セルディ様がウーレンへ旅立った後。

 私とリューマの残された三人は、すっかり気落ちしてしまいました。

 ただ弟の葬儀に行っただけのはずなのに、トビもタカも、セルディ様も帰ってきませんでした。何かあったに違いありません。しかし、何の連絡もなく日々が過ぎて行きました。


 不安で虚しい日々でした。

 残された三人――カーン、ドン、ジンは、トビがいたからこそ、真面目に働いているような少年たちでした。日々仕事を怠けるようになり、ごろごろするようになりました。

 三人の気持ちは痛いほどわかりました。だって、私もセルディ様がいなくなって、ついつい仕事中にぼうっとしてしまうのですから。

 すでにシリア様もガラルに旅立っていたので、以前よりも時間があったはずなのに、仕事も勉強もはかどりませんでした。

 でも、私以上に三人は荒れていたのです。ついに三人の首切り話が出てきてしまいました。

 元々、彼らはセルディ様が口をきいて雇われた浮浪児たちです。あの方がいなくなって、しかも働かなくなったら、当然のことでした。

 お掃除中にその話を小耳にはさみ、私はあわてて三人のところに行きました。

 セルディ様たちが戻って来た時、三人がいなかったら何と思うでしょう?

 どうにか四人で帰りを待ちましょう、そう言うつもりでした。



 イズー城の厩舎に行くと、乾草の束の上で、ジンがいびきをかいていました。

 馬たちは薄暗い馬房に閉じ込められたまま。あたりは少し鼻につく臭いがします。

 私は、トビやタカが一生懸命掃除をしているところや、馬を引いて運動させてきているところを見ていましたから、ものすごく悲しくなりました。

 私は、ジンの肩を揺すりながら、必死に訴えました。

「起きて! ジン! こんなことばかりじゃダメよ。働かないと……。ジン!」

「るっせえなぁ!」

 ジンは、全く起きそうにありませんでした。

「大事な話があるのよ! 他の皆はどこ? 起きて!」

「るっせえんだよ! バカヤロこの!」

 ジンは、私を力いっぱい払い飛ばしました。


 彼らにこんな暴力をふるわれたのは、あの初めての出会い――セルディ様に助けていただいた時以来でした。私を大事にしてくれていた彼らなのに、あの方がいなくなったとたん、また乱暴者に戻ってしまったかのよう……。


 私は、乾草の中によろめいて倒れました。

 とても悲しくて、ショックでした。

 でも、それよりも、乱れてのぞいた足に絡み付くジンの視線を感じて、急に怖くなりました。彼の目は、とても尋常ではありませんでした。

 私が身を引くより早く、彼は私に襲いかかろうとしました。でも、それよりも前に、カーンがジンを殴っていました。

 人が人を殴った音を、私は初めて聞きました。思ったよりも大きな音で、思わず耳を塞ぎました。

 カーンとジンは、取っ組み合いになりました。乾草の中で殴りあい、時々上下が逆になり、あたりは埃だらけになり……。

「止めて! 止めて!」

 私は必死に泣き叫んだのですが、二人は喧嘩を止めませんでした。

 きっと、ドンが私の声を聞きつけてこなければ、二人はどちらが死ぬまで殴り合ったでしょう。

 ドンが喧嘩の仲裁に入り、三人でしばらくもめあった後、やっと静かになりました。

 三人は乾草にまみれて、ぜいぜいと息をしていました。私は、やはり乾草にもたれたまま、ずっと泣き続けていました。

 やがて、乾草の上で大の字に倒れていたジンが、苦しい息の下、私に謝りました。

「……悪い」

 でも、私は許せませんでした。

 立ち上がると、泣きながらその場を去り、もう二度とこの厩舎には足を運びませんでした。

 セルディ様とリューマの仲間たちと私で楽しい日々を過ごした場所は、もうなくなってしまったのです。


 私は、もう子供ではありませんでした。

 リューマの仲間たちから見れば、充分に女なのでした。

 それでも、きっとあの方がいましたら、こんなことにはなりませんでした。


 十人部屋にすぐ戻るには、泣き顔が恥ずかしすぎました。

 私は夕暮れの闇にまぎれ、シリア様が教えてくれた抜け穴を通り、イズー城の中庭に忍び込みました。

 そして、棘のない銀薔薇の影で泣きました。もうリューマの三人とは会わないと決めました。

 あの喧嘩で、もしもカーンが勝っていたとしても、私は襲われたでしょう。ジンに代わって、カーンが私を自分のものにしたでしょう。

 リューマ族は混血魔族。気をつけなさい……と、部屋の目上の女性が教えてくれていたのに。

 私は、うっかり、この少女時代の楽しい日々が、永久に続くのだと信じていたのです。

 薔薇の甘い香りが、あの方を思い出させました。

 エーデムの血を持つあの方ならば、このような乱暴に及ぶことはありません。

 でも、私は悲しみに泣きながらも、同時にあの方に抱かれること思い、胸を熱くして、また泣いたのです。



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