第79話亜理紗と抱き合ってイチャイチャする話。それ以上は無い

 静寂が食卓を支配している。


 今朝の決戦モードからは想像もつかなかった。

 本当ならば試練を乗り越えた男女が甘い雰囲気を醸し出すのではないかと期待していた僕だったのだが、やはり魔王ロックの出オチがいけなかった。


 魔王という驚異を棚ぼたで乗り越えたせいで今いち盛り上がりに欠けてしまったのだろう。


 折角、倒す算段を手に乗り込んだのに。これではつり橋効果を得られずに僕だけが空回りしている。


 伏し目がちにスープをすするシンシア。

 チラチラと僕を見て目が合うと逸らすエレーヌ。

 何か言いたそうだけど、結局何も言わない亜理紗。

 給仕として僕のそばに使えてパンを配膳しているステラ。


 誰一人として話す事無く、まるで無言の圧力がかかっているかのような雰囲気で食事をするのだった。






「なんだったんだろうな。あれは」


 自分の部屋へと戻った僕は今日の行動について振り返っていた。


 ロックの元へと殴り込みをかけて弱っている魔王に遭遇した。そしてニーナとニースを亜理紗達が連れ出した後でさりげなく持っていた封印専用のアイテムをロックに仕掛けて外に出る。


 そして外を歩いている途中でポンコツ魔導士のミレーヌに遭遇して色々と話をしたのだ。


「そういえばミレーヌのお願いもあったんだよな」


 姉の話どうしようかな。こういうのはタイミングが大事だと思うし一度相談をしたうえで…………。


 三人が相手をしてくれなかったので自然と思考がそちら側へ逸れる。


 ――コンコン――


「入っていいよ」


 スリッパの音がして部屋の前で止まった。ステラがベッドメイキングにでも来たのだろうか?


「……夜分遅くに失礼しますね」


 入ってきたのはパジャマ姿の亜理紗。緋色のワンピースのパジャマでゆったりとしたラインからも彼女のプロポーションの良さが際立つ。

 更には風呂上りの上気した頬と少し落ち着いた雰囲気もあって僕は自然と心臓が高鳴った。


「ふ、風呂入ったんだ?」


 見ればわかる事をわざわざ聞く。そうしないと会話が思いつかないのはボッチのコミュ力の問題ではない。

 想いを告げた相手がこうして夜分遅くに僕の部屋を訪れて雰囲気を作っている。健全な青少年ならば取り乱すのはむしろ自然な事だろう。ホモなら別かもしれないけど。


「ええ。こんなタイミングでごめんなさい。どうしても今夜のうちに直哉君に話しておきたかったので」


 彼女は自分の恰好を言っているのだろう。


「特に気にする必要ないかと。そのパジャマ似合ってるね。新しく買ったの?」


「えっ…………?」


 僕がパジャマ姿を褒めると亜理紗は。


「この姿。前にも見せた事あるんですけどね?」


 白けた空気が流れる。やはり慣れない事をするべきではなかった。


「それよりも話って?」


 自分の失敗を誤魔かす訳では無いが、亜理紗の来訪目的を聞いてみる。


「直哉君。魔王討伐の前に言ったじゃないですか……」


 亜理紗はそう言うと顔を赤くしてどもり始める。


「わっ、私達と結婚したいって」


 余程必死なのか耳まで真っ赤にした亜理紗に何故か僕まで顔が熱を持つのを感じる。


「う、うん。確かに言ったね」


 正直あまりの可愛さに意識を持っていかれそうになる。

 僕は抱きしめてよいのか悩んだ末に理性でそれを抑え込んだ。今は彼女の話の続きを聞くのが優先だ。抱きしめるのは話が終わってからいくらでもできる。


「それなんですけど、延期じゃダメでしょうか?」


「どどど、どうしてっ!?」


 まさかの振られるパターンなのか?

 僕が動揺を全身から発したのに気付いたのか亜理紗が言葉を続けた。


「あっ、別に直哉君の事嫌いとかじゃないですよ。ただ、エレーヌさんとも相談したんですけど」


「僕が嫌いじゃないならなんでっ!」


 勇気をもってプロポーズをしたのに振られそうな僕は気が気じゃ無く亜理紗に詰め寄る。


「今日。ギルドにギルド証を受け取りに行ったじゃないですか。その特典でB級市民権を貰ったんですよ」


 亜理紗は両手で僕を押し返しつつ今日あった事の説明を続ける。


「うんうん。それで?」


「それで、B級市民権を持つ人間は結婚の際に大聖堂を使える特典を得られるんですよ」


 それは良い事じゃないのか?

 結婚式は豪華な方が女性も喜ぶと聞くからね。お色直しの回数を増やすか、食事のランクを最上級にするか。一生に一度のお披露目だからな出る金は惜しまないつもりだ。


「それはむしろ好都合なんじゃないの?」


 出来るだけ派手にやる事で亜理紗達によからぬ事を企む輩に見せつけてやるのだ。


「エレーヌとも話たんですけど、結婚式って一生の思い出じゃ無いですか」


「うん。そうだね。二度目がある人もいるみたいだけど」


 そういう意味では三人を娶るつもりの僕は罪深いのかもしれない。二度ある事どころか三回結婚するつもりだし。


「だから、全員がB級市民権を得てからにした方が良いかと思ったんです」


 僕はまじまじとした顔で亜理紗を見る。これがエレーヌと亜理紗からの提案だとしたらその真意は何処にある?


