第9話 カンヌ

「 カンヌ国際映画祭に誘われたんだけど

行ってみない?」

「………何の話?」


幼稚園に子供を送り届けた後

「ママ友」が苦手なさくらは

少し遠くの喫茶店へ行き、コーヒーを飲みながら本を読むのが日課だった。

そこに週一度ほどやってくる老紳士と

言葉を交わすようになったと言う。


「おはよう、さくらくん」

「おはようございます、土方さん」

「今日はね、お願いがあるんです」

「はい、どうされましたか?」

「カンヌ国際映画祭に一緒に行って貰えませんか?」

「えっ、カンヌですか?」

「そうです。夫婦で招待されているのですが

妻は体調がおもわしくないので行けません。

代わりに行ってくれる子や孫もありませんし

どうしたもんか、困っています。

女性同伴で行くのがマナーですし…

さくらくんが一緒なら、華やかでいいなぁなんて…」

老紳士は少し照れたように笑った。

「わ、私で大丈夫でしょうか?」

「もちろん。フランス語も少しお分かりだし適任でしょう」

「とても素敵なお誘いで嬉しいのですが

うちには小さな子がおりまして、子供を置いていくのはちょっと心配です…」

「もちろん、お子さんも一緒に。ご家族みんなで行きましょう」

「本当ですか?」

「ええ、あまり学校や会社を休むのも良くないでしょうから、3日ほどだけ付き合っていただければありがたい」

「そうですね…

わかりました、主人に相談してみますね」



「土方さん?」

「そう」

土方って、あの?まさかね…

「騙されてない?その人、何者なの?」

「よく知らないの。もう現役は引退してるって言ってたけど…」

「でも、カンヌに招待されるって普通の人ではないよね」

「そうね、すごく上品だし、いつも黒塗りのハイヤーでいらっしゃるの。悪い人ではないと思う」

「君は行きたいの?」

「うん、行きたい❤だって、カンヌに行くチャンスなんて、滅多にないよ!」

そう言って嬉しそうに笑った。

藤木は、この笑顔にかなり弱い。

「わかったよ、有給申請する。

でも、土方さんがどういう人なのかちゃんと聞いてきて」

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