第5話 機械仕掛けのデート

次の休みに、俺はP子さんと買い物に出掛けた。いろいろ買わなきゃいけない物が出来てきたからなんだけど、それよりも、P子さんと何処かに出掛けたい!という想いが強くなってきた事の方が大きい気がする。どうも昔の家族の映像を見てから、寂しさが強くなってきたようだ。山田さんは、今後もあの島を保存したいそうで、契約は引き続き更新された。山田さんはえらく感動して、全員と強い握手をして、泣きながら帰っていった。何の関係も無い俺ですら泣いたんだから、そのひ孫なら当たり前か。

ドローンタクシーに乗って五分ほどで、横浜みなとみらい地区に着く。洋服から家具、家、ロボット、ペットと何でも売ってる商業地区だ。

中世ヨーロッパの街並みを再現した外観で統一された、いろんなお店が立ち並ぶ通りが、俺は好きだ。外観や内装はレトロでも、設備は最新になっている。

「まず、あそこ行こうか?1950年代の北米風の服が売ってる店、なんていったかなぁ?あの店。」

「アメリカン・バルブよ。」

「ああ、それそれ、バルブバルブ。そこ行っていい?」

「いいも何も、あなたの好きなところへ行っていいわよ。私はあなたの指示に従う事しか出来ないのよ、知ってるでしょ。」

「まあ、それはそうなんだけど・・・。」

その店は内装も50年代風でレトロでいい感じだ。やはり俺は今の、男だか女だか分からないような服よりも、この時代の様な男は男、女は女って感じが強調されてる服の方が好きだ。P子さんにも、いつもここの服を着てもらっている。そして、ここの店員は人間が多い。現代ではほとんどの店の店員はロボットだ。知識も商品のカタログ化も完璧だけど、どうも好きになれない。洋服以外の下らない話が全く出来ないのも、その理由の一つだ。あのグループの新譜は聴いた?100年前のなんとかってバンド知ってる?凄いよ!今、西海岸で流行ってるスケーターの新しいスタイルあるでしょ?あれってその100年前のバンドの影響もあるんだって。ツーブロック先に新しいスタバ出来たでしょ?そこに凄い可愛い娘が働いてたんだよねー。え?もうチェックしたの?早いねぇ。ああ、ロボットかもねぇ、今時はねぇ。あの映画見た?やばいよね。グロくはないんだけど、映像とラストの衝撃がハンパないよね。えー!まだ観てないのー!やばー、早く観た方がいいっすよ!いやー、やばー、ラストの話したくて、たまんねー。などなどだ。こんなおしゃべりも好きで、わざわざネットじゃなくて店まで行くのに、ロボット相手だとそれが全く出来ない。便利になるのも良い事ばかりじゃありゃしない、昨日は白バイに捕まった、って感じだ。

試着にしても、現代ではヴァーチャルで行い、実際に着る事は全くない。まあ、凄い種類の服を一瞬で着替えて、3D映像で写してくれるから、便利なのは便利なんだけど、なんか好きじゃない。出来るだけ、実際に着たい方だ。考え方が古くて保守的なんだろう。

「人間って不思議よねー、今の時代、店に行かなくても、ヴァーチャルショッピングで実際に店に行ったのと全く同じ体験が出来て品物も何でも買えるのに、何でわざわざ実際の店に行くのかしら。」

こういう疑問が出来るぐらいに、P子さんは賢い。

「やっぱり人間は目的の為だけに生きてるわけじゃないんだろうね。なんてね、カッコつけてるけど、本当はみんな保守的で、今までやってきた事を変えたくない心理が働くのだと思うよ。単純にそこに出掛けて店で買うっていう行為自体がトータルで楽しいっていうのもあるけど(笑)。」

