イズー城の下働きに過ぎない私が、どうして王子であるセルディ様と接することができたのか?


 それには、ふたつの理由があります。

 セルディ様は、リューマ族の少年たちに仕事を世話しました。私絡みの事件から知り合ったごろつきでしたが、本当はとてもいい人たちでした。

 そう、今もこうして仲間としてセルディ様に付き従っているトビたち五人です。

 彼らは私をまるで姫君のように大事にしてくれました。そして、セルディ様も……彼らとよく行動を共にしました。

 今から思い出しても、あの日々が懐かしく、一番幸せな時代と言えましょう。

 もうひとつの理由は、シリア様でした。

 あの頃、私は勘違いしていたのです。セルディ様は、下働きの私にさえ気配りしてくださる優しい方だと。実際、あの方は気配りをして下さいました。

 でも、それはシリア様を見ていたから。

 シリア様のお話し相手だった私も一緒に見ていたに過ぎませんでした。



 ある日、私はあの方から花をいただきました。

 王族の方々の居室前の廊下を、私は慌てて掃除していました。数日前からご機嫌斜めのシリア様に振り回され、夕食の調理場の仕事に遅れそうだったのです。

 やっと終わったところで、ばったりセルディ様とはち合わせ、思わず悲鳴をあげてしまいました。顔が真っ赤になっていたことでしょう。

 あの方は、逆に蒼白な顔をしていました。そして、すっと私の目の前に、白百合の花束を差し出したのです。

「今日、外にでることがあり、花を見つけたので摘んできました。もしよかったら受け取ってくださいませんか?」

「わ、私が? ですか?」

 花を贈るのは、心を贈るのと一緒。とても信じられませんでした。

 私は、ますます赤くなっていく自分に気がつきました。その私の様子を見て、あの方は少しだけ顔を曇らせました。

「私と……馬丁のトビとタカからです」

 私が思ったほどの理由は、きっとあの方にはなかったのでしょう。でも、私はそれでも、あの方から花をもらったという事実に、数日間酔いしれました。

 十人部屋の片隅に活け、皆に笑われ、からかわれながら、毎日水を変えて、枯れて茶色くなってしまうまで――うっとりと。


 今から思えば、あの花はシリア様のためだったのです。


 でも、あの頃、あの方のシリア様に対する想いに、誰一人として気がつく者はありませんでした。私も、リューマの仲間たちも。

 だって……。

 あの頃のシリア様とセルディ様は、顔を合わせれば険悪な雰囲気。お互い嫌っているとしか思えませんでした。特に、シリア様のあの方に対する嫌悪は異常なほどで、全身全霊を掛けて憎んでおいででした。

 むしろ、私はシリア様のあまりにも邪険な態度に心を痛め、わがままなシリア様を冷たく受け流しているセルディ様に、どうにかシリア様を許してほしいとすら、思っていました。

 二人がもっと仲良くなされたら、私もあの方と過ごす時間が増えるのに……などと、甘い希望を抱いていたのです。


 片思いですし、身分違い。

 どうせ叶わぬ恋です。

 私はあの方に何も望んではいませんでした。


 でも、あの方の想い人が、あのシリア様だと知った時、私は衝撃を受けました。

 あの方と私を繋いでいたもの……それは、シリア様だったのです。

 私は、生まれて初めて『嫉妬』という感情を持ちました。そして、その日以来、私の純粋な初恋は、汚れて醜い辛い恋に変わったのです。

 そして、私の恋はひどい悪夢を生み出すことになりました。


 それは、また後ほどの話になります。

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