第78話シンシアの焦燥
私の人生は生まれ落ちた瞬間に既に終わっていました。
人間の父とエルフの母の間に生まれた私は母子共にエルフの里を追われる事になったのです。
頼る先も無い赤子を連れた旅。それでも母は身一つで私の事面倒を見てくれました。
だけど…………。
母は死にました。私が6歳になる頃に流行り病に罹って。
それから地獄の日々が始まったのです。
街に入ると多くの人間が私を見てきました。それはとても冷たい視線で、時には罵声を浴びせかけられ。石を投げられたのです。
そんな中、私を誘った人間も居ました。
最初は私のような孤児を見ていられなかったと優しい顔をして近づいたその人達。
彼らは私に冒険者の登録をさせると色々な雑務の仕事を押し付けてきたのです。
害虫の駆除やら雑草の除去、ペットの捜索からゴミ拾いまで。
私みたいな子供でも出来そうな仕事を片っ端から引き受けてはその報酬を跳ねていくのです。
私は時に怒鳴られ、殴られたり。大人に嫌そうな顔で見られながらもそれらの仕事をこなして食事を与えて貰っていたのです。
そんな生活を繰り返していく間に私の身体も成長してきました。
外見こそそれ程成長しませんでしたが、魔法力が増大して精霊が召喚出来るようになったのです。
そうすると、今までやっていた仕事は無くなり、代わりに街の外に連れていかれる事になりました。
時には平原でモンスターを倒し、野営の際に見張りをさせられる。
時にはダンジョンに潜る時には重たい荷物を持たされて、モンスターが現れたら率先して前に出される。
環境がより危険になりましたが、私には抵抗する術はありませんでした。
誰しもが私を見下し。そして命令をする。
幼い頃より刻み込まれた心は反抗心が芽生えるよりも先に服従を選択したのです。
そんな生活を5年も続けていたある日。
私達のパーティーはモカから少し離れたダンジョンに遠征をしたのです。
そのダンジョンは死霊などの不死属性のモンスターが中層を占めるダンジョンで。私達のパーティーは順調に攻略を進めていました。
ところが、下層まで降りた所で、居るはずがないモンスターが現れたのです。
最上級モンスター。それもレッドドラゴン。私は即座にウンディーネを召喚すると時間稼ぎを開始しました。
上手い事障壁をはって仲間が目くらましをしてくれれば逃げ切れる可能性もあったからです。
ですが、私は一人置き去りにされました。
仲間達はこうなった際に私を切り捨てると相談がされていたのか、迅速に撤退したからです。
私は怒り狂うレッドドラゴンのファイアブレスをウンディーネで受け止めます。
水の上級精霊のウンディーネ。暫くの間均衡を保つことが出来ました。
だけど、魔法力が減り、防壁が薄くなると私はブレスの余波を受けて吹き飛ばされたのです。
そこからの記憶は曖昧です。気が付けば黒髪の少年が目の前にいて私に呼び掛けていたのです。
漆黒の瞳にこちらを心配する表情を向ける少年。
私は「何故この人はそんな目で私を見るのだろう?」と疑問に思いました。
仲間は逃げ出し、全てから見放された私をそんな目で見る。
今まで私は人から心配された事が無かったからです。
少年は「トードー」と名乗りました。
彼は私に食事を与えて、寝る場所を与えて、お金を与えて…………。
そして。優しさを与えてくれました。
それは今まで誰からも与えて貰えなかった。これまで生きてきた中で経験したことのない人との接触でした。
時に優しい瞳を向けられ。そして優しく話しかけてくれる。人と話すことが得意ではない私の舌っ足らずな言葉を嫌な顔する事無く最後まで聞いてくれる。
そんなトードーさんとの接し方はまるで麻薬のように私の心を彼で満たしていったのです。
私はそんな彼に精霊魔法を教える事になったのです。
彼には素養があり、エルフは人間に魔法を教える事はありません。ハーフとはいえ私だけが出来る私だけの役割。
それを行う事で、彼はますます私に構ってくれるようになったのです。
それから色々な事がありました。魔族と人間のハーフのエレーヌさんと仲良くなり。トードーさんと同郷のアリサさんにも良くしてもらいました。
