イズーで働いていたら、きっとセルディ様もいつか帰ってくる。その一心で、私は仕事に励みました。

 リューマの三人のことは、もう忘れようと決めました。


 そのような時、私にとてもいい話が舞い込んできたのです。

 王妃エレナ様から呼び出され、直々にお話され……声もでませんでした。

「……私が……王妃様のお話相手、ですか?」

 エレナ様は、優しく微笑まれました。

「ええ。あなたはシリアの話し相手をしてくれた方ですもの。あの子のお話をして、私を慰めてくれたら……と思い」

 その頃、私はセルディ様の想い人がシリア様であることを知りませんでした。ですから、シリア様の代わりと言われても、嫌な気分にはなりませんでした。

「それにね、あなたはセルディとも仲が良かったと聞いているわ。表面では強がっているけれど、フロル様もさびしく思っているの。ぜひ、三人でシリアやセルディのことを話したいと思うのだけれど、どう?」

 あの方の名前が出て、私はすっかり舞い上がりました。あの方のお母様と、あの方のお話をする? まるでそれは、親公認の恋人のよう。

「孤児で平民の私でいいのでしょうか?」

「私も平民出身ですもの。何か問題でも?」

 エレナ様の優しい微笑みを見て、私は目の前が明るくなったような気がしました。


 たとえ平民でも、王族と結ばれていいのでしょうか?

 とすれば、私の恋は成就することもあるのでしょうか?


「レサ、あなたの仕事ぶりや勉強熱心さを、私はよく知っています。それに、おそらくご両親はイズー奪回の戦いで路頭に迷い、あなたをここに託したのでしょう? だとすれば、私たちはあなたの将来に責任があると思います。あなたの今後を、ずっと見守りたいのです」

 それは、私を正式ではありませんが、娘として面倒をみたいということでした。あまりに突然で、いい話すぎて、すっかり頭が真っ白になってしまいました。  

 エレナ様は、金色の髪をそっと持ち上げ、首を数回回しました。

「シリアを失って、胸にぽっかり穴があいたよう。虚しい日々を送っています。あの子にしてあげたかったことを、あの子と一緒に育ったあなたにしてあげてはだめかしら? 一緒にお料理をしたり、お裁縫をしたり……あら?」

 エレナ様は、空想ごとが楽しかったのか、くすりと笑われました。

「私ったら、本当に庶民のすることばかりしか。ごめんなさいね。でも、踊りを習ったり、社交術を学んだり……ええ、素敵な人のもとへ嫁ぐまで、私の側にいてもらいたいと思うのよ」


 この時の私は、完全に妄想の世界にいました。

 エーデム王の娘として教育を受け、エーデム社交界に出て、貴婦人の仲間入りをするのです。そうしたら……あの方ともお似合いの、ふさわしい女性になれるのです。

 そして、目の前にいる女性が、平民でありながら王との恋を成就させ、王妃としてここにいることを思えば、その妄想は叶うかもしれません。

 数年後の私は、イズー城の中庭で、セルディ様の腕の中で踊っているのかも知れません。銀薔薇を捧げられ、涙しているかも知れません。そして……優しい口づけを受けているかも知れません。

 私は、あの方にふさわしい女性になって、あの方の帰りを待ち続けるのです。


 でも、私は即答しませんでした。

「……あまりにもいいお話過ぎて……もったいなくて……」

 少し考えさせてください。そう言いました。

 何も知らなかったのに「シリアの代わり」が、引っかかったのは魔族ゆえの予知でしょうか?

 あの時、即答していればよかったと思います。

 そうすれば、いつかあの方を諦めて、エーデムの別の殿方の誰かと、新しい恋をしたでしょう。

 そうすれば、こんな辛い恋を――醜い自分の心を覗かなくてもよかったのですから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る