第77話講習を受けると眠くなるのはどうしてかな?
誰も居ない部屋を一筋の光が満たす。
「ふう。痛てて……」
自動治癒魔法が発動してニースからつけられた傷が癒えるとロックは立ち上がった。
「ちょっと嫁に出そうとしたぐらいで半殺しにする事無いだろうよ」
反抗期なのかとも思う。もしかして育て方が悪かったのか?
ロックは首を横に振って自身の考えを否定すると。
「ったく。俺で無かったら死んでるところだったぞ」
仮に直哉に嫁がせたとしても殺して戻ってくる未来しか見えない。流石に脅しはしたもののロックも直哉を亡き者にしたいほど恨んではいない。
「10人目の問題もあるって言うのに……」
ロックの心に重い物がのしかかる。
今まで見てきた中でましな力を持っていたので妥協しようと思ったのだが、二人が断固拒否したことで正攻法では無理らしい。
「まあ直ぐにどうなるってもんでもないし……」
ロックは立ち上がると。険しい表情を作ると。
「それまでは俺が護るしかないか」
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「さあ。パパっと説明を聞いてさっさと帰ろうよ」
探索者ギルドへと向かう足取りは軽やかにエレーヌはステップを踏むと後ろからついてくるシンシアと亜理紗を急かした。
「です。早く帰るの。です」
シンシアはエレーヌと同じく浮かれている様子で同意する。
「ギルド証発行の際に講習があるみたいですよ」
「「!?」」
そんな二人に水を差したニースは口元に手をやるとそう言った。
「まあ。探索者ギルドと言えばダンジョン攻略のすべてを担っているギルドですからね。特典から義務まで全て説明した上でギルド証を発行するわけですから。少なくとも数時間は帰れないですよ」
亜理紗から追い打ちのように言われる事実に。
「そんなぁ~」
「……がっくり。です」
二人は早く直哉の元に帰りたかったのだ。
「あら。貴方達は…………」
ギルド本部に到着した5人を待っていたのはユーリだった。
彼女は1000歳を超えるハイエルフであり、この度の試験では最後まで戦った相手でもある。
「ユーリさんも来てたんですね」
一同が言葉に詰まる中、亜理紗が代表して会話をする。
「ええ。折角受かった試験だからね。貰うものは貰っとこうかと思って」
彼女の手には探索者ギルドのギルド証が握られている。
「凄いわよ。私達は試験に受かったからB級市民権も貰えるみたい。ロストアイランドの全ての施設は半額で利用できる上、B級オークションの参加も可能なんだから」
ここロストアイランドは居住する人間には市民権を与えている。
一般的なただ住むだけの人間ならD級。商売などを行う場合はその人物が問題ない人間なのかを審査されて発行されるのがC級市民権。
これらは犯罪者でなければ余程の事が無い限りは発行される権利だ。
だが、B級以上になると話は違ってくる。
特典からも判るようにロストアイランド内においてB級以上の人間は基本的に勝ち組だ。
行列が出来るような店でもギルド証を見せれば待つ必要なく入店できるし。武器や防具の修理をお願いすれば待たされる事無く最優先でやってくれる。
「ほへぇー。それは便利ですね。でもそんなに特典あっていいのかなぁ」
エレーヌは実感がわかないのかぼーっとした返事をする。
「そりゃあね。あれだけ手間な試験を受けたんだからそのぐらい無いと割に合わないわよ」
「…………て、てま?」
この場で唯一試験に落ちたシンシアは面白くなさそうな表情を作る。
ユーリの言い方は、面倒くさい試験だったが難易度は大したことが無かったと聞こえる。
「他に何か特典あるんですか?」
ここぞとばかりにニーナが聞いてみる。この場の雰囲気を慮った行動でもある。
「他には……結婚した場合。配偶者にも同等の権利が与えられるようよ。後、式場もチンケな教会とかじゃなくて豪華な結婚式場を借り切る事も可能らしいわよ」
まさに破格の優遇っぷり。それだけB級ともなるとロストアイランドにお金を落とすので重宝されているという事なのだ。
「ふーん。結婚ですかぁ」
ニーナは口に手を当てて考える。考える内容は、いかにロックを
「それじゃあ私達も早速講習受けに行きましょうか」
そういって4人はギルドの受付へと向かっていく。
その姿をシンシアは一人見送るのだった。
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「ふわぁーー。疲れたよぉー」
ギルドを出ると外は暗くなっていた。