ステラさんやシルヴェスタさんも私に対して嫌な言葉をぶつけてこなかったのです。
気が付けば手放したくない優しい空間が私の周りにあったのです。
私はその空間を維持する為に必死でした。
異様なスピードで成長していくトードーさん。
魔法なら彼と並び立てるエレーヌさん。
力こそ及ばないものの、トードーさんと同じ視点で考えられるアリサさん。
憎まれ口をたたいて喧嘩しているものの重要な部分を任せて貰えるステラさん。
私は何となくですが、そこに自分が居ても良いのか考えるようになったのです。
そして、結論は中々出ませんでした。流されるように幸せを甘受していた私は考える事を放棄していたのです。今ある幸せが永遠であると錯覚し、努力を怠りました。
結果が…………。
「何。もう降参?」
目の前に立つ女性は私に声を掛けます。
「くっ……」
私がよろよろと身体を起こすと。
「どうしてももう一度戦いたい。そう言うから再戦を受けたんだけどこの程度だと準備運動にもなりゃしないわね」
「ウンディーネッ!」
ウンディーネを召喚して魔法を放ちます。
「遅いっ! ウインディ!」
彼女が召喚する精霊から一歩早く魔法が打ち出され私のウンディーネの魔法を撃ち消します。
「その程度じゃ通用しないってそろそろ解ったらどうなの?」
先程から何度も仕掛けては打ち消される攻撃。
「まだっ!」
私は弓を構えて射かけます。
「精霊に弓は効かないっ!」
風を纏わせた矢が無効化されて地面に落ちました。
「そんなんじゃ足手まといだろうね」
彼女――ユーリの言葉が私の心臓を鷲掴みします。
「……やだっ」
私は恐れていたのです。
「何が嫌なのさ?」
今回の試験。エレーヌさんとアリサさんは受かり私だけが落ちました。
トードーさんは三人共好きだと言ってくれましたが、私はエレーヌさんに比べて強くも無ければアリサさんのように成長した身体も手に入らないのです。
「…………嫌だっ!」
「聞き分けの無い子だね。癇癪をおこした所で実力差が詰まる訳じゃないんだよ」
だからこそ。この人を倒すことで私は自分が足手まといでない事を証明しなければならないのに……。
「大体、五人掛かりで勝てないのに一人で挑んでくるなんて無謀もいいところよ」
この人は。ユーリさんは最終試験で私達五人を相手に完勝してみせたのです。豊富な魔力と大精霊を使役する事で。
「……何故。シンシアだった。です」
不意に疑問が浮かびました。彼女の力は突出しており、誰か一人がリタイアすれば試験は終了する状況だったのです。
目をつけられた不運。私は彼女の言葉に意識を傾けました。
「別にね。誰でも良かったんだけど……」
その言葉に怒りが半分。喜びが半分でした。
私はたまたま的にされただけで、他の人間でも良かった。選ばれたのは不幸なだけ。
そうであるならば自分はトードーさんの横にまだ居られる。足手まといは自分だけじゃない。
そんな考えが脳裏を過ぎりました。
「ああでも」
彼女はふと思いついたように言います。まるでこちらの内面を見透かしているように。
「強いて言うならあんたが一番狙いやすかったからかな」
「う…………あ………………」
「どうしたのさ?」
「うわああああああああぁぁぁぁぁぁぁ」
私は勢いに任せて殴りかかります。作戦も無く振り回した手を握りユーリに向かって。
「見苦しいっ!」
殴られました。
頬に痛みが走り口に土が入ります。
「あんた今。自分は私みたいな実力者に狙われて不運だったと思ったでしょ?」
痛みは大したことが無い。なのに私は立ち上がれない。
「それは勘違いだよ。この場合考えるべきは何故自分が選ばれたかじゃない。選ばれたのに抗え無かった。この事実こそが重要なのよ」
それは私が目をそらしていた事実でした。
「まあいいさ。そろそろ相手をするのも飽きたし終わらせてもらうわよ」
その声を最後に私の意識は途絶えました。
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