私は、リューを去りました。

 でも、エーデムには帰れるはずもなく。


「俺の実家はちょっと寂れたが、まぁまぁ立派なところだ。親父が体が不自由になってね、困っているんだ。だから、もしも、レサさえよければ、力になってもらえないかな?」

 トビの提案は、私には救いの手になりました。


 よく晴れた朝、私はトビの操る馬車に乗って、トビの故郷コーネに旅立ちました。

 リューマの仲間たちは皆、見送り、泣いてくれる者もいました。でも、私が泣いたのは、あの方が見送りにすら現れなかったからです。

 リューマのことで頭がいっぱいのあの方に、勝手な想いを寄せて強引について来た困り者の女なんて、見送る価値さえなかったのです。


 私は、馬車の中でも泣き続けました。

「レサ、セルディのこと、許してやってくれないかな?」

 トビが私に話しかけました。

「あのさ……アイツ、なんていうか……愛し方がわからないというか、下手なんだよ」

 私は泣き続けました。

 トビは、ずっと独り言にように、あの方のことを話続けました。

「俺もよ、なんとなく片思いしているような気にさせられるよ。アイツ、どこまで俺に気を許しているのかな? なんてね。レサだけに冷たいわけじゃない」

 私だって知っているのです。あの方の優しさが表面だけで、根はもっと深い何かがあるってことを。

 そして、私たちはそれが理解できないってことを。

「多分ね、アイツの特別な人になれるヤツなんか、そういないと思う。レグラスのことは、親父みたいに慕っているけれど……あとは……あ、そう、別れた弟くらいじゃないか? もう死んでいるのか生きているのか、よくわからんが」

 私は、やっと泣くのを止めました。

 あの方は、特別な人を作らない。私だけに冷たいわけではない。トビの言葉に納得させられ、少しは慰められたのです。

「俺さ、思うけれど、アイツ女を好きにならないと思うな。一生恋なんかしない堅物だよ、きっと」

 冗談っぽくトビが言ったので、私はやっと微笑むことができました。

 あの方の冷たさの前に、すべての女性は同じ始まりに立っています。そうなら、一生懸命尽くした者が、一番側にいられるのでしょうか?

 この苦しい恋を耐え抜いた者だけが、あの方の愛を受けられるのでしょうか?


 でも、それは間違いでした。

 あの方は、すでに恋をしておいででした。

 それも、私がよく知っている、あの、シリア様に。

 私がその事実を知るのは、もう少し後のことです。

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