「私はロボットだから、目的や、やるべき事を効率よく遂行する事しかプログラムされてないから、永遠に理解出来ないわね。」

「でもP子さんぐらい頭が良かったら、そのうち理解出来るようになるんじゃない?」

「それはプログラムが更新されない限り絶対にないわ。そのように更新されれば別だけど。あくまでプログラム通りにしか動かないから。」

「それはそうだろうけど、そのうち自分でプログラムを書き換えるロボットが産まれてもおかしくないんじゃない?」

「それはあるかもしれなけど、私には自分でプログラムを更新する仕様はついてないから。」

「そうだけど・・・、でもいつかP子さんにも・・・、」

俺はつい、P子さんに期待をしてしまう。それも過剰に。期待しても何も無いって解ってはいても、一緒にいると、やはりそう思ってしまう。

「あれ?こんな店あったっけ?無かったよね?」

ショッピングモールの端の方に新しい店がオープンしていたのを発見した。前は何の店だったか?マグカップとかお皿とか売ってる雑貨屋だった気がするけど、忘れた。そこに、ピアスやアクセサリー類を中心に置いてる店が出来ていた。狭い店内はピアスが売り場の9割を占めていた。色んな色の石がついてるもの、トゲトゲの形をしたもの、自動でチカチカ光るもの、凄く大きなもの、ただシンプルに小さな丸い形のもの、たくさんの種類のピアスがあった。

「何か買ってあげるよ。どんなのが好き?これなんかどう?」

P子さんは無表情だが困った様な顔をした。そうか、好みも無いのか。

「いらっしゃいませ、何かお探しですか?」

奥からロボットの店員が出てきた。

「はい、ちょっとプレゼントで。」

「そうですか、良いですねぇ。お相手はどんな方ですか?」

「このロボットに何か似合うものはないかな?」

「ロボットにプレゼントですか?」

「ああ、ちょっと特別なんだ。珍しいとは思うけど。」

ロボット店員は少し怪訝そうな顔をしている。確かにロボットにプレゼントする人間はいないだろう。

「私はいいわよ。」

「いいよ、いいよ、たまには。いつも一生懸命やってくれてるし。」

「一生懸命やってるわけじゃないのよ。プログラム通りにやってるだけなの、そのようにしか出来ないのよ。」

「まあ、いいじゃないか、たまには。俺がそうしたいんだ。女の子なのに、アクセサリーの一つも持ってないようだし。」

「女の子じゃないのよ、ただ、女性型のロボットってだけよ。ロボットに性別は無いのよ。もちろんアクセサリーが欲しいなんて意思をもった事もないわ。ロボットが意思を持ったら人間は大騒ぎするんじゃない?」

「それはそうだろうけど・・・」

俺はこのセリフばかり言ってる気がする。

「まあ、俺がそうしたいんだから、プレゼントさせてよ、ね。」

「それがご主人のご命令というのなら、私は逆らえないわよ。」

「そういう風に言わないでよ。命令っていうんじゃないけど、その、まあ・・・そういう事で・・・。」

「どういう事だか、全く分からないわね。」

ふと気づくとロボット店員は店の奥で、もう一人の人間の店員と何か話しながら、変な顔でこっちを見ていた。今にも警察に通報しそうな様子だ。そうか、タメ口はダメなんだった。

「いやいや、違います、違います。これはタメ口モードにしてるだけで、私の意思です。私が彼女にそうさせてるんです。だから、対ロボット非対等法案には違反してませんから。」

そう言いながら俺たちは急いで店を出た。


山下公園はこの400年ほど、全く変わっていないという。ただ氷川丸が、国の最重要文化財兼永年県立保護文化財となったので、腐らないような処理が施された。海に浮かんでいても、雨ざらしでも全く傷まずに保護されるらしい。さらに来年からは宇宙へも航行できるような改造がされるとの噂もある。それが本当なら面白いけど、どうせガセだろう。

その山下公園のベンチで俺はBOSSの缶コーヒーを飲んでいる。甘いやつだ。P子さんは隣で充電用の液体を飲んでいる。喫茶店や飲食店にはロボットと一緒には入れないから、俺たちは公園のベンチでお茶する事が多い。

