「レサ? 君までもか?」

 それが、あの方の私との再会の言葉でした。

 ここまで追いかけてきたことが恥ずかしくて、私はうつむきました。

 あの方は、そうとう驚いたようです。そして、私を連れて来た三人の顔に目を移しました。

「レサったら、どうしても連れていけってうるさいんだ。だからさぁ……。おせっかいだなんて、言わないでくれよなぁ」

 あの方の視線に焦ったのか、ドンが慌てていいました。

 小さなため息が聞こえました。

「ついてきてしまったものは……仕方がないよ」


 喜びよりも困惑。

 困惑よりも迷惑。


 あの方の言葉に、私はひどく疲れました。

 初めてエーデムを出て、初めての長旅で、実際、体は疲れ果てていたのです。でも、心は喜びと希望でいっぱいでした。

 喜びは消えました。希望はしぼみました。

 やはり、あの方は私がおしかけてしまったことを、よく思ってくれなかったのです。



 リューマ族長のレグラス様のもとで、私たちは働きました。

 元々リューマ族の国です。リューマの仲間たちは、かなりいい待遇を受け、今まで以上にのびのびと働きました。

 それに、レグラス様はとても楽しい方で、時々城で酒盛りをしたり、悪い遊びを仲間たちに教えたり――花街に連れ出したり――でした。

 リューマの仲間たちにとっては、あの日々が一番幸せだったかも知れません。

 でも、私には辛い日々でした。

 酒盛りも面白いと思いませんでしたし、仲間たちが女を買いに行くなんて……考えたくもありませんでした。


 そして、何よりも辛かったのは、セルディ様の変わりようでした。

 あの方は、すっかりレグラス様の従者にでもなったようでした。エーデムの王子でありウーレンの皇子でもある、あの方が……です。

 エーデムでは見せなかった心からの笑顔が、私を傷つけました。

 そう、あの方は、エーデムには二度と戻らないのでしょう。ところが、私は、二度と戻らないと誓ったエーデムが恋しくて、夜も眠れないほどでした。


 リューの街は、エーデム族の女性が一人で歩くには危険すぎました。いつも、トビとタカが付き添ってくれました。イズーではありえなかったのですが、二人は常に剣を携えていて、私をぞっとさせました。

 リューのお城も立派なものでしたが、イズーのお城に比べると、どこか単調でよそよそしい感じがしました。

 城の回りには掘りがあり、まるで閉じ込められているよう。中庭には花のひとつもなく、がさつな感じの兵士たちが、喧嘩のような訓練をしていました。お城の中を歩いていても、リューマ族の人たちの目がエーデム族である私を好奇な目で見て、耐えきれません。


 私は引きこもりがちになりました。

 エーデムにいた頃、忙しく働いていたので、余計に虚しくなりました。

 窓から見える血のような赤い街並みも、私には心地よいものではありません。ふと思い出すのは、イズーの中庭の花々や孤児たちと遊んだ広場、そして、忙しく働いた台所や、かわいがってくれた人たちの顔でした。

 すべてを自分で捨ててきたのに、涙が出ました。

 セルディ様は、エーデムにいた時と変わらなく優しいのですが、私が望んだ優しさとは違いました。

 あの方は、私に気を回すほど、もう暇ではなかったのです。


 エーデムに帰りたい。

 セルディ様と、一緒に帰りたい。


 でも、わがままを言って連れて来てくれた仲間に言えるはずがありません。

 セルディ様に知られたら、だから迷惑だった……などと思われてしまいます。あの方が、エーデムに帰りたくないのは火を見るより明らかで、むしろ、エーデム族を嫌っているようにも見えましたから。


 ――すべてを捨ててきたのに。


 リューマ族しかいない城で、私は悩みを誰にも打ち明けることができませんでした。そして、おそらく気がついているかも知れないあの方も、見て見ぬふりをしていたのです。

 そう思えば、あの方の仕打ちは、あまりにも冷たく感じるのでした。

 なのに、あの方は幸せゆえに輝いているのです。私をだめにする環境が、あの方にとっては、居心地のいい場所なのです。

 エーデムでは恐れられた剣の腕前も、リューマではありえない美貌も、人々を虜にしてあまりありました。あの方は、まるで水を得た魚のようにいきいきしていて……。

 だから……。

 私は耐え忍びました。

 すべてを捨てて来たのだから、私を受け入れてくれて当然、などというとんでもない思い違いを、一生懸命捨てました。でも、捨てても捨てても、芽が出てくるように湧いて来ました。

 リューマの仲間たちがどんどん生気を取り戻していく中で、私一人だけが、どんどんやつれてしまいました。



 ある日のこと、カーンとドンが喧嘩しました。

 私をリューに連れてくるべきでなかった、ドンが折れたから、こんなことになったと、カーンが言い出したのです。さらにそこにジンが、私と結婚したいと言い出したので、大騒動になってしまいました。

 それもこれも、私が目に見えて不幸だから……でした。

 さらにその喧嘩にタカが加わり、手が付けられない状態になりました。

「連れてくるべきじゃなかったとか、責任とって嫁にするとか、そんなこと言っている場合じゃないだろ! レサのことは、セルディがちゃんとするべきなんだ!」

 エーデムは結界のある国です。

 出るのは簡単ですが、入るのは難しいのです。

 タカの言い分は、エーデムに唯一入れるあの方が、私をエーデムに送っていくか、それとも、私を娶るか……ということでした。

 はらはら様子を見ていたところに、トビとセルディ様がやってきました。あの方は、タカの言い分を聞いたはずです。でも、何一言も言いませんでした。

 トビが喧嘩の仲裁に入りました。トビは、ジンを殴ろうとしたタカを押さえつけると、ジンを睨みつけました。

「おまえら、バカじゃないのか? 勝手にああだ、こうだ、レサのことを考えているようで、自分たちのことしか考えていないだろ? なぁ、セルディ」

 トビが言葉を促したのに、あの方は少し面倒そうに前髪をかきあげました。

「レサのことはレサが決める。それが当たり前だろう? 喧嘩しても始まらないよ。僕は忙しいから、先に行く」

 その頃、確かにあの方は忙しかったのです。

 ウーレンとの駆け引きで、あの方の尊敬するレグラス様が、どんどん窮地に追い込まれていて、私どころのことではありませんでした。

 でも、私はひどく傷つきました。

 もう精神的にも体力的にも、リューにいることに、あの方の側にいることに、限界でした。

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