エレーヌが講習で凝り固まった身体を伸ばすと三人の視線が一部へと誘導される。
「エレーヌ。半分ぐらい寝てたじゃないですか」
「にゃはは。どうにもああ言う退屈な話聞くと眠気がさあ」
「「寝てばかりいるから無駄に脂肪がつくのよ」お姉ちゃんがそう言ってる」
恨めしそうな目を向けるニース。首を横にブンブンと振るニーナ。
実はこの二人も話を聞いているようでこっそりと寝ていたのだが、伊達に魔王軍の幹部をやっていない。
日頃から退屈な会議やらを経験しているので起きているフリは得意だったりする。
「とにかくこれでやっと帰れるよ。早く帰ってトード君と…………えへへへへ」
話してる途中で顔がにやけるのを抑えきれない。何せ、あのエッチで鈍感で意地悪な直哉があれだけはっきり宣言したのだ。
「エレーヌ。何想像してるんですか?」
叶わぬ想いを遂げる事が出来たのだから多少のタガが外れるのは仕方ない。
「べ、別にエッチな事は考えてないし」
「「語るに落ちたな乳女」お姉ちゃんがそう言ってます」
エッチな事を考えていたのを隠せていないエレーヌにニーナは辛辣な言葉をかける。ニースは大げさなぐらい首を横にブンブン振る。
「それじゃあ。私達はこれで失礼しますね。戻ってロックにお仕置きの続きをしなければならないので。後99セットも残ってるんで。今夜中に終わるかなぁ」
「…………あれで1セットなんだ」
苛烈な攻撃を目の当たりにした亜理紗は流石に魔王に同情しそうになる。
だが、エレーヌが急かすのでその思いは霧散すると帰路へとつくのだった。
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「えへへ。トード君の腕まっくらー」
ステップを踏むエレーヌの後を亜理紗は歩いていた。
屈託のない笑顔をみせるエレーヌ。本来ならば自分と彼女は恋敵になりかねない立場だった。それなのに出会った頃からエレーヌもシンシアも自分を受け入れてくれていた。だが、それはこれまでの話。
直哉によって四人の関係は大きく変化したに違いない。そしてその変化は今までのように無邪気に喜び合えるようなものでは――。
「ねえ。アリサ」
ふと真剣な顔をしたエレーヌが目の前に居る。どうやら考え事をしている間に話かけられていたようだ。
「な、何?」
気圧される亜理紗。恐らくだが、自分が考えているようにエレーヌも直哉との今後について考えているのだろう。
エレーヌの瞳が鈍く光ると亜理紗を射抜く。亜理紗は全てを見透かされているのではないかと言う不安に駆られるとゴクリと喉を鳴らした。
「アリサはトード君に甘えるとしたら何して欲しい?」
そして脱力する。今のエレーヌは普段以上に頭がお花畑だったのだ。
「あなたねぇ。いくら私達が全員直哉君と両思いだからと言っても踏むべき段階があるんですからね」
亜理紗は警戒心を解くとエレーヌに小言を言い始めた。
基本的にエレーヌもシンシアも気持ちに素直な分、周囲が見えていない所がある。一夫多妻が許される異世界とはいえ複数の女性を囲うにはそれなりに世間の目が厳しいのだ。
その辺に関して自分がしっかりしなければいけないと亜理紗は窘めるのだが。
「じゃあ、アリサはトード君に何もして貰いたくない? これまで通りで満足?」
だが、そうは言っても亜理紗とて恋を知ったばかりの女の子。先日の告白以来、これまで押し留めてきた気持ちが溢れてきている自覚はある。
「そっ、そんな事無いけど」
言っちゃえ言っちゃえ。エレーヌのワクワクした視線がそう訴えかけてくる。そんな圧力に負けたのか。
「だ、抱きしめてキスして欲しぃ…………って今の無しです。私そんなはしたなく無いですからっ!」
頭が混乱して整理できぬままに本心を暴露した亜理紗は顔を真っ赤にして否定する。
「ニシシ。聞いちゃったもーん。ふーん。アリサはトード君にキスしてもらって抱きしめて貰いたいんだぁ」
からかうように覗き込むエレーヌ。ちょっと前まではこんな会話で盛り上がる事も出来なかった。直哉が告白したことによって隔てていた心の壁が壊れたのは当人たちだけでは無かったようだ。
「しっ、知らないっ! シンシアさんも戻ってるし早く帰るわよっ!」
分が悪いと形成判断した亜理紗は早足でエレーヌを置き去りにする。
「あっ! 待ってよぉー」
その後ろからエレーヌの声が響く。二人は急ぎ足で直哉が待つ家へと戻っていくのだった。
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