ロボットには一目でロボットだと分かるように、ほっぺたに大きく、ロボットのデザインのマークをつける事が義務付けされている。あまりにも精巧になり過ぎて人間と区別がつかなくなった為、ロボットを恐れた世論に押されて、ロボットメーカーは付けざるを得なくなった。そして、その恐怖感は次第にロボットを差別する方向へ向かっていった。殊更に人間の方が立場が上であると誇示するようになっていった。だから、ロボットと一緒にレストランや喫茶店に入ると、白い目で見られる。何でロボットなんかと同じテーブルで食事をしてるのか?と。だから人間が食事をしてる間はロボットは、街の各所にある充電設備で充電やメンテナンスをして待ってるのが普通だ。もちろんロボット人権擁護派の団体もある。いわゆる左翼系だ。ただ左翼系の団体はこの100年ほどは、あまりにも酷い事ばかりしてきたのが、国民にバレてしまい、ほとんど相手にはされていない。まあ、あまりにも自分の国を裏切る事ばかりし過ぎた。自分の国を滅ぼして、新しい国を作りたいらしいが、結局は滅ぼしたいわけだからね。どれだけ理想だの何だの理屈を並べても、結局は暴力で自分の国を滅ぼすんだから、それは理解されるわけがない。どうしてもって言うなら無人島でも何処でも行ってみんなに迷惑がかからないように勝手にやったらいいと思うのだが。しかし、何回か彼らに国を焼け野原にされたお陰で、今では全く相手にしなくなった。当然だな、今までよくみんな付き合ってきたと思うよ。昔の人間はそういった、いくつになっても中二病みたいな、精神的に幼い人が多かったんだろう。そういう人達に感化されたり、マスコミを使って洗脳したりして、惨劇を繰り返して、ようやく人類は学んだわけか。今ではみんな、平和とか理想主義とかを声高に言ってる奴ほど胡散臭いって分かるようになってる。もっと現実を見ろよ、と。もう騙されないぞ、と。一見非の打ち所がない理想的な事を言う奴に限って怪しいよ。もちろんみんな平和が良いに決まってるし、理想を失ってはいけない事も分かってる、けどそう簡単に行かないのが現実の世の中だ。そこのギリギリのところで踏ん張って、時には妥協して我慢して生きていくのが大人のカッコ良さではないだろうか。それを子供みたいに、どうしても理想を実現しないとダメなんだー!そうじゃなきゃ僕ちゃん嫌なんだー!みたいに考えて暴力革命に走ったり、テロリストになったり、敵国の力に頼って侵略の手助けをしたり、そこをつけ込まれて敵国に利用されたりして、何回も何回もこの国は踏み潰されて占領されてボロボロになってきた。やっぱり人間は何回も何回も失敗しないと学べないんだね。哀しいけどそれが人間なんだな、ってこんなの、なんかの映画のセリフであったな(笑)。

そんな団体への嫌悪感プラス、ロボットへの恐怖心が今はとても強いので、ロボットは差別されている。だからP子さんはベンチで休憩している主人を待っているロボットを装っている。本当はP子さんとレストランで食事をしたい。そうだ、今気が付いた。本当はP子さんと外で食事をしたかったのだ。でも、何故?俺は今まで誰かと一緒に食事をしたいと思った事は無かった。というか、そんな事を考えだ事も無かった。一人で食事をするのが当たり前だったからだ。でも今は一人でご飯を食べるのは寂し過ぎる。何故だろう?こんな気持ちになったのは初めてだ。

「あの、手を繋いでもいい?」

「えっ?・・・、どうしたの?・・・いいも何も私にはあなたの命令には逆らえないわ。弊社の規則の範囲内ならね(笑)。」

俺は黙ってP子さんの手を握った。何故だろう、心臓がドキドキと激しく動いている。こんな事は初めてだ。

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