 そして少し考えると結論が出た。


「亜理紗って良い女だよね」


「ふぇっ……。突然なんなんですか?」


 僕は表情を和らげると彼女の隣に座り頭を撫でた。


「その提案するのってシンシアの為でしょ」


 僕に撫でられるままに亜理紗は頬を赤く染めると続きを促す。


「結婚相手にも同等の市民権を与える。そしてB級市民権があれば大聖堂で結婚式を挙げられる。つまり僕とエレーヌと亜理紗はそこで結婚出来る」


 どうやら答えが合っているらしい。亜理紗の瞳に力が篭る。


「だけどシンシアは別だね。彼女は今のところ試験に落ちているからD級市民権しか取れない。それだと別で結婚式を挙げる事になって仲間外れになる。それを危惧したって事だよね?」


 僕はふと考え事をする。


「あの……やっぱり駄目でしょうか?」


 僕が不満を抱いているとでも思ったのか、亜理紗はおずおずと下から覗き込んできた。


「いや。むしろ僕の方が提案しなきゃいけない所だったのに。二人には気を使わせてごめん」


 本当に僕なんかには勿体ない女性達だった。


「じゃ、じゃあ…………」


「うん。結婚式は来年になって僕とシンシアが試験に合格したらにしよう」






「それにしても思いの他簡単に頷いてもらえましたね」


 話が終わった後、気を抜いた亜理紗は表情を柔らかくして言ってきた。


「そりゃするでしょう。僕は三人共幸せにしたいんだから。出来るだけ平等に接したいと思うに決まってるよ」


 だが、すぐに結婚するつもりだったので色々と我慢しなければならない部分も存在する。

 例えば、娼館通い。


 プロポーズまでして相手から返事を貰った以上は不味いだろう。


「あの。もしかして色々溜まっちゃいます?」


 亜理紗の歯に衣着せぬ物言いに僕は絶句する。


「…………ノーコメントで」


 その言葉で判ってしまったのだろう。亜理紗は――。


「これからダンジョンに入るのでそういうのは確かに不味いとは思うんですよ」


 うん。知ってた。確かにこれから本格的に活動していくのに妊娠するのは不味いよね。

 僕は亜理紗の言葉が正しいと理解しつつも心の中で泣いていた。


「私も女子高でしたけど知識はありますから。男の子が色々と持て余してしまって耐えられないのも。私自身も結構そういう…………」


「えっ。何?」


 男子高生の性欲に対して理解があるのは解ったけど後半はなんて言ったんだ?


「だっ、だからこのぐらいは許しても良いと思うんですっ」


 そういうと亜理紗は僕に抱き着いてきた。腹部に感じる猛烈な柔らかさと熱い息遣いが顎をかすめる。


「あの……亜理紗さん。これは正直アウトなんじゃないかと」


 未だかつてここまで僕の心臓が働いた事があったのだろうか?

 必死に理性を総動員して甘美なる誘惑に耐えるのだが。


「なんですかもう。緊急時にはどさくさに紛れて触ってくる癖に。こういう時はしり込みするんですね」


「そりゃ、合法的に触れられる機会は見逃さないけどさ。それにしたって亜理紗に迷惑かけた訳でもないじゃない」


 あくまで暴走を止める為という事だったのだから亜理紗の反応も無かったし仕方なかったはず。


「良くもまあいいましたね。私が直哉君に抱きしめられて平気だったと思うんですか。お陰で夜に思い出して…………」


 今度は密着しているせいか聞こえた。


「夜に思い出してどうしたのさ?」


「しっ、知りませんっ!」


 とぼける亜理紗。


「気になるなー」


 ミズキの情報がここで生きてくる。僕は少し意地悪な顔をすると亜理紗を追求してみた。


「そんな事言うならこっちにも考えがありますから」


「この状況で僕に勝てるとでも? 僕は亜理紗の弱点を知ってるんだけど」


 じゃれ合いにも似た挑発。


「煩いですね。そういう口はこうしてあげます」


 亜理紗はそういうと唇を重ねてきた。僕は驚くと共に唇に感じる柔らかい感触に意識を持っていかれる。

 それから暫くの間抱き合っていたのだが…………。


「ぷはっ……」


 息をするのを忘れていたのか亜理紗が酸欠で顔を離す。


「ど、どうですか? これでもまだ言いますか?」


 そんな勝ち誇った亜理紗が僕の上で身をよじる。

 亜理紗のお尻が僕の下半身を刺激すると。


「ごめん……亜理紗。あまり動かないで」


「えっ……?」


 亜理紗の視線が僕の下半身に集中する。


「それってその…………私で興奮したんですよね?」


「君はいちいち言い方がエロいよね」


 女子高育ちで知識しか無いのだろう。狙っていない分なおさらタチが悪い。


「ほんとこれ生殺しだよ」


 好きな女の子とこれ程密着してキスまでしているのに手を出すことが許されないなんて。僕は先程格好良く宣言した台詞を撤回したくなった。


「良いじゃないですか。好きな人に触れられるなんて幸せな事なんですから」


「えぇ…………」


 やっぱりこの子解ってないよ。男子高生の性欲がどれだけ凄いか知識では伝えきれない。僕がそんな事に戦慄していると。


「今まで我慢してきた分これからは一杯可愛がってください。エレーヌやシンシアには負けませんから」


 それからしばらくの間二人でベッドでいちゃいちゃして過ごした。今までで一番興奮したけど、一番疲れた時間だったとだけ言っておく。

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