さっきの言葉が本当だって言うなら、こんな変わった少年もいつかどこかに生まれるのかもしれない。


いや、違うか。あの言葉が真実なら、今、僕が想像したことで彼を作り出したってことだな。想像で創造したってことか…


でも、だとしたら近いうち、謝りに行かないとな…。その、古の伝説の勇敢なる炎の社会人1年目さんに…


ああ、でもどうせ想像で創造されるなら、僕だってそういう綺麗目な異常になりたかったよ。「炎の勇者」みたいなさ。


僕は、変わってる。普通じゃない、勇者なんて可愛いもんじゃない。「異常」だ。異形とも言うし、異様とも言える。あの言葉の通りで、僕も誰かの想像でつくられたのかもしれないけど、そうだとしたら、僕を作り出したそいつは、相当趣味が悪いね。


さて、くだらない話は終わりにして、ちょっとだけ僕の自己紹介をしておこうか。


そういうと彼は大きく息を吐き、呼吸を整える。

そして少しニヤリとした。少しかましてやろうという感情が顔全体から溢れ出している。


「お集まりの皆々様、お待たせしました!!」


「ミーは、ジャック・スパロウ!!世界一早い船、ブラックパール号の船長だ!!」


廃墟に響く声、それを黙って見る8人の観衆は全員見るからに何かを持っている人間だ。

「やー!ジャック・スパロウ!!カリブの海賊のやつでしょ!?ワタシ、ディズニー行きたい!行きたくない?行きたいでしょ!?ね?ね!」

その中の1人、金髪ロングヘアーに緑の飾りをつけている女の子は誰とは言わず、周りに話しかけまくっている。

それを全員無視している。


自称ジャック・スパロウの傍にいた黒髪ショートの清楚さの漂う女性は、気まずそうに口を開いた。


「あの、ジャック・スパロウ様…」


待っていた!いった感じで自称ジャックスパロウが続ける。


「キャプテンだ!キャプテンジャック・スパロウ!おわかり?」


1人だけがタガが外れたように大笑いすることでさっきよりもさらに質の高い、地獄の空気が流れる。


「キャプテン・ジャックスパロウ様、冗談はその辺で…」


「ああ…いや…わかってるよ…でも、やっぱジョークは必要かな、と思って…」


「今は必要ないかと」


「えーと…ミーの名前は伊丹 来久 (いたみ らいく)っていいます。皆さんどうぞお見知り置きを」


こう言う場でボケて、ウケを取れるなら芸人を目指すべきだろう。


「えーと、まあ、今日はちょっと集まって、顔合わせしようと思っただけ!悪の集団ってそういうもんでしょ?」


「でも、なんかちょっと白けたね。こういうときは、むやみにかっこいいことでも言っとこうかな!」


「白けたのは、伊丹様のせいだと思いますが…」


とにかくマイペースな彼は、全く気にしていない様子だ。


「ゴホン、さあ言うよ…ミーがかっこよすぎて腰抜かすなよ」


伊丹は右手を高々と突き上げながら言った。


「なあ、俺と一緒に世界をおどろうぜ!!」


その場はまさに地獄そのものとなったが、その中で彼は今世紀最大のキメ顔を決めていた。



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